忘年ダイラ
第451話 ネオプラネタリア
「プラネタリア」という言葉がダイラの頭の中に浮かび上がった瞬間、彼は立ち上がり、土の上で両手を広げた。夜風が、焦げた土と焼けた廃材の匂いを運んでくる。その中に、微かに未来の香りが混ざっているような気がした。
「これだよ、これがオレのやるべきことだ!」
その言葉を聞いた後輩は、ダイラの熱に押されて一瞬戸惑ったが、続けざまにこう尋ねた。
「プラネタリアって…何ですか?」
ダイラは青白い星の見えない夜空を指差しながら答えた。
「宇宙とオレたちをつなぐための装置だ。今まで誰も作ったことがないものだよ。チーズクッキーの穴、あれを通して光が漏れるイメージだ。それを無数に繋いだら、地上に小さな宇宙を作れるんじゃないかって思うんだ!」
後輩は意味が分からなかったが、その情熱に胸を打たれた。彼の言葉には、具体性よりも直感があった。そしてその直感は、誰にも否定できない純粋さを持っていた。
翌日、ダイラはキャンパスの片隅にある古びた工房に向かった。そこには使われなくなった彫刻用の石膏型や鉄くずが山のように積み上げられていた。ダイラは迷わず廃材を物色し始め、手に入れたものを何かのパズルのピースのように組み合わせていった。
「プラネタリアは光を放つための装置だけど、ただのランプじゃつまらない。もっと人の感覚を揺さぶるものが必要だ…音だ、音がいる!」
彼は音響設備の設計を勉強している友人を呼びつけ、すぐにアイデアをぶつけた。その友人は半信半疑だったが、ダイラの目の輝きに引き込まれ、試作に協力することを決めた。
「ダイラ、お前はいつも無茶を言うけど、今回は本気でやるんだな。」
「本気も何も、これがオレの人生そのものだよ!」
数週間後、大学の広場には異様な光景が広がっていた。土の上に設置された無数の穴が開いたオブジェから、青白い光が静かに漏れ出している。そこに音が加わった。それは人工的な音ではなく、風や水の音、そして人間の心音を再現したような音だった。
夜になると、その光と音が空間を包み込み、人々を吸い寄せた。普段は無口な教授も、興味津々で足を止め、立ち尽くした。
「これがダイラのプラネタリアか…」
誰かが呟いたその言葉が、作品名としてその場に定着していった。
夜空を見上げながら、ダイラは満足そうに微笑んだ。しかし彼の目は、さらに先を見据えているようだった。プラネタリアは完成ではなく、始まりだった。
「次は何を作ろうか…光だけじゃ足りない。触覚や味覚も含めて、もっと多次元的な装置が必要だ。」
そう呟いたダイラの瞳には、かつて母親と歩いた街で見た廃材や、屋根の上から眺めた給水タンクの記憶が蘇っていた。
人々の視線を感じながら、ダイラは再び空に手を伸ばした。そこには星はないが、彼の中には無限の銀河が広がっていた。
✳︎
ダイラ
「この『ダイラ物語』過去エピソード懐かしいなあ。チーズクッキーは完全な創作だが数年後ダイラ物語のアイコンになりそうな気もする。ところで、最近、忘年会をやらずに個人の時間を過ごす人が増えてるって話、知ってるか?」
クワヤマダくん
「ああ、ニュースで見たな。リモートで仕事する人が増えて、人間関係も薄くなってるとか言ってたな。でも、それが悪いことだとも言えないんじゃないか? みんな、自分のペースを大事にしてるだけだろ。」
ダイラ
「それもそうだけどな。でも、オレが気になるのは、そういう“薄さ”の中で、何か大事なものが失われてないかってことだよ。」
クワヤマダくん
「たとえば?」
ダイラ
「“繋がり”だな。オレは、アートの役割の一つは、そういう失われつつある繋がりを再生することだと思うんだよ。」
クワヤマダくん
「具体的には、どうやって?」
ダイラ
「例えば、オレが考えてるのは、観た人が感じたことをその場で記録する仕組みだ。感覚や言葉をAIセンサーが記憶して、それを別の人が訪れたときに伝達するんだよ。つまり、作品を通じて人の想いが間接的にでも繋がっていく。」
クワヤマダくん
「それって本当に人を繋げるのか? 記憶を伝達するだけじゃ、ただのメモみたいなもんだろ。」
ダイラ
「いや、それ以上のものだよ。たとえば、ある人が“この光を見たとき、懐かしい気持ちになった”って記録すれば、その感覚(クオリア)を受け取った別の人が、自分の中の懐かしい記憶を掘り起こすかもしれない。それは、ただのメモじゃなくて、心の質感を伝えるものだと思うんだ。」
クワヤマダくん
「なるほどな…確かに、それなら人と人の間に“共感”が生まれるかもしれないな。だけど、それって結局、人がその場に足を運ばなきゃ意味ないんじゃないか?」
ダイラ
「その通りだよ。だからこそ、作品を見に来るきっかけを作るのもアートの役割だと思う。忙しい日常の中で、ふと立ち止まる場所を提供する。それができたら、少しずつでも繋がりは回復していくんじゃないかな。」
クワヤマダくん
「お前の作品が、忘年会の代わりに人を繋ぐ場所になるってわけか。うーん、なんかいいな、そういうの。」
ダイラ
「実際、オレたちがこうやって話してるのも、アートみたいなもんだろ。お前と話すたびに新しいアイデアが浮かぶし、ふざけた会話の中にも、繋がりを感じるんだ。」
クワヤマダくん
「ふざけた会話って言うなよ。でも、そうだな。この“ダイラ物語”も、誰かが読んで、どこかで繋がりを感じてくれるなら、立派なアートだよな。」
ダイラ
「そうだな。お前が言うと不思議と説得力があるな。」
二人は過去のプラネタリアを振り返りながら、ネオプラネタリアの構想について思いを馳せた。どこか遠い誰かが、彼らの物語を読み、繋がりを感じている未来があるかもしれないことを想像しながら。
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