第17話
玄関の扉を開けると白日の世界。
眼球の奥の筋肉が収縮して眼球を圧迫し押し出す様な感覚を持った私は手で太陽光を遮る。
「太陽浴びるだけでも目、醒めるでしょ?」
「眠れない目には強烈だね」
玄関の扉を閉めて鍵を差し込むと普段気にも留めていないシリンダーが動く感覚が腕や肩にまで広がっていき気持ちが悪い。
鍵を回し何か引っかかる様な感覚が肘に伝わり抵抗を突き抜けて回し切るとガチャりという音と共に施錠が完了する。
身体の内部の感覚が鈍いのに外部からの刺激に敏感になっている。
「鍵の音にビックリしてないで行こう! ゆっくり歩けば疲れないし目も醒めるよ」
結衣の声に驚き振り返ると結衣が私の様子を窺いながらゆっくりと歩き出した。
歩幅が違うので結衣にとってのゆっくりでも私にとっては些か早く追いつこうと足を踏み出した。すると今まで気にした事がない衣服が肌に擦れる感覚や振り抜いた足が地面を蹴る感触が生々しく気持ちが悪い。
鋭敏になった感覚がいつも意識していない身体の動きを切り抜いて思考の片隅から容量を埋めていく。
「もっとゆっくり歩いてよ。結衣が普通に歩いたら走らないと追いつけないんだから」
「コレより遅かったら眠くならない? お爺ちゃんお婆ちゃんより遅いよ?」
結衣もたぶんゆっくり歩いているのだろうが私も早歩きで隣に並ぶ。
疲れてしまわないか不安だがお婆ちゃん扱いは嫌なのでコンビニまでは頑張ろう。
◆
コンビニまで歩いてきたのだが道中の記憶が所々抜け落ちていて実感が湧いてこない。
眠気によって意識を失った訳では無いのだが頭が働かず結衣の隣を無意識で歩いていたのだろう。
コンビニの扉を結衣が手前に引き私が建物の中に入ることを促す。
以前なぜその様な行為がサラッとできるのか聞いた事があるのだが本人曰く『めんどくさいな』ぐらいの感覚らしい。
感情的に行動を起こしている訳ではなくしなければいけないことを粛々とこなしているだけだと。
だから「ありがとう」と結衣に伝えると『何故?』という言葉が結衣の顔面に張り付き言葉だけの「どういたしまして」が返ってくる。
昼前のコンビニには客が多くレジにも常に会計を待つ列ができていた。
軽食を探していると結衣がどこからか取ってきた眠気覚ましの瓶を私が持っていたカゴに入れる。私は眠気覚ましといえば缶コーヒーだと想像していた為小さな瓶に入った眠気覚ましに少し怯えた。
「コレ大丈夫なの?」
「火も吐かないし死にもしないから大丈夫」
例が極端でさらに恐ろしくなったが自我を奪われるよりもマシだろう。
カゴの中から小さな瓶を取り出してラベルを確認する。
「結衣は飲んだことあるの?」
「ん? 私はないけどお父さんがよく飲んでる」
結衣のお父さんが無事でも私にとって大丈夫なのだろうか? 瓶に書かれている注意書きを読んでいると結衣も横から覗き込んできた。
注意書きには一日一本以上はダメという事以外は私に関わる様な情報はない様だ。
「小児はダメだって……返してくるか」
私を確認する様に眺めた後に私から瓶を奪おうとした結衣を睨み瓶をカゴに戻す。
「私は大人だ!」
「この前バスで子供料金にされたんでしょ? 止めておいたら?」
結衣は笑いを堪えている。
私が私服でバスを利用し非接触カードをかざす際に運転手が子供料金のボタンを押したのを確認したのだが定期券の区間内であった為に指摘せずそのまま通過した時の話を思い出しているのだろう。
「見た目は関係ないでしょ? 身体が出来上がっているかどうかだから大丈夫……だよね?」
「身体の大きさも関係あると思うけど? 私のお父さんと紬なら体積に差がありすぎるし」
熊の様な結衣のお父さんを思い浮かべると薬の効きに差があるとは思うのだがコンビニで売っている以上そこまで意識しなくてもいいのではないだろうか?
目についた軽食を共にカゴに入れながら雑談を続けていると結衣が突然真顔になる。
どうしたのか気になっていると結衣が振動している携帯端末を取り出して画面を確認し始めた。
「お母さんからの電話だから一度外に出るね? 何かあれば大声で呼ぶ事! 恥ずかしいとか関係ないからね?」
「わかったからお母さんによろしくね?」
結衣が携帯端末を手に持ちながら外に向かうのを見送り私は会計を終わらせる為にレジに並ぶ。
会計の列は滞りなく進んでいく。
外を眺めると結衣が時々こちらの様子も窺いながら真面目な顔で電話をしている様子が確認できる。
前の客がレジに進んだ時に店内放送が不規則な雑音を交えながら途切れては元に戻ると嫌な状況が繰り返された。
意識を保っていた筈だが明らかに変だ。
やがて店内放送の音が消え耳を劈く音が断続的に聞こえてくる。
結衣の姿を確認したいが身体が見えない何かに挟まれたみたいで身動きが取れない。それでも白黒になってしまった店内で必死に抵抗を続けていたら私の左手が私の意志を無視して持ち上がり私の指は虚空を指差す。
『ワタシ ヲ ミツケテ』
女の子の言葉と共に店内放送の音が聞こえ始める。視界に色彩が戻り前の客が丁度会計を終わらせ立ち退いていくのが確認できた。
「次のお客さまどうぞ」
また身体を奪われかけた?
外を確認するとそこでは結衣が携帯端末で電話を続けていたが私の視線に気がつき私に向けて手を振っている。
私は混乱している思考を誤魔化しながら店員の誘導に従いカゴをレジに置いた。
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