修羅場事変~どうやら――れたようです~

高久高久

第三者―とあるファーストフード店員の会話―

 大学の講義を終え、時刻は夕方。

 アルバイト先である某有名ファーストフード店に到着し、裏手に回ると存在する『関係者用入り口』の扉を開ける。

 店舗側と違い、それほど明るくない照明の通路を通って事務所へ。


「おはようございまーす」


 事務所の扉を開け、すぐ横にあるラックから自分の名前――関根せきね瑛子えいこの名前が書かれたタイムカードを打刻機に差し込む。しかしどの時間帯であろうと挨拶って何故か「おはようございます」なのね。


「あ、おはようございます関根さん」


 私に挨拶してきたのは、同僚の椎名ちゃん。


「椎名ちゃんごめんねー、昨日急にシフト変わってもらってー」


 本来昨日の曜日もシフトだったのだが、用事が入ってしまいこの椎名ちゃんに代わってもらっていたのだ。


「ああ、いいんですよー。用事の方は大丈夫だったんですか?」

「うん、お陰さまで。でも本当ごめんねー、昨日って混んだでしょ?」

「あー……お店の方は全然忙しい感じじゃなかったんですけど、ちょっとありまして……」


 椎名ちゃんが何とも歯切れの悪い言い方をした。


「ん? 何かトラブル?」

「トラブルっていうか……あんな現場居合わせたの初めてでした。あるんですね、ああいうの実際に」

「んん? 何事何事? 詳しく教えて」


 私が聞くと、椎名ちゃんは誰もいないというのに左右をキョロキョロと見てから、耳打ちする様に小声で言った。


「何ていうか……うん、修羅場ですよ修羅場」

「修羅場? 何別れ話とか?」

「別れ話なんですけど……これがまた色々と複雑な感じでして」

「え、何それ詳しく」

「えっと、関根さん常連の男子高校生知ってます? ほら、夕飯時にいつもいる……」

「あ~……あの子かな?」


 脳裏に一人の男子高校生の顔が浮かぶ。確かいつも学校帰りに寄っているらしいのだが、後で部活動後の友人っぽい子が遅れて合流しているのを見かける。


「その子、いつも一緒に居た彼女が――」

「え、あの子彼女いたの?」

「あ、関根さん見た事ないのか」

「私は友達といる所しか見た事ないのよね」

「まぁその男子高校生の彼女なんですけど、どうも大学生っぽい男に手出されちゃったらしくて……それでその男交えて別れ話、って感じでした」

「え、何で椎名ちゃんそんな詳しく知ってるの?」

「清掃のふりして横で聞いてました!」


 ふふん、と鼻息荒く椎名ちゃんが言う。こういう話好きなのかしらね。

 椎名ちゃんの話だと、男子高校生は一方的に言われて何も言えずに、男が彼女さんを連れて行ってしまったらしい。その辺りで椎名ちゃんはシフト上がりだった為、その後は知らないとのこと。


「でも彼女、意外だったなー。いっつもあの男の子とそんな喋るわけじゃないけど、並んで食べる姿が何て言うか尊くって、推してたのに……結構チャラそうな男だったんですけどねー」

「最悪ね、その男。人の彼女手出すとか……私も同級生にいたわー、修羅場製造機の男。人の物が欲しくってしょうがないっていう感じの奴」


 同級生のある男の顔を思い出す。見た目はまぁまぁ、だったけど誰かの彼女って言うとすぐアプローチかけてくるような奴で正直大嫌いなタイプだ。一時期私も狙われたのよねー。露骨なんだ、仕掛け方が。

 私は彼一筋だから何も起きなかったけど、うちに上がり込もうとまでしてきたからね、丁度両親が留守の時に。


「最悪ですね、そいつ」

「そう。それでその時うちの妹ちゃんが偶々居合わせて……それでこれまたうちの妹ちゃんを見る目がイヤらしいったらありゃしないのよ!」

「妹さんも高校生でしたっけ?」

「そうそう! 可愛いのよ、うちの妹ちゃん! あいつがウチの可愛い妹ちゃんに手出したら、私が殺るかもしれないわね」

「あはは……でも案外関根さんの同級生だったりして、その男」

「まさかー、そこまで世間せまくないっしょー」


 そう言って椎名ちゃんと笑った。

 しかし、と思う。何で私いないときにそんな面白ごふんげふん大変な事が起こるというのか。現場に居たかったなー。いや、決して野次馬精神じゃないのよ? 違うんだから。

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