【11-10】

 閉じた瞼の向こう側で、景色が素早く変わるというか、次元や時空が違う場所へ引き摺られるような、不思議な感覚がする。僕に直接ではなく馬車に魔法が掛けられているからか、身体に異変は殆ど感じない。

 時間経過は、ほんの数秒だっただろう。一瞬にして馬車は目的地に到着したようで、外側からすぐに扉がノックされる。


「ミカさん、大丈夫そうですか?」

「カミュ。うん、全然平気だったよ」


 声を掛けながらドアを開き、中を覗き込んできたカミュへ笑い掛けると、美しい悪魔はほっとしたように微笑んだ。いつの間にか、彼も黒いローブを身に纏っている。僕が着せてもらっているものに比べればかなりシンプルなものだけれども、とてもよく似合っていた。背中の翼もいい感じに隠れている。


「ミカさん、お手をどうぞ。──マティアス様も既にご到着されております」

「分かった。ありがとう」


 カミュの手を借りながら馬車の外へ降りると、そこは薄暗い森の中だった。ちょっと不気味な雰囲気というか、まだ日中とは思えないどんよりとした薄闇に覆われている。だからだろうか、なんだか少し息苦しい。


「ミカ。王都へようこそ。──よく来てくれた」


 凛とした声で名前を呼ばれて、そちらを振り向くと、今となっては畏れ多くも見慣れてしまった銀髪の王子様が立っていた。フード部分を外しているから顔がよく見えるけれど、相変わらずキリッとしたシベリアンハスキーって感じで格好いい。


「こんにちは、マティ様。お待たせしちゃいましたか?」

「いや、そんなことはない。約束した時間通りだし、私たちも先程着いたばかりだ。──皆、こちらがミカだ。事前に事情を話してあるように、彼は魔法が使えない。そして、私にとって、とても大切な存在だ。我々王族を警護するのと同等に、ミカを手厚く守護することを肝に命じよ」


 マティ様の言葉を受けて、その背後で背筋を伸ばしていた人たち──祭りの衣装ではなくきっちりとした制服を着こんでいる騎士と思われる人たちは、「はっ!」と声を揃えてマティ様へ敬礼してから、次に一斉に僕のほうを向き、深々と頭を下げてくる。そして、僕が慌てて一礼を返そうとする前に、口々に自己紹介をしてくれた。

 自己紹介といっても長々とした口上ではなく、簡単に名前と「よろしくお願いいたします」を伝えてくれるだけだったけれど、それでも申し訳ないけど一度に名前をすべて覚えるのは難しい。ただ、彼らとの関わりは今回のお祭りの間だけだろうし、王子様の密会相手と気安く言葉を交わそうとは向こうも思っていないだろうから、お互い無難にやり過ごせればいいのかな。そう考えて、僕も簡単な挨拶だけを返した。


「──ここまでの見送り、ご苦労だった。ミカを借りていくぞ」


 騎士たちと僕の顔合わせが終わった頃合いを見計らって、マティ様が後方で静かに佇むカミュへ声を掛ける。深々とフードを被って美しい顔を隠している悪魔は、恭しく頭を下げた。


「ミカさんのこと、くれぐれもよろしくお願いいたします。私は基本的にはここに控えておりますが、あるいは……、」

「ああ、分かっている。ミカのことは、何があろうと、どんな状況であろうと、きちんと守る。安心せよ」

「はい、ありがとうございます。ですが、念のために魔鳥を二羽同行させることをお許しください」

「了解した」


 黙って聞きながら、この流れは上手いなぁ……と思ってしまう。

 いくら感謝祭の雑踏に紛れているといっても、この世界の標準基準から考えて一個人が二羽も魔鳥を連れているのは悪目立ちするし、周囲の人たちは気にしなくとも護衛の騎士たちの間に変な邪推が横行しかねない。

 ただ、こうして「僕の付き人」であるカミュが魔鳥を二羽同行させたいと願い出ることで、「王子様の密会相手」である「僕」は何やら高貴な身分で、魔鳥にしっかり守らせたい程の人物なんだなと印象づけることが出来る。

 実際がどうであれ、今のやり取りがあることで、僕がクックとポッポを連れていても騎士たちは不自然に感じないだろうし、警護の士気も上がるはずだ。単純でさりげないやり取りだけれど、今の会話は必要なものだったと思う。クックとポッポも傍にいていい安心感のようなものを感じたのか、僕の両肩に乗って頬擦りしてきた。


「では、ミカ。そろそろ祭りの会場へ向かおうか。ここは気味が悪い場所のように感じているだろうが、王都の中へ入ってしまえばみちがえるように賑やかだぞ」

「はい、楽しみです。……じゃあ、カミュ、行ってくるね」

「はい。お気をつけて。そして、楽しんできてください。無事なお戻りをお待ちしております」


 フードに隠れていても、カミュが優しく微笑んでくれているのだと分かる。そんな彼としっかり握手を交わしてから、僕はマティ様に手を取られて、王族の豪奢な馬車へとエスコートされるのだった。

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