【1-14】
「ただいま戻りました。勝手ながら、少し温め直してまいりました。とても美味しそうですね。さぁ、早速いただきましょう。おや、ジル様、まだ食べきっていらっしゃらなかったのですか? おかわりもありますから、しっかり召し上がってください。城の中を歩き回れる程度には回復していただかなくては」
カミュはマイペースに喋りながら、さっさと二人分のミルク粥をよそい、僕に手渡して自分も傍の椅子に座って優雅に脚を組んだ。
あまりにも自由な言動の悪魔だけれど、とても和む。ジルも呆れたような目をしているものの、少しほっとしたようだ。
「ああ、とても美味しそうです。久しぶりにちゃんとした料理の匂いを嗅げて嬉しいですね、ジル様」
「そうだな。……お前が野菜を焼いた匂いは酷かったからな」
「色も相当に酷かったですからね。……さ、私たちも食べましょう。ね、ミカさん」
魔王の言葉を適当に受け流すカミュは、相当にミルク粥を食べたいらしい。知れば知るほど悪魔らしくないし、外見の印象とはギャップのある無邪気さがなんだか可愛らしく感じた。
「そうだね、カミュ。僕もいただこうかな。……いただきます」
膝の上に器を置いてから、両手を合わせる。いつもの癖と云うか、食事の前に「いただきます」と合掌するのは習慣になっているから自然とそうしていたんだけれど、黒と紅の視線が僕に刺さった。
「……えっ、な、なに?」
「ミカさんのそれは、祈りですか? 前任者たちは手を組んで長々と何かを呟いて祈っていましたが……、貴方は随分とあっさりとした祈り方なのですね」
「祈り……? いや、お祈りというか……、感謝、かな?」
前任者たちは、食前に神への祈りを捧げるタイプの人だったのかな。でも、僕は無宗教者だ。
首を振る僕を、ジルが不思議そうに眺めてくる。
「感謝をしながら、いただくと宣言しているのか?」
「そうだよ。ごはんは、命をいただくものだから。肉でも野菜でも穀物でも、命をいただいて、自分の命を繋いでいる。だから、いただきますって感謝をしているんだ」
「命を……、いただく……」
ジルはハッとした顔になり、カミュも何やら感慨深そうな表情でこちらを見つめてきた。
「この世界では、食事の前に神へ祈る慣習などは無いのです。それに、私は悪魔ですから、神なんていうものに語り掛ける気も無くて、前任者たちの祈りも見守っていただけでしたが……、なるほど、命に感謝をして食事をいただくという考えはいいですね。私も、いただきます」
「……いただきます」
手を合わせたりはしないものの、カミュが軽く頭を下げて言うと、ジルも同じようにして続ける。そして彼らは、それぞれにスプーンを手に取り、ミルク粥を食べ始めた。
「うん、とても美味しい。素朴な風味ですから、逆に飽きがこないというか……、いくらでも食べられそうです」
「おい、カミュ。一人で鍋を空にするなよ」
美味しい、美味しい、と夢中で食べてくれる姿が、とても嬉しい。僕が作ったものを食べてくれて、喜んでくれている。みんなで同じ料理を、他愛ない会話を交わしながら食べている。
──ああ、なんてあったかい時間なんだろう。
じんわりと幸福感を噛みしめていると、脳内に懐かしい声が響いてきた。
『美味しいね、
──うん。そうだね、おじさん。一緒に食べて、一緒に美味しいを分かち合えるって、とても幸せなことだね。
おじさん、僕は一度死んでしまったんだ。
死んだらもう一度おじさんに会えるじゃないかって思っていたけれど、会えなかった。でも、おじさんみたいにあったかい人たちと出会えたよ。
「……ミカ、どうした?」
「ミカさん、何かありましたか? おかわりは、まだちゃんとありますよ」
魔王と悪魔が慌てたように身を乗り出して、顔を覗き込んでいる。そこで初めて、僕は自分の頬に涙が伝っていると気がついた。
でも、これは悲しい涙じゃない。だから僕は、笑って首を振った。
「ごめん、ごめん。こんなにあったかい食事の時間、本当に久しぶりだったから、嬉しくて感極まっちゃったんだ」
「……悲しいわけじゃないのか?」
「うん、違うよ。……みんなで一緒に食べると、美味しいね」
泣き笑いで言う僕に、魔王と悪魔も同意するように微笑んでくれた。
見知らぬ世界で、見知らぬ人たちとの、先が見えない生活が始まろうとしている。
でも、不安なんて無い。
僕の心の中では、ずっと忘れていた温度が蘇ろうとしていた。
──明日から、たくさんの「美味しい」を二人に届けられますように。
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第1話はここまでとなります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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