第2話【いじめ】

 人は日々生活していくなかで、毎日同じことの繰り返しだと思っている人が多い。退屈な毎日の繰り返しで、人生つまらないと思っている人もいるだろう。幸せな日々が続き、この幸せは一生続くものだと思い込んでいる人もいるかもしれない。逆に毎日が地獄のような苦しみで、この苦しみから逃れられないと絶望している人もいるだろう。

しかし、毎日訪れるその日は一生に一度しかない。一日でガラリと人生が変わることもある。毎日一生のうちに一度しか訪れない一日一日を大切に全力で生き抜くことが、人生を豊かにする方法のひとつである。

 大和家の人間は皆が物心ついた頃から一日一日、一瞬一瞬を大切に生きろと教えられる。中学三年になる雷武も、毎日が同じことの繰り返しだとは一度も思ったことはなかった。

雷武は編入してからすぐに友達ができた。後ろの席に座る河原利久斗である。

利久斗とは同じFPSゲームが好きなことから意気投合。編入時席に着く際に、利久斗の机の横にかけてあった鞄にゲームのキャラクターのキーホルダーを見つけ、雷武から話しかけたのがきっかけだった。雷武は編入してからほぼ毎日利久斗と一緒に帰っていた。

 ある日の放課後、帰りの支度を終えた雷武がいつものように利久斗と一緒に帰ろうと思って振り向くと、利久斗はすでに教室には居なかった。どこへ行ったのかと雷武も教室から出ると、廊下の先の階段前に佇む利久斗を見つけた。

雷武は階段の方を見つめ佇む利久斗に駆けより、利久斗の視線の先を見ると同じクラスの相原秀人を中心にした何人かが階段を登っていくのが見えた。

「なに、どうかしたの?」

 雷武が利久斗に話しかけると、その声に我に帰った利久斗はすぐに答えた。

「いや、別に。帰ろうか」

「うん」

 その日はいつもとは違う感じで、二人は帰っていった。

 次の日、雷武はなんとなく気なって利久斗と秀人を意識して観察していると、昼休みに秀人を中心としたグループが教室から出て行き、利久斗が気まずそうな表情でそれを見送った。

雷武はトイレに行くふりをして教室を出て確認すると、秀人たちは階段を登って屋上へ向かっているようだった。雷武は、秀人たちを追って屋上へいってみた。

屋上では秀人を含む何人かが輪になっていて、輪の中心に誰かがしゃがみ込んでいた。

雷武が近寄って確認すると、クラスの井出竹流が輪の中心にいる。

 疑問に思った雷武は聞いてみた。

「何してるの?」

 秀人を含む一同が驚いたが、代表して秀人が答えた。

「別に何でもないよ。ただ遊んでただけ。行こう」

 秀人を先頭に皆が屋上から出ていき、最後に竹流がバツの悪そうな顔で皆の後に続いた。

その日から雷武は普段通りに利久斗と仲良くしつつも秀人とその取り巻き、竹流に注意を払っていた。

すると毎日必ず昼休みと放課後に秀人たちは竹流を連れて屋上へ行き、竹流だけに暴力を振るい、時にはお金をせびるなどをしていた。

 雷武は暴力を振るっていたのを見た時点で再び秀人に何をしているのか聞きに行き、秀人がプロレスごっこをしているだけだと言い竹流も同意見だったため、はじめは納得した。しかし、数日後にお金をせびっているのを見た時点でいじめだと確信。すぐに担任教師に話したが、デリケートなことだからあまり大袈裟にしないようにと、訳のわからない返事しか返ってこなかった。

 雷武は利久斗の気まずそうな顔を思い出し、その日の帰りに聞いてみた。

「何かさ、井出くんが相原君たちにいじめられているみたいなんだけど、何か知ってる?」

「え?そうなの?いや、よくわからないけど・・・」

 雷武は一瞬利久斗の顔が引きつったのを見逃さなかった。

「利久斗くんって井出くんと仲良くないの?」

「え?あっ、別に、どうなんだろ・・・」

 利久斗は明らかに動揺している。

雷武はこれ以上突っ込むのをやめ、話題を変えてその日は帰った。

 家へ帰った雷武はどうしたものだろうと考えた。

担任教師が言うようにいじめはデリケートな問題で、第三者が口を出したりするといじめが影を潜めて陰湿になり、いじめられている側が余計に苦しくなるケースが多い。しかし、だからと言って放っておくわけにはいかない。

