無表情な伊吹さんの微笑む顔はクラスできっと俺しか知らない

水島紗鳥@今どきギャルコミカライズ決定

無表情な伊吹さんの微笑む顔はクラスできっと俺しか知らない

 俺のクラスメイト、伊吹千春いぶきちはるはクラスの中でも残念な女子として有名だ。

 なぜなら伊吹さんは美人であるにもかかわらず、いつも無口で無表情だからである。

 誰かが話しかければ最低限の会話はしてくれるためコミュニケーションが取れないという事は無いのだが、伊吹さんはとにかく無表情であり積極的に他人と関わろうとしないのだ。

 そのためクラスの中でも完全に浮いてしまっていて、高校に入学して半年が経った今ではクラス女子の中で唯一のボッチとなっている。


「……伊吹さんって結構美人なのに勿体ないよな」


「確かにな、もっと愛想が良ければ絶対人気者になりそうなんだけど」


 俺、八神光翔やがみひろとは中学時代からの友人である前原航輝まえばらこうきと歩いて下校しながらそんな会話をしていた。

 航輝の言うようにもし普通の女子レベルに愛想が良ければ容易く彼氏の1人や2人作れそうなほど美人な伊吹さんだが現実は違っている。

 ちなみに美人という事もあって、入学してすぐの頃は多くの男子からアプローチやら告白やらをされていたらしい。

 しかし相変わらずの無表情で”ごめんなさい”の一言でバッサリ断り続けたらしく、半年たった今では誰も伊吹さんにアプローチや告白しようとする者は居なくなっていた。


「伊吹さんが笑ったらどんな感じになるんだろう?」


「……うーん、全然想像出来ない」


 俺の疑問に対して航輝は少しの間考えた後、そう答えた。

 きっとめちゃくちゃ可愛いに違いないが、この半年間伊吹さんは一度も笑顔を見せなかったのだ。

 果たして伊吹さんの笑う顔を拝める日は今後来るのだろうか。

 それからしばらくクラスの女子の話題で盛り上がる俺達だったが、分かれ道に差し掛かったため会話を中断する。


「じゃあ俺こっちだから」


「ああ、また明日」


 俺は航輝と別れた後、たまには違う道で家に帰ろうと普段は通らないルートを歩いていると、橋の下に特徴的な色素の薄い銀髪の女子の後ろ姿が見えた。


「……あれはひょっとして伊吹さん?」


 橋の下で前屈みになって地面の何かを見つめている伊吹さんの姿がどうしても気になった俺は気づかれないようゆっくりと近づいていく。

 するとなんとそこには猫を見て嬉しそうに微笑む伊吹さんの姿があったのだ。

 俺はその美しい姿に息をするのも忘れてしまいそうなほど完全に見惚れてしまった。

 だが次の瞬間、俺の存在に気づいた猫は驚いて警戒態勢に入る。


「……誰?」


 猫が突然警戒した事で伊吹さんは俺の存在に気づいたらしく、俺の方を振り向いてか細い声でそう語りかけてきた。

 さっきとは打って変わっていつもの無表情な顔をしているが、心なしか驚いているようにも見える。


「お、驚かしちゃってごめん」


「あなたは同じクラスの八神君?」


 慌てて謝罪する俺だったが、伊吹さんから名前を呼ばれて驚かされてしまう。


「俺の名前知ってるんだ」


「クラスメイトの名前は全員覚えてるから」


 俺の名前を知っているという事は興味を持たれているのではないかと一瞬期待したが、すぐに誤りだと悟る。


「それで私に何か用?」


 伊吹さんは子猫の頭を撫でながら俺にそう問いかけてきた。


「家に帰ってたら伊吹さんの姿がたまたま目に入ってきたから気になっただけ。邪魔してごめんな」


「いいわ」


 理由を説明して改めて謝罪する俺だったが、伊吹さんはもう気にしていないのかそう一言だけつぶやいて、猫に視線を戻す。


「……その猫ってさ、伊吹さんが飼ってるの?」


「いいえ、違うわ。ここに住み着いている野良猫よ」


 思い切ってさっきから気になっていた事を質問すると、伊吹さんはそう答えてくれた。


「めちゃくちゃ懐いているみたいだから飼ってるのかと思ったよ」


「学校帰りによく世話してるから」


 この道は普段通らないため全然知らなかったが、どうやら伊吹さんは頻繁にここへ来て猫の世話をしているらしい。


「そうなんだ……なあ、もし良かったら俺も時々ここに来てもいいか? 俺も猫好きだから」


 伊吹さんの微笑む顔をまた見たいと思った俺は勇気を出して恐る恐るそう提案した。

 すると伊吹さんは少し間を開けた後、ゆっくりと口を開く。


「……好きにすれば」


 断られるのでは無いかと思っていたわけだが、伊吹さんはぶっきらぼうながら了承してくれた。


「ありがとう、また来るよ」


「ええ、さよなら」


 無表情な伊吹さんの微笑む顔はクラスできっと俺しか知らないはずだ。

 他のみんなには悪いが伊吹さんの微笑む顔は独り占めさせてもらうことにしよう。

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