シルクロードの日


 ~ 三月二十八日(月) シルクロードの日 ~

 ※前途多難ぜんとたなん

  やめねえか縁起わりい。




「うみだー!」


 愛知県、知多半島東岸。

 名古屋鉄道河和線の終着駅。


 河和こうわ


 二日の準備期間を経て。

 とうとう始まった二人旅、その初日は。


 長時間の電車移動に終始した。


 ようやくたどり着いた宿に荷物を預けて。

 座りっぱなしで凝り固まった体を開放するかのように飛び出した俺たちは。


 帰り道のことも頭に入れず。

 路地をがむしゃらに駆け抜ける。


 そして辿り着いた、車道から少しはみ出た見晴らし台。

 俺は海なし県民特有のお約束をしてみたんだが。


 こう真っ暗な中で叫んだところで。


「ご、ご近所迷惑……」

「仰る通り」


 残念ながら、海を堪能するのは。

 明日からになりそうだ。



 とは言え、文句を口にしながらも。

 珍しく笑顔を向けてくるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 お前も楽しんでいるようで。

 それが俺には、一番うれしい。


「きゅ、急に走り出してびっくりした……」

「あれ? 迷惑だった?」


 潮風に頬を押されて、声の主へ振り向けば。

 街頭に照らされた飴色の髪が、きっぱりと左右に揺れる。


 そりゃ楽しんでくれて何より。

 これでも、お前が喜びそうなことは分かってるつもりだからな。


「い、いつもはこういう感じのことしないのに……」

「急に駆け出したこと?」

「うん……」

「世間様の目があるからな。でも、知ってるやつのいない土地だ。今回ははしゃぎまくるぜ!」


 そう言いながら、ポーズを決めた俺を見て。

 秋乃がくすくすと笑いだす。


 でも。


「そううまくいくかな……。立哉君、持ってるし」

「持ってるって? まさか、笑いの運?」

「そう。誰かと会いそう」

「失礼な! 見よ、この綿密な計画を!」

「ま、真っ暗だから見えない……」

「仰る通り」


 俺たちの旅行について知っているのは。

 家舞母と秋山母という口の堅い二人だけ。


 その二人にすら布いたかん口令。

 クラスの連中とも決して会わないであろうルート取り。


「でもよく見ろ。もう一度説明するぞ?」

「電車で散々聞いたから、もういい……」

「文句を言うな。このルートをどれだけ苦労して考え出したと思ってるんだ」


 凜々花たちの旅先。

 クラスの連中の宿と、彼らが遊びに行きそうなところ。


 日程と予想移動経路を図式化して。

 綿密に組んだ完璧なプラン。


 だがこのパズル、最後にして最大のピースが。

 未だにはまっていない。


「で? 返事きたのか?」

「ん……。あ、来てた」

「どうだった!?」

「これがお父様のスケジュール……」


 秋乃から携帯をひったくるようにして確認してみると。

 予想よりも東寄りに組まれた出張先が目に入る。


「よし釣れた!」


 そんな俺の声と合わせるかのように。

 遠くに見える小さな港で夜釣りを楽しんでいた人がリールを巻き上げた。


 おっさんの話じゃねえから。

 勘違いすんなよ?


