疲れ果てた魔王とただの少年

クマ将軍

楽しかった旅

「……なんだ? お前、私の事が見えているのか?」


 少年はある日、とても不思議な存在と出会いました。

 大柄な体格にヤギの頭蓋。体は複数の獣を組み合わさって、物語に出てくるキメラのよう。醸し出す雰囲気はまさに化け物。

 なのにその姿は半透明でした。


「ゆう、れい?」

「はっはっは、そうか、幽霊に見えるのか?」


 面白そうに笑う姿はどこか空虚さが滲み出ていました。

 まるで無理矢理笑っているような声音に少年は不思議な気持ちになります。


「生憎と、私は幽霊ではない」

「ゆうれいじゃない?」

「あぁそうだ。私は幽霊じゃない……ただの疲れ果てた魔王だ」


 これが、少年と魔王の出会いでした。




 ◇




「目の前の光景が見えるか?」

「うん」


 魔王と少年は旅に出ました。魔王は少年に生き方を教える代わりに、少年は魔王を殺すという約束を交わしたのです。

 そして今は砂漠と呼ばれる、何もない砂の世界にやって来ました。


「ちゃいろがいっぱい」

「あれは砂だな。目の前の光景全てが小さい粒の土で出来てるんだ」

「ふーん」


 魔王の言葉に少年は適当に返事しました。

 どうやらあまり興味がなかったようです。

 そんな少年に苦笑いを浮かべ、魔王は語ります。


「昔は緑豊かな世界だったんだ」

「ゆたかって?」

「豊かは……なんだろうな」


 説明しようにも意味が複雑過ぎて少年には伝わらないだろうなと魔王は思いました。


「とにかく、昔はこんな砂だらけの世界じゃなかった」


 昔の世界は本当に美しかったと魔王は言います。

 ですが少年はその美しいという言葉も意味も分かりません。それでも魔王は気にせず昔語りを続けました。


「私は緑豊かな世界を支配したいと思った……独り占めしたかったんだ」

「独り占めはわかるよ。ぼくも食べ物を独り占めしたかった」

「そうだな」


 食料は貴重です。

 だから独り占めしたいと少年は願っていましたが、それは叶いませんでした。肝心の食料がなくなったのです。人間は食べ物がないと生きていけません。なので魔王は少年に食料を生み出せる術を教えたのです。


