第82話 マジカルな贈り物
最近、ダイラのアトリエで特殊照明に使っているライトが紛失していた。イエローグリーンに光るLEDはお気に入りでよく使うので、無いことには直ぐに気付いた。コラボレーションの仕事をした際に、現地に置いてきたか、アトリエのどこかの棚か道具箱に入れたまま忘れているかと考え、放っていた。
ある日の朝、ダイラは庭や室内の植物に水やりをしているときに、人の気配を感じた。不審者かと思い、身を固くした。
ステンレス製のじょうろを持ったまま、植物の陰を素早く動く気配を目で追っていると、じょろに薄ぼんやりと人影が写った。
ダイラは目を疑った。そこに写っていたのは、見覚えのある出立ち、いとうせいこう?ではなく、若き日の自分のようだった。じょうろのボディにはっきりと写り込んでいた。
じょうろから目を離し、後ろを振り返ると、誰もいなかった。
慌てて、家族を呼び、アトリエのLEDライトを確認した。またしても、LEDライトが一つ無くなっていた。
「パパ!霧たろうが無いよ!」妻が近所に響き渡る声で叫んだ。
霧たろうとは、コラボレーションの演出で使った、自動霧発生機である。モノタロウ通販で購入したため、霧たろうという名称がいつの間にかついていた。
「それは、ヤバいな。不審者はオレ・・?じゃなくて、どこかの若いアーティストじゃないかなぁ。」
「警察に連絡する?」
「いや、ちょっと待った。(もし犯人が自分と関係する人物だったら。じょうろに写っていたのは自分?なわけないよなぁ。)う~ん、朝っぱらから騒ぎ立てたくないから、家の防犯装置を強固にするよ。」
「まぁそうね、パパの作品関連の物しか狙われていないのなら、パパの判断に任せるわ。」
ダイラは、ふと、あることを思い出した。30数年以上前、大学生だった頃、彫刻科の有志たちで市役所と交渉し、小平野外彫刻展を開催した。
ダイラは、マジカルミキサーを制作し、公園内にある丘に設置した。写真やビデオカメラに後世にも残る最高の画を残そうと、公園内にテントを張り、24時間体制で、自然と作品が溶け合う一瞬を撮ろうと寝泊りしていた。
小平市では、時々霧が発生する。特に展覧会を行っていた秋口には、雨上がりの朝、澄んだ空気の中、数分だけモヤがかかる。ダイラはその瞬間を狙っていた。
しかし、制作や張り込みの疲労から、テントで熟睡してしまい、チャンスを幾度となく逃していた。大概、子どもたちの騒ぐ声で目が覚め、清掃のおじさんに、ここはテントを張ってはいけにゃいよ諭されテントと畳む日が続いていた。
最後のチャンスと徹夜を決めたが、やはり眠ってしまった。朝方、誰かに身体を揺すられ目を覚ました。辺りには誰もいない。作品のある丘を見ると凄い量の霧が発生していた。
裸足のままテントから飛び出し、マジカルミキサーの中にあるライトを点灯させ、霧の中シャッターを切った。
現像された写真を見て驚いた。興奮して撮った数百枚の写真の中の1枚に、どう見ても自分と同じ服装で同じ眼鏡の人物が写っているではないか。マジカルミキサーの陰に隠れようとしている一瞬を捉えていた。
ダイラは混乱した。なぜ、自分が写っているのか。自分を撮影していた人物が他にいたのではないか。現像屋さんに謎の一枚について尋ねたが、たまにこう言う変な写真が紛れ込むんだよとのこと。真実は迷宮入りした。
あの時のマジカルな体験と、今回の件は繋がっているのではないかとダイラは過去に思いを馳せた。
しばらくして、紛失したLEDライトと霧たろうがアトリエに戻っていた。機器の所々に土や落ち葉の破片がついていた。
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