お嬢様は色々と思い出せなくなっていました。でも……~炎の獅子と氷の竜と~
大月クマ
ここはどこ!?
ここは、とある――
わたし、キャスリン……あれ? 自分の名前が思い出せない。
いや、ケイト・ジェインウェイ。
そんな名前だっただろうか……妙に不安になる。
体を起こして周りを見回した。部屋もベッドも、自分のであるはずだが、水色の壁紙も、白いシーツも、他人のモノのように思えてくる。
ふと姿見があることに気が付いた。
――こんな高価なモノが……あれ? なんで高いと思ったのかしら?
自分の全身が見える大きさの鏡など、とてつもなく高いはずだ。
とてもウチの経済力では買えないような気がする。だが、なんでそんなことを思ったのか解らない。
別の思考が、姿見なんてありふれたモノと認識していた。
「これが私?」
そして、自分の姿を映すと、違和感しかなかった。
高そうなシルクのような寝間着を着ていた。そんなことよりも、自分の髪の毛だ。
長さは変わらないが、青みのかかった艶のある髪だったはずだ。それがキャラメルのような色……キャラメルって何? と思ったが、すぐに脳裏に明るいブラウン色だと思い出した。
――不思議だ。わたしに何が起こっているのか分からない。
周りのモノを見回しても、知らないモノが並んでいるが、記憶を上書きされるように解ってしまう。
自分が、ケイト・ジェインウェイなる人物であることも。
――キャサリンって、誰のことだったかしら……
段々と自分が、ケイト・ジェインウェイなる人物であることを認識しはじめた。
「ケイト、起きた?」
下の方……そう、自分の部屋は2階だ。そこから母親の呼ぶ声が聞こえた。
――おかしい。母はかなり前に亡くなっ……あれ? 何で、亡くなったなんて思ったのかしら? 下にいるのに……
わたしはその声に返事をした。
「はぁ~い」
「朝ご飯が出来ているから降りてらっしゃい」
※※※
今日は、新しい学校に行く日だった。
父親の仕事の関係で、この街に家族とともに引っ越した。
まだ新しい学校の制服が出来ていないので、前の高校の制服にわたしは着替えた。少し肌寒いので、制服の上着の下にお気に入りの水色のパーカーを着込む。
食卓につくと、いつも通りの和食の朝食だ。
こんな成りで朝食が和食なのは、母は日本人、父はイギリス人のハーフだからだ。
父はいつか日本を出て、イングランドへ帰りたいつもりだとか。しかし、英語教師という仕事上、どうしても日本を転々とする生活が続いている。
「いただきます!」
帰りたいなんて言われても、産まれてからずっと日本にいる。それに、わたしはあまり英語が得意ではないので、困ったものだ。
「新しい友達が出来るといいわねぇ」
「出来ても、転勤でまた別れちゃう」
「それはそうだけど……ママは悲しいわ。ケイトに親友が出来て欲しいのよ」
だったら、定住できるような仕事をして欲しい――そう言いかけたが黙っていた。
すでに転勤によるわたしの転校は数回目。
ほぼ外国人の姿のわたしには、みんなが興味を示すが、日本生まれの日本育ち。
ほとんど英語のしゃべれないわたしに、すぐに興味を示さなくなった。
確かに友人になる子はいたが、その頃にはまた転勤だ。メールも1、2年はやり取りするが、繋がりは薄れていく。
「じゃあ行ってきます!」
食事を済ませて、駅へと向かった。駅? ああ、電車に乗るために――
※※※
「転校生を紹介する」
「ケイト・ジェインウェイです。よろしくお願いします」
お約束のように教壇の上に立たされた。そして、黒板に自分の名前を書く。自分の名前を書いているのだが、不自然な感じがする。
――カタカナを縦で書いているためか?
「新しいクラスメイトと仲良くしてくれ……おい!
担任は窓際の1番後ろにいる女子に向かって注意した。他の生徒の目はわたしに向いているのに、彼女だけはつまらなそうに外を見ているのだ。
黒髪のポニーテールが特徴の子。
――どこかであった気がする。
いやそんなことはないはずだ。この高校にも、地域にも一度も来たことがない。しかし、妙な親近感を感じた。
「占部っ!」
ポニーテールの子は、何か不満なのか、無言のまま自分の机を蹴飛ばす。そして、教室を出て行ってしまった。
そして、誰もその子を止めない。いつもの事なのかもしれない。
その後は自分の席を案内された。廊下側の1番後ろの席だ。しばらくしたら「席替えをする」と担任は付け加えた。
休憩時間になると、いつもの質問攻めだ。だが、だいたいはわたしの容姿のこと。だけれど、いつものことで、ぶっきらぼうに答えてしまった。
結局、日本生まれの日本育ちのハーフは、すぐに飽きられる。少しずつ、人だかりは散っていく。帰る頃に残っているのは、ほとんどいなくなった。
※※※
帰りがけに、転校生にありがちな洗礼を受けた。
駅前のコンビニの駐車場。あきらかに『不良』を首からぶら下げている連中だ。緑でウエーブのかかった髪が、顔半分を隠している女子もいる。
「おいッ! 転校生!」
こういうのはどこにでもいる。
わたしの制服が周りのセーラー服と違っているのが、目立ったのであろう。
「ホントにハーフなのか?」
「髪染めているんじゃないのか?」
あなたが染めているのでしょ! と言いかけたが、こんなのに下手に構っていると、後々面倒だ……と、思ったとき、私の髪を引っ張る!
「止めて!」
つい声を出してしまった。
わたしの声が面白いのか、『不良』連中がケラケラ笑って、もっと弄ってきた。
――災厄だ!
他の生徒も、他校のも通っているが、見ていない。無視している。
それは『不良』には関わりたくないだろう。
だが――
「おいッ!」
後方から黒い塊が……いや、ウチの高校のセーラー服だ。
「占部っ!」
飛び込んできたポニーテールの女子。朝、教室を飛び出していった占部さんだ。
自分に近い不良の男子をなぐ倒すと、続いてわたしの髪を引っ張る男子を蹴り飛ばす。
「で、お姉さんはどうするの?」
周りの不良をアッという間に、叩きのめされ、残ったのは緑色の髪をした女子だけ。
「おっ、覚えてろよ!」
緑の髪は捨てセリフをはくと逃げ出した。
「――占部っ!」
誰かの声が聞こえてくる。遠くの方で、新しい担任が走ってくるのが目に入った。
「ヤベ、オレ、逃げていたんだ。またなぁ!」
――どこかでこんなことが……
わたしもとっさに、彼女を追いかけた。
駅の建物に入り、改札口を通って、階段を降り、ホームに降りた。そのままわたしは、彼女と共に入ってきた列車にとりあえず乗り込んだ。
「――何だよ、転校生。お礼なんていらないよ」
「ちっ、違う……」
何を言ったらいいのか、判らない。だが、わたしは先程のセリフをどこかで聞いた記憶があった。
「マっ、マイケル――」
何でそんな名前が出たのか解らない。だが、遠い記憶にある『わたしだけのヒーロー』の名前は、まだ覚えている。しかし、ここは日本だ。それに目の前にいるのは典型的な日本人だ。
「――お前、誰だ?」
朝から合った違和感。そして、彼女を見て親近感が湧いたこと。
その解決の一歩が目の前にある。
【つづく……かも】
お嬢様は色々と思い出せなくなっていました。でも……~炎の獅子と氷の竜と~ 大月クマ @smurakam1978
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