【11-11】
馬車の扉が閉じられるとすぐに、マティ様が杖を持って軽く振り、何かの魔法を掛ける。その間に、馬に乗った騎士たちが馬車の周りをぐるりと囲ってきた。かなり厳重な警備態勢だな、と感じる。
──まぁ、そうだよね。王子様の護衛だけでも大変だろうに、更に王子様自ら「王族と同等の扱いで守れ」と望んでいる「僕」がいるんだから。彼らの中で、僕がどういった関係者なのかというイメージは色々とあるかもしれないけど、魔王の
ちょっと罪悪感を噛みしめたところで、馬車が静かに動き始める。窓からカミュへ手を振ると、彼は姿が見えなくなるまでずっと振り返してくれた。ローブを纏った長身の姿が完全に木々の先へ消えてしまったところで、僕は座っている体勢を整え直し、小さく息をつく。すると、隣でずっと静かに見守ってくれていたマティ様が声を掛けてきた。
「不安か?」
「……えっ?」
「ミカはもともと異世界の人間だ。ジルとカミュに召喚されてから、ずっと彼らの庇護下にいたのだ。彼らから離れるのは不安なのではないかと、それをずっと案じていた」
「……、えっと……、」
馬車に張り付きそうな勢いのスレスレ間近に騎馬騎士が数名いるから、会話内容が聞こえてしまわないかと内心でヒヤヒヤしてしまう。そんな僕の心中を察したのか、マティ様はわずかな微笑を浮かべた。
「大丈夫だ。我々の会話が外に聞こえぬよう、魔法を掛けてある」
「あ、そうだったんですね。ありがとうございます」
馬車に乗ってすぐに掛けていた魔法は、防音のものだったのか。確かに、僕よりずっと賢くて頭の回転も速いマティ様が、こんな見落としをするとは思えなかったけれど、それにしても先手を打つのもかなり素早いんだなぁと改めて感心してしまう。
騎士たちに聞かれる心配が無いと分かってほっとした僕は、マティ様の言葉へ素直に向き合った。
「全く不安が無いと言えば嘘になりますけど、マティ様が一緒にいてくださるので心強いです。普段からずっと顔を合わせているわけじゃなくても、マティ様がいつも僕たちのことを気遣ってくださっているのは分かってますし、隠しごとをしなくてもいい間柄というのも有難いですし」
「そうか? そなたからそう言ってもらえる日が来ようとは、喜ばしいことだ。──ミカは最初、私のことが苦手であっただろう?」
ギクリ、とした。
確かに僕は、最初の頃──、いや、本当に初対面のときの一時的なものだったけれども、マティ様を警戒したり苦手に感じていたことは事実だ。
咄嗟に取り繕えなかったことも含めて内心で焦っている僕の横顔を覗き込んでくるアイスブルーの瞳は、とても優しい色を湛えている。
「良いのだ。分かっている。私は立場上からも性格上からも、身構えた態度で接されることが多い。……だが、ミカはすぐに打ち解けてくれたであろう? そして今は、我が弟のために、こうして協力してくれている。そなたと良い関係を築けるようになって良かったと、本当にそう思っている」
「ありがとうございます。……でもそれは、マティ様が本当に優しい方だったからですよ。色々と至らない僕を、いつも温かく気遣ってくださってありがとうございます」
「優しいのは私ではない。ミカのほうが、ずっと優しいのだ。──最近、私は随分と丸くなったらしい。ミカと出会ってから、周囲の者たちへ対しての態度が少しは柔らかくなったようだ」
確かに、マティ様は相変わらず凛として格好いい一方、段々と優しく穏やかな雰囲気を垣間見せるようになってきたと思う。
──でも、それって……、
「マティ様。それはたぶん、僕と出会ったからではなく、カイ様がお生まれになってからなのでは……?」
「カイ?」
カイ様は、マティ様とだいぶ年が離れた弟君だ。マティ様はまだ赤ちゃんの弟がとても可愛いようで、顔を合わせる度にカイ様についてたくさん話してくださるし、どんどんデレデレになっている気がする。
「確かに、マティ様は僕にもとても優しく接してくださいます。でも、そんな風に年下の存在へ柔らかく応対してくださるようになられたのは、カイ様の存在が一番大きいんじゃないかと思いますよ」
「そなたは謙虚だな。──カイが可愛いのは事実であるし、ミカの説も一理あるだろう。だが、異世界から来た弱々しくも芯が強いそなたの存在もまた、私に大きな影響を与えてくれている。相乗効果なのだろうな」
穏やかに語ったマティ様は、僕の頭をそっと撫でてくれた。
「ミカとの出会いも、ジルとの出会いも、私にとっては奇跡でしかない有難いものだ。この運命に感謝を捧げつつ、そなたたちのために尽力できることは何でもしよう。──カイのために動いてくれた此度の件にも、心からの感謝を」
「マティ様の、そしてカイ様のお役に立てるなら、少しでも恩返しが出来たら嬉しいです。……といっても、僕に何が出来るのかいまだによく分かっていないのですが」
ちらりと王子様の横顔を見上げると、相手もこちらを見ていて、視線が交わった瞬間に小さく頷かれた。
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