人生にとって一日一日が貴重なものであるはずなのに、理不尽ないじめに遭っている竹流にして見たら毎日が地獄のような苦しみの繰り返しであろう。

 自分の部屋のベッドで横たわりながら考えていると、ノックする音が聞こえ冴羅が夕飯だと伝えにきた。

 雷武はすぐに起き上がり部屋を出て、先を歩く冴羅に聞いた。

「姉ちゃんさ、もしいじめの現場を見たらどうする?」

 冴羅は立ち止まりも振り向きもせずに即答した。

「いじめている側全員に鉄拳制裁」

 雷武はその答えに違和感を感じた。

「姉ちゃん帰ってからコーヒー飲んだ?」

「飲んでない。ご飯の後の楽しみにしているから」

 雷武は納得し、聞くべきじゃなかったと若干後悔した。

夕食の後、部屋に戻った雷武は再び考えた。

いじめはどんな理由であれいじめている側が絶対的に悪い。冴羅の言う全員に鉄拳制裁が当たり前だ。

しかし、いじめは、いじめているつもりがなくても、いじめられていると感じた時点でいじめとなり、その逆のいじめているつもりでも、いじめだと思っていないケースもあり得る。

屁理屈に思えて若干面白くなった雷武は、ほとんどないと思いつつも、まずは竹流自身の気持ちを確かめようと思った。

 次の日、雷武は登校するなり、竹流に話しかけた。

しかし、瞬時に編入してからまともに話したことがない相手に突然「いじめられているの?」と聞かれて素直に答えるわけがないと思った。

 雷武は言葉に詰まり、竹流が困惑した感じで言った。

「えっと、どうしたの?何か用?」

「あ、いや、僕のこと知ってる?」

「知ってるよ。編入生の大和くんでしょ?」

 この時、竹流のカバンに利久斗も持っているFPSゲームのキーホルダーが付いているのに気づいた。

「そう。大和雷武。よろしくね。っていうかそのキーホルダー。僕も好きでやってるんだよそのゲーム」

「え?そうなの?」

 ここから会話が進み、チャイムが鳴ったタイミングで雷武は自分の席に着いた。

雷武はいじめの件について直接聞くのはやめて、とりあえず今まで以上によく観察することにした。

 竹流の席は廊下側列の前から二番目の席。雷武の席は窓際から二番目の列の後ろから三番目だったので大分離れている。

朝から竹流を気にしていると、竹流がちょいちょいこちらを見ていることに気づいた。

その都度雷武は右手を上げて答えたが、竹流は雷武の右手に気づくのが毎度一瞬遅れる。

はじめはわからなかったが、竹流は雷武を見ているのではなく、後ろの席の利久斗を見ていることがわかり納得。先日の階段での利久斗の態度といい、同じキーホルダーといい、二人の間には何かあるなと、雷武は思った。

 昼休みになりいつものように秀人とその取り巻き、竹流が屋上へ向かった。

雷武は午後の授業で使う教科書を持ってついていき、屋上入り口近くの段差に腰掛けて勉強をしているふりをしながら秀人たちを観察。昼休みも終わりに近づき、屋上に居た生徒たちが教室へ戻ろうと続々と雷武の前を通った。秀人たちも雷武の目の前を通り、屋上から出ていく。一行の最後大分距離を取って竹流が下を向いて通った。この時雷武は、竹流が涙を流しているのを確認した。

