S2-FILE001(FILE202):オレはもう無力な男じゃない
そして、現代。アンチヘリックス同盟の船舶となった【ホワイトオルカ】の船内にある、司令官の執務室にて……。
「バリオニクス……? あのワニっぽいお顔の恐竜だよな?」
紫がかった黒髪と蜂蜜色の瞳をした女がそう訊ねた後、臨席している金髪でスタイルの良い女が頷く。
首が痛いわけではないが、黒髪のほうの女が髪を梳かした。
「そう、あのちょっとかっこいいやつ。前司令官はヘリックスに殺されて、そのバリオニクスに似た怪人に改造されてしまったの……」
なぜか手元に該当する恐竜の、よくできたソフビ人形を持ちながらアデリーンは過去を振り返り、当時のことを蜂須賀蜜月にも話していた。
バリオニクスのソフビには別にカイルを煽る意図はなかったことは、本人たちも了承済みだ。
「嫌な事件だったよ……。それにしても度しがたい! 角松さんのみならず、あまつさえ身内まで手にかけて! 外道だが仲間を思う心はあると思っていたのに!」
向かいのソファーに座すカイルが怒りから手すりをパンチし、オペレーターの女性2人組とアデリーンたちを不安にさせてしまった。
申し訳なさそうに咳払いして、カイルは己を戒める。
遺体を蘇生実験の被験体として利用され、ビーム砲の特性を付与されたバリオニクスガイストに改造された前司令官との哀しい戦いを、アデリーンとカイルはこんな風に蜜月に話しながら思い出す。
荒れ野付近の森を丸ごと焼き払わんばかりのビーム砲撃をしのぎながらの戦いの中、わずかながら角松利寛としての理性を取り戻したバリオニクスガイストは、当時の2人に「自分が自分であるうちに殺してくれ、化け物として終わりたくない」と懇願。
アデリーンはやむを得ず剣を振るい、引き金を引いて彼の自我がまた消えてしまないうちに、そのおぞましい悪夢を終わらせたのだ。
「立派な方だったんです。ヘリックスに誘拐されて、お母様のご病気の治療をダシにお父様ともども利用されてたカイル司令官にも分け隔てりなく」
カイルとの付き合いが最も長い、金髪でバイザーをかけた女性オペレーターの片割れ・シモーヌは物憂げに語る。
角松を喪って傷付いたのは、もちろん彼女らも同じだった。
「だがヤツらに母を救う気はなかった。父・エリファスは、少しでも極秘資料を閲覧し抵抗したからというだけで見せしめとして虐殺され、その後母・ルルドは病が悪化して父を追うようにして亡くなり、そしてオレは角松さんまでも殺されてこのザマだッ! 改めてヘリックスを許せない」
また興奮してしまった自分を恥じて、カイルは怒った直後に自省。
未だに精神的な青さの残る彼の行く末が心配なアデリーンと蜜月は、その気持ちが表情に出てしまっている。
「――それから、角松司令の後継者争いに発展するのを未然に防ぐために、カイルさんが彼の後を継がれたのです」
蜜月にそう告げたのは、茶髪の女オペレーター・ミュシアだ。
この件は、当たり前だが本人たちは既に知っており、それまで知らなかった蜜月にとっては大変ありがたいことだ。
「縁を切ろうってわけじゃないの、今まで通り協力はするわ」
「……ただね、ワタシらは立場上特定の誰かのもとに縛られていると敵が出ても対応しにくい。だからフリーランスで動いたほうがやりやすいのよね」
アデリーンは、角松が存命だった頃から続いていたアンチヘリックス同盟との協力関係を切りたくなったからこの船に寄ったのではなく、偶然のめぐり合わせで乗船しただけなのだ。
あくまでも――。
一方の蜜月は、「束縛されてこれまで通り行動できなくなると今後の活動に支障が出るし、ヘリックスの悪事をフレキシブルに阻止しに向かうこともやりづらくなってしまう」……という旨を伝えた。
「アデリーンさんたちもこうおっしゃられてますし、お2人の意思を尊重して引き続き現状維持ということでお願いします」
ミュシアからも告げられて周りから見守られる中、カイルは少し考え込んでから判断を下す。
「異論はない。ミュシア、シモーヌ、今日はもう遅いからお二方にはホワイトオルカ自慢のベッドルームを提供して……」
「お気持ちだけ受け取っておくわ。それはそれとして、家に連絡だけさせてちょうだい」
食い気味にアデリーンが言い、蜜月は大うけしたらしくケラケラと笑い出す。
同時に蜜月は「こうやって笑えるだけの元気があったのだ」ということを実感するも、守れなかった彼のことを思い出してやるせなくなった。
「えぇ……!?」
人が親切で誘ってみたのにそれを断ると言うのか!?
カイルには、相手からのそっけないとも見受けられる返答が信じられなかった。
しかし彼とは違い、ミュシアとシモーヌは嬉しそうだ。
「もしもし【エリス】? 私たちアンチヘリックスの船にいるの。今からそっち帰るけどいい? ワープドライブですぐ行けるってば」
しばらく、ほがらかに笑うアデリーンの
が、この後結局ふかふかのベッドを貸してもらい寝泊まりすることになった。
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