アデリーン・ザ・アブソリュートゼロ SEASON2

SAI-X

【S2-第1話】怪談・スティングレイの不可能殺人

S2-FILE000(FILE201):まだ無力だった時代の話

 これは数年前、人知れず移動し続ける改造実験都市・【ヘリックスシティ】にて実際に起きた出来事である……。


 ≪本当に治してくれるんだろうな?≫


 ≪望みを叶えてやるという契約内容は違えぬ。ただし、お前たちが我に叛意を見せなければ……の話だ≫


 白いヒゲをたくわえた、長身の老人こと総裁・ギルモアは玉座から見下ろしたまま、玉座の下にいた壮年の男と青年に言い放つ。

 なまじ科学知識とそれに関する才能に秀でていたばかりにこの親子は犯罪結社ヘリックスに捕らえられ、妻の――青年にとっての母の病を治療することをダシに、服従を強いられていたのだ。


 ≪くっ……≫


 地球上のどこにあるかさえもわからず、疑念しか抱けないようなその場所で彼らは良心に咎められるのに耐えながら懸命に働き続けた。

 自分たちが片棒を担がされればされるほど罪なき人々は傷つき倒れ、己は罪悪感や自責の念に刺され続けるのだ。

 ヘリックスの構成員どころか、恐怖で心身共にすり減った捕虜たちからも虐げられ、彼らは次第に追い詰められていった。


 ≪【シム博士】……、今言ったことは信じていいんだな?≫


 ≪ウソだと思うなら、行って確かめたほうがいい。そこにヤツらが必死になってまで隠そうとしている、何かが眠っているはずだ。場所さえ移されてなければ……。けど、自己責任だ。どうなってもワタシは知らんぞ……【エリファス】さん≫


 ≪これは!?≫


 ある日、ヘリックス設立当初から所属していたものの冷遇され続け、不平不満と反乱の意思を抱いていたアジア国籍の科学者から耳寄りな情報を聞くと、エリファスは息子と共に監視の目を盗んで秘密の資料室に侵入するも、そこで見てはいけないものを見てしまう。


 ≪我らヘリックスの【前身】? 【アタナシア星】との交流とその報酬……? 地球の存亡を懸けた人類史上最大の実験……? 地球外知的生命が与えたもうた未知のサンプル……!? 最高の肉体・知性と美貌を備えた【不死身の生物兵器】……!? 繰り返された実験の果ての、数少ない成功例……!?≫


 ≪これらすべてが、過去に起こった事実だというのか? なんたることだ……≫


 情報量があまりにも多すぎて、頭が破裂しそうになった青年はその場に崩れ落ちた。

 父に介抱されると同時に実感したのである――。


 ≪どうしてなんの疑いやためらいも持たずに、こんなことができるんだ!? ヘリックスは……オレたちが想像していた以上におぞましい連中だった……!≫


≪我々の最大の機密事項を見たな? 薄汚い反乱分子め! 死ね!!≫


 そこから先にあったのはあまりにも唐突で、残酷な現実だった。

 