 やはり竹流は、いじめられて苦しんでいる・・・

どうしたものかと考えているうちに午後の授業があっという間に終わり、帰りのホームルームの時間も終わって放課後になった。

放課後にも竹流は屋上でいじめを受けることから、雷武は早急に解決したいと思った。

 しかし、上手い解決策が思い浮かばず歯痒い思いをしながら、いつのもように利久斗と帰ることに。帰り道、利久斗に聞いてみた。

「あのさ、井出くんが利久斗くんと同じキーホルダー持ってたんだけど知ってる?」

「え?あぁ、知ってるよ」

「そうなんだ・・・」

 雷武は以前、竹流と仲良かったのかを聞いたときに答えを濁されたので、これ以上は何も聞かなかった。

 すると、何かを察知さしたのか利久斗から話してきた。

「井出、いや竹流とは小学校が一緒だったからさ・・・」

「へぇーそうなんだ。同じクラスだったの?」

「うん・・・」

「ふーん。そうだったんだ・・・」

 雷武はこれ以上話を膨らませず、お互いが黙って帰路についた。

 帰宅してから雷武は考えた。

おそらく利久斗と竹流は元々仲が良く、竹流が秀人にいじめられるようになってから利久斗は自分もいじめられることを恐れて、竹流との距離をおいたのだろう。

そうなるといじめを解決するだけではなく、利久斗と竹流の仲も復活させたい。

どうすれば全てが上手くいくのか、夕飯の時やお風呂の時間、眠りにつくまで必死に考えたがわからず、最後はぶっつけ本番でなるようにしかならないとの結論に至るしかなかった。

