悪役令嬢は逃げ出した!

すらなりとな

ヒーローは誰だ!?

 その日。

 修道院を出たシスターのイザベラは、馬車に揺られていた。

 隣には、修道院長のマギア。


「シスター・イザベラ。大丈夫ですか?」

「は、はい! お気遣い、ありがとうございます」


 イザベラは「元」貴族のシスターである。

「元」とつくのは、イザベラが婚約者である王子から不興を買った挙げ句、冤罪をかけられたためだ。身の危険を感じたイザベラは、貴族としての身分を隠し、修道院のシスターとして過ごしていた。

 が、追手が来た。

 事情を知るマギアは、王都からの追手を知ると、絶望に倒れそうになるイザベラを叩き起こし、馬車に放り込んだ。


「いいですか、シスター・イザベラ。

 いま向かっているのは、辺境領にある修道院です。

 辺境、とはいっても、過去の戦争では聖女と悪魔が戦ったという遺跡があり、この地方の聖女信仰の聖地とでもいえる場所になっています。聖女関連の資料も多く残されているでしょう。

 貴女への冤罪をかけようとした相手は、どうやら聖女信仰を利用して事を起こそうとしたようです。貴女が身を隠すのではなく、立ち向かう決意を固めたのであれば、きっと役に立つでしょう。

 私は途中にあるリヴァンク村までしかお見送りできませんが、受け入れ先の修道院長と領主様には話を通しておきました。お二人とも信用できる方です」

「あ、ありがとうございます」


 あまりに急だったために、説明できなかった分をようやく語りだすマギア。

 慌てて礼をいうイザベラに、マギアは軽く瞑目した。


「お礼は結構です。

 それより、立ち向かうと決めたのなら、もう少ししっかりなさい。

 悪意を持った者への最大の武器は、強い意志です。

 追手が来たと聞いただけで、目の前を暗くするようでは困りますよ」

「それは……申し訳ありません」


 言われて、ようやく自分の状態を悟るイザベラ。

 軽く息をついて自分を落ち着けると、頭を下げた。


「いえ、過ちを認められるだけでも、貴女は十分に強い人です。

 それよりも、伝えておく事があります。

 貴女に冤罪をかけたのは、どうやら王子に取り入った錬金術士のようです。

 名前はナイア。

 危険な生物の研究をしていたらしく、狂暴なキメラを作り出し、兵士の代わりとして隣国に売り払おうとしていたとのことです。

 この情報を伝えてきたラバン様が言うには、道中でそのキメラが襲ってくる可能性があると――」


 が、マギアの言葉を遮るように悲鳴が響く!

 馬車の前!

 御者を務めていたシスターが、赤い線を引いて崩れ落ちる!


「! ここにいなさい!」


 マギアは鋭い声を上げると、御者の席へと走った!

 激しい揺れが襲う!


 マギアが手綱を引いたのだろう、急停止した馬車を慣性が襲い、


「イザベラ! 出なさいっ!」


 イザベラは馬車の外へと、放り出された!


 転がりながらもなんとか体制を整える。

 視界に飛び込んできた先には、イザベラとマギアと馬車を囲むように広がる、異様に筋肉が発達した男――否、怪物達。


 その怪物を、イザベラは知っていた。


 幼い頃から、時折、頭に響く、狂気の声。

「こうりゃくうぃき」だと言って語り始めるそれは、イザラには理解できない狂った単語を交え、いつも不吉な「予言」を読み上げる。

 修道院に送られてから、久しく聞かなかったそれは、


【雑魚モンスター】

 錬金術師ナイアが生み出した「生物」が寄生する「元人間」。

 設定はアレだが、実際の戦闘シーンではただのザコ。

 脳筋らしく突っ込んできたところを、返り討ちにしてやろう


 今、うるさいほどにイザラの頭の中で鳴り響いた。


「イザベラ! 大丈夫ですかっ!」


 が、そんなイザベラを、マギアの鋭い声が現実に引き戻す。

 同時、マギアは薬品が詰まったビンを取り出した。


 イザベラは、その薬を知っていた。

 以前、修道院に勤めていた司祭であるオバラが、王宮の追手に襲われた時のためにと用意したものだ。

 ビンから出せば、あっという間に気化して、容易に人ひとりを昏倒させるという。

 作るのに苦労しましたと、ガスを防ぐマスクをかぶりながら苦笑していた司祭を、未だに覚えている。


 その薬を、マギアは、怪物の真ん中に投げつけた!

 次々と倒れて行く怪物たち!

 だが、ガスから逃れた数匹が、マギアに向かって殺到した!


「イザベラ。馬は乗れますね? 先に逃げなさい」

「ですが、マザーはっ!」

「シスター・イザベラ!

 正直なところ、私は貴女を修道院で受け入れる時、少し戸惑いました。王族に追われている貴族を受け入れるせいで、どれだけ周囲の方々や修道院のシスター達が危険にさらされるか、分かりませんでしたから。ですが、どのような方にも幸せをという教義に背かぬよう、戸惑いを押し止めたのです。

 だから、貴女は幸せになりなさい。

 そして願わくば、修道院で学んだ教義を忘れず、誰かの幸せを願えることができるようになりなさい。

 ただ流されるまま生きるのではなく、立ち向かうと決めたのなら、尚のことです」


 一歩、マギアが怪物の方へと進む。


「マザー・マギアッ!」


 叫ぶイザベラ。


「ほら、早く。このままでは、二人とも共倒れですよ?」


 しかし、返ってきたのは、いつもと同じ声。


 怪物たちは、容赦なくマギアに襲い掛かり、


 次いで、横から飛んできたモーニングスターに、吹き飛ばされた!


 モーニングスターを投げたのは、御者を務めていたシスター!


「お嬢様に手を出すとは! 許さんぞ貴様らぁ!」


 そのシスターは、妙に野太い声を上げると、どこからか取り出した防毒マスクをかぶり、未だ気化した毒の漂う怪物の中へと飛び込んだ!

 脅威と見たのか、次々とシスターに襲い掛かる怪物たち!

 が、シスターはモーニングスターを素早く拾い上げると、怪力で振り回し、容赦なく怪物を叩き潰していく!


 イザベラが唖然としているうちに、怪物たちは死屍累々!


 だが、シスターの方もただでは済まない!


 修道服は破れ、パンプアップした筋肉のぞいている!


 が、シスターは、両手を天に向けると、


「うぉぉおおおあ!」


 妙に高い声で、勝利の雄たけびを上げた!


 同時、筋肉で弾き飛ばされる修道服!

 頭のベールは滑り落ち、防ガスマスクだけが残される!


 なんということだろう!

 シスターは、変態全裸仮面へとクラスチェンジしてしまった。


「あの、マザー・マギア?

 あの方は、もしかして、司祭さま――」

「いいから早く逃げなさい。

 アレは、私が何とかしておきます」


 あくまでいつも通りの落ち着いた声のまま、ロザリオを取り出すと、静かに祈り始めるマギア。

 イザベラは深く深く頭を下げると、今度こそ逃げだした。

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悪役令嬢は逃げ出した! すらなりとな @roulusu

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