 ≪父さん!?≫


 ≪か、【カイル】……! お前だけでも母さんと、生き……続けて……≫


 彼にとって忘れたくても、一生忘れられないことだ。

 息子の目の前で父・エリファスはヘリックスの幹部が率いる怪物も含まれた兵隊にいたぶられ、その末に惨殺されたのだ。

 血だまりに倒れた父の亡骸の前にして出来たことは、力なく泣き叫ぶだけ。


 ≪力がほしいよォ、ヤツらを……腐りきったヘリックスを滅ぼせるだけの力が……!≫


 重く冷たい牢に閉じ込められた彼は、手のひらを見つめながら叫ぶ。

 しかし目の前の現実で繰り返されるのは、痛みと苦しみしかない変わり映えのない日々。

 似たような境遇を持つ女性と知り合い恋仲にならなかったら、考えを変えて命を絶つ……その寸前まで行ってしまっていただろう。


 ≪オレたちはカゴの中の鳥じゃない! 逃げようシモーヌ! みんな!!≫


 ≪カイルっ≫


 だがチャンスは来た。見張りがサボタージュした隙を見計らってカイルは脱獄し、【シモーヌ】とともに武器を盗んで逃げたのだ。

 当時の最大の狙いは、ドックに停泊している戦艦を盗んで脱出すること……。


 ≪モンガーッ! 親子そろって不義理なヤツだよ。このオレの手をわずらわせるとは……ねッ!!≫


 ところが、ドックには組織の最高幹部である【桃井錆亮】が先回りしており、脱走者たちはカイルやシモーヌを除いて全滅させられてしまう。


 ≪それにしてもここまで我々に楯突くとは、そんなに死にたいか? 殺してやるよ! 貴様の愚かな親父のようになあああああッ!≫


 ≪やめてっ! わたしからカイルまで奪うの!!≫


 ≪やめないよぉ! お前も間もなくこうなるのだから!!≫


 彼が血だらけにされて顔にも傷をつけられ、錆亮が変身したムササビの怪人が彼を踏みつけにしてあらん限りに罵倒した、その時だった。

 ドック内の壁が爆破され、ヘリックスの手のものではない武装集団が突入。

 その中には青いパワードスーツをまとった【協力者】の姿もあり、桃井を全力で吹っ飛ばして退けたのだ。


 ≪あ、【アブソリュートゼロ】……!? 【アンチヘリックス同盟】の……ネズミども……!? 貴様らァァァァ……っ≫


 ≪地に足つけて、しっかりと生きているな。よし、逃げるんだ≫


 その精悍な顔つきの歴戦の男は隙を突いてカイルとシモーヌを救出すると、戦艦のうちの1隻を奪ってそこから仲間たちと共に脱出を果たしたのだった。


 ≪アンチヘリックス同盟にようこそ……。わたしは日本支部司令官の【角松利寛かどまつ としひろ】。君たちは?≫


 ≪シモーヌ・アラベスク≫


 ≪カイル・コーデュロイ……、です≫


 ≪シモーヌにカイルか……。じゃあ、君のほうはコーディーだな≫


 ≪なんだよそれ!≫


 青いパワードスーツの戦士がメットを外しスーツを脱ぐと、黄金色のロングヘアーと蒼い瞳、透き通るような肌をした容姿端麗な女性が現れたのだ。

 角松を除き、そこに居合わせた誰もが彼女に心奪われた!


 ≪私は【アデリーン】よ。この同盟のメンバーではないけど、よろしくね。コーディー≫


 それがカイル・コーデュロイが尊敬してやまない存在となる角松司令官と、アデリーン・クラリティアナとの出会いだった。

 彼とシモーヌはヘリックスを裏切って手に入れた情報と物資を活かし、カイルのほうは復讐心を原動力とはしたものの戦場でも果敢に立ち向かう、まさに獅子奮迅の活躍ぶりをしてみせたのだ。

 そこにシモーヌと、彼女の同志となった【ミュシア】によるオペレート、更に高度な戦闘センスと明晰な頭脳、そして氷を操る力を持つアデリーンが加われば、まさに天下無敵であった。



 ……だが、それも長くは続かなかった。


 ≪カイル? ごほっ、ごほっ……。落ち着いて聞いてほしいの。母さんの体はもう持たない≫


 ≪か……母さん? 冗談だろ≫


 ≪ホントのことよ。私、お父さんのところに行くから……ごめん、ね……≫


 ≪目、開けてくれよ……。母さん!?≫


 ある日、母・【ルルド】の容体が急変したと聞いた彼は、病院に駆けつけるも彼女はこれ以上の治療は不可能という状態に陥っており、最後の言葉を交わしてからそのまま息を引き取ってしまった。

 彼の身に降りかかった悲劇は、ルルドの死だけでは終わらない――。



 ≪ビギャオ――――スッ!!≫


 ヘリックス、いや、ギルモアが持つ底知れぬ悪意と狂気の矛先は、想像しうる限り最低最悪の形で彼らの前に突きつけられたのだ!


 ≪司令官!? 桃井錆亮、貴様ッ!!≫


 彼が亡くした父の代わりだと思って尊敬していた男は無惨にも殺されて、その死体を恐竜のサイボーグじみた怪人に変えられてしまったのだ!

 【バリオニクス】の特徴を持った全身はモスグリーンに染まり、武骨で堅牢強固な装甲で守られていた。

 頭部はモチーフと酷似したディティールだけでなく鬼のような角も2対生えており、その顔は恐竜そのものというより悪鬼や悪魔と喩えるべきもので、片腕は同恐竜の頭を模したビーム砲という、恐るべき怪物だったのである。


 ≪ハイル・ヘリックス……。ビギャギャギャオ~~~~~~~~~~~スッ!!≫


 ≪お前たちが尊敬してやまない角松が死に、その亡骸がバケモノとして蘇る! ……こんなにおもしろい見世物があるか? 地獄に行ったって見られないぞ!!≫


 荒野に通ずる森の中で理性を失い雄叫びを上げる、かつて角松司令だったもの。

 その隣でエキセントリックに振る舞い嘲笑う金髪の男こそ、桃井錆亮。

 その隣に立つ白銀の髪の美女は、彼の妹の【桃井武佐那むさな】だ。


 ≪コーディーたちへの見せしめのためだけに! こんな仕打ちをしたのね……!≫


 ≪なんとでも言えばいいさ。我々に逆らうほうが悪いのだから……! そうだろう、コーデュロイ?≫


 腕を広げて笑う武佐那。

 眉をひそめ、拳を震わせた当時のアデリーンは変身しようとするが、その前に怒り狂うカイルが飛び出して桃井兄妹に掴みかかる!


 ≪……ゆるさ――――――んッ!!≫


 ≪ダメよコーディー!?≫


 止めようとしたアデリーンだが間に合わず、金髪と銀髪の兄妹に一蹴されたカイルは暴走する角松の成れの果ての巨大な鋭いツメに切り裂かれて負傷してしまう。


 ≪【バリオニクスガイスト】よ! お前はもう角松ではないんだ――。その目障りなネズミと人間もどきを始末してしまえ!≫


 それから激しくも哀しい戦いの果てにようやく、アデリーンはバリオニクスガイストと化した角松をのだが――、その結末は決して後味の良いものなどではなく、両者の心、とくにカイルのほうに暗い影を落としたのだった。

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