 次の日。

竹流の苦しみを考え早急な解決をするべく、昼休みに行動を起こそうと考えた雷武は、秀人たちが教室を出る同じタイミングで廊下に出た。

すると階段下に利久斗がいた。何かするのか期待をした雷武だったが利久斗は前と同じように、秀人たちを黙って見送るだけだった。

 雷武は利久斗に近寄って話しかけた。

「ちょっとさ、屋上に付き合ってくれない?」

「え?」

 驚く利久斗を雷武は、半ば強引に屋上に連れて行った。

屋上に着き確認すると、案の定秀人たちは輪を作り、その中心には竹流が居た。

雷武は利久斗に入り口近くの段差に座ってもらい、ポケットからスマホを出して利久斗を壁にして秀人たちを撮影した。

 利久斗は困惑しながら雷武に聞いた。

「何してるの?」

 雷武はスマホを覗きながら答える。

「いじめの証拠集め」

「え?」

「ほらこういうのって、まずは証拠が大事だからね。オッケー。暴力を振るわれて泣きながらお金を渡しているから、完全な暴行罪と恐喝だ。よし、行こう」

「は?」

 雷武はどこか楽しそうに集団へと向かい、そのすぐ後を気が進まなそうに利久斗が続いた。

雷武が近づいて来ることに取り巻きの一人が気付き、秀人に報告。

 秀人はすぐにいじめをやめたが雷武はお構いなしといった感じで言った。

「相原くん。いじめはダメだよ」

「は?何言ってんの。いじめてないし。なぁ」

 秀人とぼけた感じで、皆に同意を求めたが、雷武はすかさず食い気味にスマホを見せながら返した。

「あぁ、そういうのいいから。証拠あるからここに」

「はぁ?ふざけんなよ。いじめてないって言ってんじゃん。なぁ竹流」

 竹流は怯えた表情で一つ頷いたが、雷武はまったく気にしていない。

「井出くんもそういうの全然大丈夫だから安心して。え?っていうか相原くんは、いじめていることを認めないってこと?」

「当たり前だよ。いじめてないんだから」

「あそう、じゃ放課後これ持って警察いくね」

 雷武は利久斗と共に屋上から去ろうとしたが、すぐに振り返って言った。

「ちなみに、ここには相原くんの暴行罪と恐喝罪、あと君たちの暴行罪の証拠も入ってるからよろしく!」

 雷武がスマホと振りながら言うと、秀人がイキリ立った。

「ちょっと待てよ!」

 秀人と取り巻きが雷武たちを囲んだ。

「何なんだよ転入生が。つか利久斗もなに?こいつの味方なの?」

 雷武が利久斗をかばって言った。

「利久斗くんは関係ないよ。撮影の時に、ちょっと壁になってもらっただけだよ。あとちなみに僕は転入生ではなくて、編入生ね」

「はぁ?どうでもいいよ。つかなんだよお前ウゼェな」

 秀人が雷武の肩を小突くと、取り巻きも次々と雷武の肩を小突いた。利久斗は取り巻きに押されて輪の中から自然と押し出され、小さく「雷武くん・・・」とだけ呟いた。

輪の中で多人数から小突かれている雷武は全く動じてなく「え?なになに?痛い痛い」と言いながらも何か楽しんでいるようだった。

 輪から外れて心配そうに雷武を見ている利久斗に、竹流が近寄り話しかけた。

「利久・・・なんで」

「竹流・・・」

 利久斗は気まずいのか、その一言で黙ってしまい竹流も黙ってしまった。

雷武は小突かれるなか、輪の外にいる利久斗と竹流も見てニヤリとした。しかし、次の瞬間雷武は衝撃からひざまずくことになる。

 集団のなかで雷武を小突いていたのは取り巻きの連中で、彼らは罪悪感からか思い切り攻撃していなかった。

そのため、雷武にも利久斗と竹流を見ている余裕があった。しかし、雷武はニヤリとした次の瞬間、みぞおちに強い衝撃が走り、「ウッ!」という声とともにひざまずいた。取り巻き連中に変わって、秀人が思い知り蹴り上げたのだ。

続けて秀人は、ひざまずいた雷武のこめかみに右の拳でパンチを繰り出した。

雷武の体は横に飛ばされ取り巻きの一人の膝に頭をぶつけ、取り巻きたちは驚きたじろいだ。

雷武はこめかみにパンチを受けて頭を取り巻きの膝にぶつけたことによって、怒りのタガが少しだけ外れた。さらに秀人が左足で雷武の顔面に向けて回し蹴りを加えようとしたところに、雷武は腕を振り上げ手の甲で秀人の股間に打撃を加えた。

今度は秀人が「ウッ!」という声をあげて悶絶した。

 雷武は我に返り、秀人にとぼけて言った。

「あっ、ごめん当たっちゃった。大丈夫?」

「てめぇ・・・」

 ここで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。取り巻きたちが秀人を抱えて屋上から出ていく際に、秀人が小さく竹流に「また放課後な」と声をかけたのを雷武は聞き逃さなかった。

秀人たちが出ていき、雷武のもとに利久斗と竹流が駆け寄ってきた。

 痛そうに座り込んでいる雷武に、利久斗が心配そうに話しかけた。

「大丈夫?」

「全然大丈夫だよ。こういうの慣れているから。でも、相原くんにお腹を蹴かれた時は、昼ごはんを全部戻しそうになったよ」

 雷武はあっけらかんと答えて、ゆっくりと起き上がって言った。

「利久斗くんと井手くんは、仲良いんでしょ?」

「え・・・」

 二人は黙って気まずそうにしていたが、意を決したように利久斗が喋り出した。

「雷武くんの言うとおり、もともと竹流とは小学校も一緒で仲良かったんだけど、竹流が相原たちにいじめられるようになって、距離をおいた・・・自分もいじめられるんじゃないかと怖くてなって・・・竹流ごめん」