「そんな私に歯向かう人間が大勢いたよ」

「よく無事だったね」


 食料や居場所を巡って人が争うのはよくある事です。少年もその経験があったから、生き残った魔王に尊敬の念を感じたのです。

 魔王はそんな少年に目を向け、自嘲するように答えました。


「全員返り討ちにしたからな」


 魔王と少年は再び歩き出しました。




 ◇




「目の前の光景が見えるか?」

「うん」


 目の前には崩壊し、風化した建物が見えます。

 住処のない少年にとって豪華な家のように見えました。


「全てを支配した後、私は力と恐怖で統治した」

「とうち?」

「好き勝手に他人を命令する事だ」


 長年の野望が叶い、魔王は幸せだったと言います。

 何をするにも思いがまま。緑豊かな土地に不自由のない生活。力と恐怖による統治は気持ち良かったと当時を振り返ります。


「でもそれは長く続かなかった」

「どうして?」

「私を殺すために人間が形振り構わなかったからだよ」


 反逆した人間と魔王との戦いは熾烈を極め、最終的に魔王が勝ちました。

 ですが、気が付けばそこには廃墟と化した街並みと砂となった土地が広がっていました。人間が魔王を倒すために広範囲に渡る兵器を使ったのです。


「怒り狂ったさ。よくも私の世界を、とね」

「……僕も、せっかく手に入れた食べ物が目の前で盗まれると怒る」

「そうだな」


 怒って、怒って。

 そしてふと、それを誰かにぶつける相手がいない事に気付きました。

 みんな死んだのです。

 みんな、みんな、死んだのです。

 自分が統治し、住んでいた筈の住民全てが、戦いで死んでしまったのです。


「私から機嫌を取るためにあれだけ讃えていた臣下も。私と共に世界を支配して楽しく暮らそうと決意した仲間も全て、消えた」


 そして魔王は思い知ったのです。

 どうして世界を支配しようと思ったのか。それは世界を手に入れたかったからじゃない、ただその美しい世界で暮らす人々の上に立ちたかったと気付きました。

 失ってから気付くという言葉があるように、だから過去の勇者は失わせないために立ち上がったのだと、改めて気付いたのです。


「それでどうしたの」

「人を集めて一からやり直したんだ」


 今度は力と恐怖で支配するのではなく、ずっと自分が一番に居続けるために民を長生きさせようと統治の仕方を変えたのです。


 魔王と少年は再び歩き出しました。




 ◇




「目の前の光景が見えるか?」

「うん」


 目の前は何もありませんでした。

 砂の世界も、廃墟の世界も何もかもが。

 ただあるのは黒い大地だけです。

 一歩歩けば崩れるような、脆い大地が目の前に広がっていました。


「……昔、この土地で国を作った」


 魔法を含めたありとあらゆる手段で不老不死になった魔王は、長年国を統治し続けました。

 人々は魔王を賢王と呼び、褒め称えました。そこにあるのは豊かな暮らしと、永遠と思えるような幸せがあったのです。


「妻が出来た。子供も生まれた。私に大切な物ができたんだ」

「……かぞく」

「そうだ」


 少年にとって縁がない物です。

 ですが、もし許されるのならと少年は魔王を見ます。

 魔王はそんな少年に気付いて、目を逸らしました。


「……何百、何千年と生き続けて来た。生まれた子供の子孫を見守り、ずっと私が求めてやまなかった美しい世界を維持し続けてきた」


 それなのに、時が経てば経つほど雲行きが怪しくなります。

 どんなに統治しても、人間は再び争い始めます。

 どんなに止めても、人間は再び傷付け合います。


 もう話し合いの時代は過ぎました。

 時代は再び、力で夢を追い求める時代になっていきます。

 魔王は周囲に押され仕方なく、久しぶりに力を使って説得しようとしました。


「それが、こんな事になるとは思わなかったんだ」


 魔王の強大な力に相手は恐れ、戦争が起きました。

 誰が悪いのか。誰が始めたのか。その最初すら忘れて戦い続けました。そして魔王は自分の目的を叶えるために研鑽した力を使い、今度は自分の夢の結晶を壊し続けたのです。


「元の平和な世界に戻るように。元の幸せな時代を取り戻すように……」


 そして気が付けば、黒い大地が広がっていました。

 それは果たして自分の力なのか。それとも魔王を恐れた相手の力なのか。ただ分かっている事は、もう二度と魔王の望んだ世界が訪れない事でした。


「二度も……私の目の前で世界が滅びたんだ」

「……」


 魔王と少年は再び歩き出しました。




 ◇




「私が見えるか?」

「うん」


 少年の目の前には、疲れ果てたように玉座に座る魔王がいました。

 半透明だった彼の姿はなく、そこにはあるのは正真正銘の魔王でした。


「私は不老不死だ。決して死ぬ事はなく、決して朽ちる事もない」

「どうすれば殺せるの」

「私に触れればいい」


 少年は、魔王の子供の遠い子孫でした。

 魔王の血を引く少年ならば、魔王に付与されている不老不死の術を触れただけで解除できます。何故なら魔王は、自分の血筋にそうさせる力を付与していたのです。


「その力は鍵だ。全て無くなれと念じて私に触れれば、私の体にある不老不死が消える。そして私の生きた年数分が戻って朽ち果てるだろう」

「……うん」


 長かった旅がようやく終わります。

 しかし、少年は躊躇しているようです。


「どうした?」

「僕と魔王は、かぞく……」

「そうだな」


 血が繋がっていると聞かされた少年はもう魔王を殺せなくなりました。

 少年の求めてやまなかった存在が、ずっと側にいたのです。

 そんな少年の気持ちが分かるからこそ、魔王は未だに微笑んでいました。


 でも、だからこそ語ります。


「私はもう……疲れたんだ」


 野望のために頑張って叶えました。

 思えば、野望に向かって突き進む過程が一番楽しかった気がします。


 幸せのために頑張って生きました。

 思えば、自分もみんなも幸せな日々を送れている日常が一番楽しかったです。


 ですが全部消えました。


 頑張りの日々が全て無駄になりました。

 叶えた野望にしがみ付くために戦い、最終的に叶えた野望が消えました。

 守って来た日常を守るために戦い、最終的に守る筈の日常が消えました。


「私の野望が、力が、存在そのものが邪魔だったんだ」


 いつしかどうしてこんな野望を持ってしまったのか、どうしてこんな力を持ってしまったのか悩むようになりました。

 全て、全て、自分の存在があるからこそこんな気持ちになったのだと気付きました。


「疲れたんだ……もう何かもかもが」


 もう自分が何をしたかったのか分からないぐらい擦り減りました。

 だからもう楽になりたい。そう願ったら、少年と出会ったのです。


「こうして見ると、お前は私にとっての勇者だな」

「僕は勇者なの?」

「あぁ、私だけの勇者だ……そして」


 そしてこれが終わったら。


「お前はただの少年になれ」


 勇者でも、魔王でもなく。

 それもこの終わった世界を生きる少年ではなく、魔王が幸せだった頃にいた少年のような存在になれと、魔王は言います。


「そのために生きる術を伝えた」

「……ありがとう」

「ははははは」


 最後に魔王は笑います。長い年月を掛けたせいかヤギの頭蓋になってしまいましたが、ちゃんと笑っているのです。


「もう私に悔いはない」

「うん」

「最後にお前と出会えて良かった」

「……うん」

「こんな魔王になるなよ」

「……う、ん」


 それでも。


「僕は、みたいになりたい」

「……そうか」

「貴方みたいな、ただの人間に」


 そう言って少年は魔王に触れます。

 これまでの旅を惜しむように、覚えるように、刻むように。

 魔王はそんな少年に微笑み、目を瞑ります。

 そんな魔王に少年は躊躇って、躊躇ってそして、ついに念じました。




 最後に少年はもう一度何もない玉座へと振り返り、前へと歩き出したのです。

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