安く短い文章

キヲ・衒う

エッチなプール


気が付いたら高く開放的な作りの室内プールに閉じ込められていた俺たち。

開放的…そういうにはいささか重い空気が充満しているそこで、共に閉じ込められていた女を改めて見据える。

 くすんだ肌をした、所帯じみた女。割とガタイ良く見える上半身に似つかわない、やせぎすの下半身。

 「いやあここでsexでもさせようってことかいね」

女が貪婪な、猫を縊り殺した直後のような目で俺をのぞき込む。

 「このプールはまるで羊水さね。…あたしゃちょうど二足歩行に疲れてたところだし入っちゃおうかなぁ」

 「なんにでもスピリチュアルな意味を見出そうとするのは女の悪い癖だ。」

 俺も実は二足歩行には飽いており、度々山に入っては四つん這いになりながら土を踏みしめる、そういう趣味があった。退化と胎内回帰にはさして隔たりが無いようにも思えるが、俺は女が「羊水」という言葉を発したとき、この女と共に死にたい、共に生きたい、共に還りたいという欲に飲み込まれかけ、すんでのところで憎まれ口をたたき『俺』と『女』を分断することに成功したのだった。

 「男のくせに怖気づきやがってまあ。欲求には素直になるべきだよォ。」

女は汚い服のままざんぶとプールに身体を躍らせた。

俺も入水してみる。ピリピリと肌を刺す感覚。おお!?これは…

アルコール!なんてことだ。プールを満たしていたのはアルコールだったのだ。

つんと香るアルコール臭。昨今のウイルス対策はここまで過剰になったのか。

女は気にせずこちらへ歩み寄る。先ほどまで嗅いでいた、…アルコールではない…謎の香り、女の香りが俺をその場に縫い留める。

 俺の、はじめての接吻は冷えたものになった。

 すっかり冷えた唇が押し付けられるたびに俺の上腕のあたりが総毛立った。冷たい女の唇と同じくらい冷えた俺の唇。新たに熱なんて生まれるはずがない。

支えるように搔き抱いた女の肢体は唇よりずっと冷えていて、そして鳩胸の下は無残にも皮と骨ばかりの、感触の良くないものだったので、アルコール臭漂う中、俺は死体洗いのバイトをしているのではという気になってきた。

だがふと女の安物のスカートの下に、アルコールの刺激でびらんのようになった秘唇が見え隠れして、俺のその疚しい視線に気づいた女がヴィランの如くににんまりと嗤ったのを認めると一転、俺は不可逆な熱に苛まれる。

 

お互いの間隙を埋めるように激しく絡み合った俺たちは、やがて一本の肉色の紐になっていく。それは俺たちのくたびれきった貧相な身体から創られたものとは思えないほど、逞しく、太くなっていく。原初のかたちを思い出すように、ねじれ、螺旋を描きながら、わたしたちは成っていく。

 わたしたちは何か爆ぜるイメージを互いに共有しながら、上へ上へ昇り、やがて大きく爆発して、果てた。求めあう獣じみた声はもうとっくに聞こえなくなっていた。

真空のような静けさが周囲に満ちている。

わたしたちは現在、橋になっていた。一方には柔く眠るなにか。もう一方をみるとあたたかな壁があった。鎮座していたなにかは様相を変化させながら少しずつ大きくなっていく。それはアメンボのようにも、ウーパールーパーのようにも見え、それでいて何者でもなかった。

 途方もない壁と変化、成長していくなにかを繋ぐわたしたち。それを満たしている液体がときおり振動し、くぐもった音を伝えた。

やがてわたしたちの片端で大きくなり続けていたなにかはある程度発達を遂げたのか。

頼りない手足をすぼめ、窮屈そうに収まっている。

大きく肥大した頭部に似つかない体。その短く細い足をおもむろに伸ばしたのをきっかけにしっちゃかめっちゃかに動かし始める。

 そんな力があったのか。

足を、腕を打ち付けられた壁が徐々にひび割れていく。

壁の割れた先に、液体が流れでていってしまう。

やがて体を振り乱していた胎児も自身の運動の勢いで外へ投げ出される。

繋ぎとめていたわたしたちも、限界がきている。

一度胎内から出てしまった胎児をもはや繋いでいる意味もない。


外の世界は無菌室ではない。窮屈な世界を嫌がり、狭い産道も嫌がり、無理やりプールから出てしまった胎児には免疫力がない。


爆発を起こしたわたしたちの、かわいいコアは広大な宇宙というプールで、生き残ることができるのだろうか。





























































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