「利久斗・・・」

 それを聞いて、雷武は安心したかのように言った。

「やっぱりそうかぁ。よかった。僕は利久斗くんと友達だから、今から井手くんとも友達。竹流くんって呼んでいい?」

 竹流は驚きながら「え?あぁ、いいけど・・・」とだけ答えた。雷武は午後の授業を始まるので、とりあえず教室に戻ろうと促して三人は教室へと帰っていった。

 雷武は午後の授業を受けながら、どうしようか考えた。

この後、放課後にも竹流は秀人に呼び出されていじめられる。教師を連れていってもよいが、そうすると今度はSNSとかを使って陰湿ないじめが始まるかもしれない。

陰湿ないじめは厄介で、今目に見えるいじめのうちに解決することが大事になる。ここは生徒同士で、かたを付けるのが得策だと雷武は判断した。

具体的な方法については何も思い浮かばず、とりあえず屋上へ行って、そこからは自分らしく、その時の状況と感情に任せようという結論に至った。

 放課後、秀人一行は竹流に目で合図を送って教室から出ていき、竹流も渋々と言った感じで教室を出た。

雷武はその姿を見て、竹流は友達というものを信じていないのだと思った。

普通友達だと言われたら、自分がいじめられる時には助けを求めるために一目だけでもこちらを見ずはずだ。しかし、竹流はこちらのことを見ることなく、教室を出て行った。

利久斗は元々友達でいじめを傍観したことを謝られはしたが、助けてくれるとは期待していないのだろう。

そう思うと雷武の心は痛むと同時に、燃え上がった。

 雷武は利久斗に言った。

「さぁ、利久斗くん、行こう」

 突然の発言に利久斗は驚きを隠せない感じで返す。

「え?どこに?」

「決まってるじゃん。竹流くんを、友達を助けるんだよ」

 雷武は利久斗の腕を取り、半ば強引に教室から連れ出した。そして、階段付近に来たところで、利久斗が雷武の腕を振り払って言った。

「ちょっと待ってよ。やっぱり僕は嫌だよ」

「なんで?」

 利久斗は情けなさと申し訳なさが入り混じった感じで答えた。

「だって・・・暴力が怖い」

「全然問題ないよ。それは人それぞれだからね」

「は?」

 利久斗は雷武が何を言っているのかわからない。

「僕は暴力は怖くないからさ。暴力は僕が担当するよ。利久斗くんは僕のスマホで撮影してくれればいいよ。さ、早く行かないと竹流くんが可哀想だよ」

「え・・・あ、うん」

 雷武は今度は利久斗の腕は取らず一人で屋上へと急ぎ、利久斗も後を追った。

屋上へ着くなり雷武は自分のスマホのパスコードを解除して利久斗に渡した。

 そして、自分は竹流を中心に輪となっている秀人たちの元に向かい、輪を崩して中心に入っていき、竹流をかばって秀人に言った。

「だからさ、いじめはやめなよ。ほんと警察行っちゃうよ?」

 秀人は苛立った様子で言った。

「はぁ?行くなら勝手に行けば。俺たちはただプロレスごっこをして遊んでるだけだから関係ないよ」

「お金を巻き上げてたでしょ?」

 秀人は、今度はとぼけた感じで言った。

「あれは、俺が貸してたお金を返してもらっただけだよ」

「そうなの?」

 雷武が竹流に聞いても下を向いたまま黙っている。

「まぁ、じゃとりあえず竹流くん。僕らと遊ぼうよ。行こう」

 雷武は半ば強引に竹流の手を引き、輪の中から出ようとした。しかし、取り巻きがそれを防ぎ、秀人が言った。

「つか何?お前は竹流の何なの?」

「友達」

 雷武が間髪入れずに答えると、秀人は鼻で笑って言った。

「は?友達っていつからだよ。この学校に来たばっかじゃん」

「さっき友達になった。行こう。竹流くん」

 雷武は取り巻きをどけて行こうとするが、取り巻きはどこうとしない。雷武はくるりと振り返り、秀人に語気を強めて言った。

「つかさ、相原くんは何でこんなことしてんの?」

「は?」

「『は」じゃなくて。なんで一人を大勢で囲んで、いじめたりするんですか?」