「ふむふむ。作戦通り」

「姑息……」

「こら。何度も言うようだが、親父さんに見つかったらゲームオーバーなんだぞ?」


 複雑な表情の秋乃に頼んだ作戦は。

 京都へ向かう王子くんたちの旅行先と。

 富山石川へ向かうきけ子たちの旅先。


 二枚の予定表を親父さんへ送っておけというものだ。


 こいつ、親父さん大好き娘だからな。

 ウソをつかせるには忍びない。


 でも、この予定表のことには触れないで。

 両日程のちょうど狭間。

 、お会いしましょうと一文添えさせたのだ。


「これなら多人数旅行のハシゴと勝手に勘違いするだろう」

「でも……、旅費の足しにって、結構出してくれた……」

「また釣れた!」


 そして再び。

 俺の声と同時におっさんがリールを巻き上げる。


 入れ食いじゃねえか。


「場所の指定が完璧だ。これなら、新幹線代も必要だろうと余分目に出してくれる」

「騙してるみたいで気が滅入る……」

「何度も言わすな。勝手に勘違いしてるのは親父さんだし、その親父さんに見つかったら別のアトラクションが始まっちまうだろう?」

「アトラクション?」

「FPS」


 もちろん、画面内にいる方が俺という一方的な状況なのは言うまでもない。


「ということは、これで完成したぜ! 俺たちのシルクロード!」

「シルクロード?」

「この道を通れば、安全に旅ができるって話だ!」


 情報収集に運航ダイヤのチェック。

 そして自分たちの旅も楽しいものにしなくちゃいけないわけだから、観光地の確認と宿の予約。


 完璧な解答を弾き出して、最後のピースも想定以上の位置にはまって。

 俺は興奮していたんだろう。


「そしてこの完璧な旅行中に、晴れて秋乃と彼氏彼女の関係になる!」

「ひうっ!?」


 ……絶対にバレてはいけないことを。

 無意識のうちに口に出していた。


「……え?」

「……耳、ふさいでおこうか?」


 うわやばい!!!

 なにやってんだ俺のバカバカバカ!


 急いで誤魔化さないと!

 なんて言う?

 なんて言ったら!?


「あ、秋乃…………。いたの!?」


 いないわけあるか!

 なに言ってるんだ俺!


「い、いた……。そうね、声ぐらいかければよかったね」

「そうだよ全然気づかなかった! どこから聞いてた!?」

「う、うみだー、あたりから……」

「いやまいったな恥ずかしい! ずっと独り言言ってたぜ! で? どこまで聞いてた!?」

「で? どこまで聞いてた!? まで」

「うはははははははははははは!!!」


 もちろん誤魔化せるわけはない。

 そんなこと分かっていた俺の悪あがき。


 でも、秋乃は悩みに悩んだ挙句。


「が、頑張って下さい」


 もじもじしながら。

 小さな声で呟いた。


「あ、あたしも……、乙女なので……。そういうのに憧れるというか……」

「お、おう」

「するっとOKできるようなプラン、なんだよね?」

「か、完璧」

「じゃあ…………、頑張って下さい」

「はい」


 そしてよっぽど恥ずかしかったんだろう。

 一言も口をきかずに宿への道を一人で歩き出す。


 嬉しいことを言ってくれる。

 秋乃も期待していたなんて。


 ……ん?

 期待している?



 …………今更気付いたんだけど。


 俺が秋乃に釣られているのではなかろうか。


 そう思った瞬間。

 慌てて港の方を見つめると。


「おっさんも、そう思うか」


 大物を釣り上げたようで。

 暗がりの中を、はしゃいでいる姿があったのだった。



 ……でも。

 釣られていたとしても構わない。


 宿のフロントで、部屋の鍵を預かりながら、俺は確信していた。


 俺のプランに抜けは無し。

 絶対に誰にも会わず。

 楽しい旅行が出来るはず。


 そして必ずや秋乃と…………。


「た、立哉君……」

「ん?」

「こ、これ……」


 扉を開いた俺たちの目に飛び込んできたのは。

 畳に敷かれた純和風ダブルベッド。


「あ、あれ!? 二部屋のとこ予約したつもりだったのに!」


 どこをどう見ても。

 隣の部屋に通じるふすまは無い。


「き、期待しているとは言え、これは無理……」

「うわわわわわ、分かってる! 俺だって急すぎて無理!!!」

「これが、完璧なプラン?」

「いやいやいやいや! 想定外! 勘違いすんな!」


 俺は慌てて、自分の布団を引きずって。

 窓際に押し込んで障子をぴしゃりと閉めた。



 くそう、初日からプランが崩れちまったけど。

 ほんとに上手くいくのかな?


 俺は、再度プランに穴が無いか見直すために。

 朝までずっとシミュレーションし続けた。



 ……もちろん、今のは。

 別の理由で眠れなかったことの言い訳だ。

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