side: 吉野 凛

昨日常連の御門さんから、弟様のカットを依頼されてからずっと店内はどこか落ち着かない感じだった。


それもそうだ。御門さんといえば他の人とは比べ物にならないほどの美人だ。私が女色家であったなら絶対に惚れていただろう。

そんな御門さんの弟様を担当できる私は幸運だ。


この『apricot』ではある男性をきっかけに、口コミで評判を呼んでから男性の来客が月に1度はある。でも男性を担当できる人は一握りだった。まだまだ新人の私では関わることもできないはずだった。そんな私を指名してくれた御門さんには感謝してもししきれない。

ただ、今までこの美容院に就職するまでは男性と接する機会など皆無といっていいほどだった私にできるのかといった不安はあった。


などと考えているうちに来店の時間はやってきた。

『apricot』では男性が来た際には複数人で出迎えて、担当者が案内するというルールがある。最初は女性に囲まれて不快な思いをさせてしまうかもしれないが、お帰りの際まで少しでも慣れていただくためにと決められている。


私も店の外に出ると、御門さんがやってきたであろう車が近くに停まっていた。運転席から手を振る御門さんが見えたので私も振り返すと、助手席から降りてくる天使が見えた。比喩なんかではない。あれは天使だ。


私はなんとか萌えを押し殺して案内することにした。そうしないと私はどうにかなってしまいそうだったからだ。


案内した後は彼の声が聞きたくていろんな話をした。

その一言一言を胸に刻み、ころころと変わる表情を見逃さないように全神経を集中していた。


私もプロの端くれだ。カット中は一切下心を持たずに対応できている。

ただシャンプーの時に故意に胸を押し付けてしまったのは許してほしい。


無事にカットを終えて、気が抜けてしまった私はセットが終えた天使を見て固まってしまっていた。完成されすぎている。自分が入り込もうなど絶対に許されない領域に達している。


見惚れていると天使から似合っているか聞かれてしまった。その時のあざとい表情がたまらなかった私の呂律は酷かった。


「ひゃ、ひゃい!!!ちょっても素敵でしゅ……♡はわぁ…完璧すぎ…♡」


そのあとなんと天使と二人で写真を撮る機会をいただいてしまったのだ!私は今日しぬのだろうか。いや、むしろしんでも仕方ないかもしれない。


そのあと私は今後のためにと連絡先をお渡しした。その時のお姉さんの表情が怖すぎたが、私だってこんなチャンスを易々と逃すような女じゃない。

私はあなたと、悠くんと絶対に結ばれてやる。

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