「だからいじめじゃ・・・」

 雷武は食い気味に、しかも苛立ちをあらわにして言った。

「もう、そういうのいいからさ。これはいじめだから普通に。何でこんなことしてんの?つか君たちも何?集団でこんなことしてさ。クソじゃね?」

「何だと?」

 今度は秀人と取り巻きたちが苛立ちあらわにして雷武に迫った。しかし、雷武は微動だにしていない。

「何?暴力?そっちが暴力で来るなら別にいいけどさ。今度こそホントに暴行傷害で警察しょっ引かれて、家裁行って下手すりゃ少年院だよ」

「はぁ?」

 雷武に秀人、取り巻きたちが睨み合いをし硬直状態になりそうになったが、すぐに雷武が言葉を発した。

「つかさ、何で竹流くんを大勢で囲んで、こんなことやってるの?って聞いてるだけなんだけど。言葉で説明してくれないかな」

「は?」

「いや、だから『は』じゃなくてさ。相原くんは、なぜに取り巻き集めて一人に対してこんなことをしているの?」

 秀人は一瞬考えた表情になったが、取り巻きを見てすぐに言い返した。

「うるせえな」

「いやいや違う違う。うるさいとかじゃなくて。もうそういう感情はいいからさ。冷静になってさ、ちゃんと教えてよ」

 秀人は再び何かを考えている表情になる。それを見た雷武は取り巻きの一人に向かって言った。

「君もさ、何でこんなことをするの?相原くんの命令だから?っていうか命令だとして、それってどうなの?」

「はぁ?」

 その取り巻きが雷武に迫るなか、雷武は再び秀人に言った。

「で、相原くんの答えを教えてよ。何でこんなことをするの?」

「うるせえな。もういいよ。しらけちゃったから行こう」

 秀人と取り巻きたちが雷武と竹流、利久斗に睨みをきかせながら去っていった。

 雷武は呆然としている竹流の肩を軽く叩いた。

「さ、帰ろう」

 竹流は黙ってうなづき、三人は一緒に帰った。帰り道、二人が黙るなか雷武は盛り上げながら歩き、駅での別れ際に言った。

「竹流くん。明日僕が相原くんたちと話つけるから心配しないでね。じゃ」

 竹流は小さく「ありがとう」と言って帰っていった。

 次の日。雷武が登校し教室に入ると、嫌な空気が漂っていた。その空気を察知し大体の予想ができた雷武ではあったが、あえて気付かぬ振りをして利久斗に「おはよう」と挨拶をしてみた。案の定、利久斗は雷武を無視した。雷武は構わず今度は竹流の席に向かい「おはよう」と挨拶。竹流も見事に無視して、秀人と取り巻きたちのクスクスという笑い声が教室に響いた。

 雷武は何の動揺もなく、秀人に近づき話しかけた。

「相原くん。昼休みにちょっと話しがあるんだけどいい?」

 もちろん秀人もシカトをしている。

「あれ?聞こえないかな」

 雷武は、今度は秀人の耳元でかなり大きな声で言った。

「相原くん!昼休みにちょっと話しがあるんだけどいいかしらん!」

 秀人は苦悶の表情を見せたが、完全無視を貫いた。

この時から雷武に対するクラスの男子全員からのシカトによるいじめが始まった。

 教室ではどの男子に話しかけてもシカトされ、例えば、体育や図工、音楽の授業中にも無視されるためグループでの授業にも仲間に入れず完全に孤立。登校時やトイレなどから教室へ帰ると、雷武の机には必ず落書きや椅子に画鋲などのイタズラがされるようにもなった。

 しかし、雷武は何の動揺もなく普通にやり過ごしていた。

机や椅子へされたイタズラを黙って片付け、授業中の仲間外れに対しては教師に堂々と「何か仲間外れにされてるみたいなんで気にしないでください」と申告。

雷武の机が酷く汚れ授業中に紙くずが雷武に向かって投げられたりしても、教師は苦笑するだけで何の対応もせず、雷武は完全に孤立した。

 雷武が何の動揺もなく普通にやり過ごせるのは、大和家恒例の山籠もりやスラム街に住む子どもたちと触れ合った経験などから、学校生活に対して心からどうでもいいと考えていたからであった。

