第19話
駐車場の入り口にスーツ姿の熊が……いや結衣のお父さんが何名かの大人達と話をしていた。
近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが結衣のお母さんがそこに向かって歩き出した以上ついて行かなければならないのだろう。
結衣の歩みにも躊躇はない。
「えっ? お父さん?」
私の父親が明らかに堅気ではない集団に取り囲まれている。結衣のお父さんがいなければ明らかに勘違いを生み出す光景に見えた。
自然と私は小走りになる。飼い慣らされて安全だと説明された熊の群れに父親が取り囲まれている様な不安が募る。
「紬ちゃん。大丈夫かい?」
スーツ姿の男性の群れから一際優しい声色の声が聞こえてくる。
ボス熊……いや結衣のお父さんだ。
「はいなんとか……」
近づいて結衣のお父さんに返答するがやはりでかい。
結衣のお父さんは私の首が限界まで上に向いた事に気がついた様で子供を相手にする時の様にその場でしゃがんだ。
私と目線が揃うと結衣のお父さんは険しかった表情を笑顔に変えて話しかける。結衣と同じ年なのだが恐らくバス運転手の様に私の事を幼い子供扱いしているのだろう。
「それで紬ちゃんはここまでで何か気になった事とかあるかい? 見覚えがあるとかがあればおじさん達も気合いが入るんだけど」
「麓の別れ道は……見ました。あそこでどっちに進めば良いかわからなくなったみたいで……」
スーツ姿の男性達をチラリと見て咄嗟に夢で見た事を伏せてしまった。
恐らく事情は伝えられているのだろうが彼らから否定的な意見が出てきたらと考えてしまい怖くなったのだ。
結衣のお父さんは私の頭に手を置いてありがとうと感謝の言葉を述べた後に立ち上がりスーツ姿の男性達に声をかける。
「アタリらしい。我々は不法投棄されたキャリーケースを探しながら進む。理沙と娘達は一緒に登って何か気になる事を探してもらう。以上だが何か質問はあるか?」
結衣のお父さんが凛々しい表情に変わりスーツ姿の一団が山に向かって歩き出したが何も知らなければ何かを埋めに行く集団に見えるのだろう。
お父さんもスーツ姿の一団について行っているという事はキャリーケースを探す班の様だ。運動不足そうだし大丈夫だろうか?
「私達もゆっくり登りましょうか。紬ちゃんは何か気になったらその都度教えてね?」
「わかりました」
「それと紬ちゃんはキャリーケースを探しながら進む必要はないからね」
「えっ? なんでですか?」
「捜索隊が来るまでには貴方達を家に帰さないと不味いのよ……。高校生を仮病を使って学校休ませて捜査協力させた事がバレたらね……」
「そう……ですね」
自分が助かる為に私が協力を求めている立場なのに結衣のご両親にはかなり危ない橋を渡らせている気がする。
ふと結衣が喋っていない事に気がついて振り返ると結衣が準備体操を念入りに行っていた。
「結衣張り切ってるね……?」
「いや弱った紬をおんぶするかもしれないからね。さすがのお母さんでもヒールでおんぶは無理でしょ?」
結衣のお母さんの足元を見ると山歩きには適さないパンプスを履いている。気配りの天才である結衣の洞察力は異常な域にあり凡人の私には理解できない。
ただ舗装された山道を歩くだけなら私でも大丈夫だろう。
「のんびり行けば大丈夫だよ。そこまで身体弱いわけじゃないし」
「いや時間に間に合うように頑張ろう。いつまた乗っ取られるかわからないんだから。最悪私がおんぶすればいいだけだし」
◆
山登りを始めて十分以上経っただろうか?
ふくらはぎに疲労が溜まって来た事を意識し始めた頃にカラスの鳴き声が聞こえてきた。
いきなりの鳴き声に驚いてそちらを振り向くがカラスがそこにいる事は自然な事だろうと私達はすぐ関心を失った。
しかし私達にとっては些細な出来事だったカラスの鳴き声はアカリちゃんにとっては聞き逃せるモノでは無かったらしい。
私の身体から抜け出した前方に進む何かによって私の魂が森の方へ引っ張られる感覚がした。
私が踏ん張り耐えているとまるでゴムで繋がっているように前方に進む何かも動きを止めた。
「紬大丈夫?」
と、真後ろを歩いていた結衣が話しかけてきた。返答の為に歩きながら振り向くと結衣は心配そうな顔をしていた。
「大丈夫……」
いつの間にか前に引っ張られる感覚が失われていて私の身体から抜け出そうとしていた存在が向かおうとしていた場所を眺める。
そこには見覚えがある不法投棄された大型家電が大量にある。そして目線を足元に向けると少し土を被った空き缶、タバコの吸い殻、肉まんの包装紙がある。
視界の端からじわじわと色彩が消えていく。
『オイテカナイデ』
オカアサンに置いて行かれた記憶が蘇り振り向くがワタシのウチのクルマはそこにはない。
オカアサンは結局迎えに来てくれなかった。
ワタシはいらない子なのだろうか?
ただこんな怖い場所には居たくない。
『カラス ガ ミツケル マエニ』
ワタシは急いでガードレールを乗り越えようとするが前にもあったお姉さんに肩を掴まれた。
『イヤダ ブタナイデ』
耳元で女の子の声が聞こえて背筋が凍る。
私は今まで……。
「紬! ごめん」
パチンと渇いた音が山に響いた。
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