『無視されようがどんな嫌がらせされようがどうでもいい。中学の三年間など、この先の人生に大した影響はなく、卒業さえさせて貰えばいい』と考えていたのだ。

もっといえば自分がいじめられることにより昼休みと放課後に秀人とその取り巻きが竹流を屋上に連れて行くことがなくなっていたため、むしろこれで良いとさえ思っていた。

 それにたまに後ろの席から「ごめんね・・・暴力が怖くて・・・」という利久斗の小さな声が聞こえてきたため、雷武にとってはそれだけで十分だった。

 この状態が十日ほど続き、面白くないのが秀人であった。

普通なら不登校に、下手すれば自殺にまで追い込むようないじめをしていても雷武はまったく動じないのだ。毎日あっけらかんとして登校してくる。

秀人の溜まったフラステーションは、再び竹流の身に向けられた。

 いじめが始まって十一日目の昼休み。秀人とその取り巻きは、竹流を連れて教室を出た。

教室を出るとき竹流は悲しいような、申し訳なさそうな感じの目を雷武に向けた。

それを見た雷武は秀人たちの後を追い、その雷武に気づいて利久斗も後を追った。

雷武と利久斗が屋上に着くと、すでに秀人と取り巻きが竹流を囲み小突いたりしていた。

 その後、秀人が竹流からお金をせびるような仕草をしたところで、雷武が輪の中に強引に入っていった。

「っていうかさ、何やってんの?君たちは僕をいじめることによって竹流くんには手を出さないんじゃないの?」

 秀人がとぼけた感じで言った。

「は?そんなこと言ってないけど」

 ここで初めて竹流が反論した。

「うそだ。大和くんを無視したら僕をいじめないって言ったじゃん・・・」

「あ?お前なに声だしてんだよ。だまれよ」

 秀人と取り巻きが竹流を小突くのではなく、殴ったり蹴ったりしだした。ここで、雷武のタガが外れた。

 秀人とその取り巻きの輪という狭い空間のなかで肩甲骨を柔らかく動かし、肘と手刀を使って流れるように竹流を殴る蹴るしている秀人と取り巻きの手足を払った。

その後、秀人をはじめとする数人の喉仏を、曲げた指先の第二関節で軽く突いた。

喉仏を突かれると特に成人男性はポコッと出ていることから、一瞬呼吸ができなくムセ返り悶絶してしまう。これは雷武の祖父が開発した戦闘術の技の一つだ。

秀人らも成長期のため喉仏が出てくる時期であることから、すぐに悶絶した。

 雷武は竹流を輪のなかから連れ出し、少し離れたところで見ていた利久斗のところへ行き言った。

「二人は先に教室に戻っててよ。ちょっと話をつけてくるからさ」

 利久斗は気まずそうに言った。

「雷武くん。せっかく仲良くなったのに、いじめに加わって・・・本当にごめん」

 竹流も続いた。

「僕も・・・何度も助けてもらっているのに、ごめんなさい」

「全然全然。まったく気にしなくて大丈夫。人それぞれ苦手なものや無理なものがあるからね。僕も暴力はあまり好きじゃないけど。ちょっとだけ慣れてるからさ。さ、早く行って」

「うん・・・」

 二人は屋上から出て行った。

雷武は再び秀人らのもとに戻ると、秀人を始め皆がまだ完全に回復はしていない感じで座り込んでいた。

雷武の攻撃を受けていない取り巻きたちが雷武に迫ったが、雷武の「なに?君たちもかかってくる?」という一言で、怖気づいてしまった。

 雷武は秀人の前にしゃがみ込んで言った。

「ねぇ、なんで竹流くんをいじめるの?僕だけいじめてればいいじゃん」

「・・・うるさいな」

「うるさいとかじゃなくて、なんで僕だけじゃ満足できないかな?」

 雷武が少々強めに言うと、恐れをなしたのか秀人は素直になり始めた。

「だって・・・お前全然へっちゃらで、やりがいないんだもん・・・」

「やりがいってなに?苦しんだりしたほういいってこと?え?何?相原くんは人が苦しんだりするのを見るのが好きなの?」

「・・・うるさいな」

 そのことばに、雷武はあからさまに苛立ったようすで言った。

「だからさ、うるさいとかそういうのいいって言ってるじゃん!次は本気で喉つぶすよ?で?どうなの?人が苦しんだりするのを見るのが好きなの?」

「・・・だって、いじめをするのってのは、そういうことだから・・・」

「そうなんだ・・・で?何でターゲットが竹流くんなの?」

 秀人は一呼吸おいて、ボソッと言った。

「・・・何かムカつくんだよ」

「何かムカつくってどういうこと?竹流くんが相原くんをムカつかせるようなことを何かしたの?」

 秀人は若干気まずそうに、再びボソッと答えた。

「別に・・・」

「はぁ?いやいや、え?それはちょっと可哀想じゃない?特に何かされたわけではなく『何かムカつく』だけでこんなことしちゃさ・・・もしこれで竹流くんが自殺でもしたら竹流くんの家族に一生憎まれるよ」

「自殺なんかできないだろ、あいつは・・・」

 秀人が聞こえるか聞こえないかの小さな声で言うと、雷武が少々声を荒げて言った。

「何を言ってるの?そんなことわからないじゃん。竹流くんがいじめによってどんだけ苦しんでいるか相原くんにはわからないでしょ?」

「・・・そうだけど」

「自殺なんかされたらホント大変だよ。特に罪には問われないかもしれないけど、自分がいじめて同級生が自殺した事実は心に一生つきまとうからね」

 秀人は黙りこんでしまい、雷武は取り巻きたち向けても言った。

「君たちも同じだよ。命令されてやったから関係ないとか思ってるかもしれないけど、人をいじめたことは事実として一生残るよ。もし自殺なんかされたら、その家族は一生君たちを恨むことになる。ちなみに僕も竹流くんが自殺してしまったら、めちゃくちゃ恨んで、人生かけて全員に復讐するよ。生き地獄を味合わせてやる。人に恨まれている人生って、後々ホントに辛くなるからね。あと、死んじゃったら恨むも何もないと思うかもしれないけど、人間の『念」ってのは必ず残るからさ。よく覚えておいたほうがいいよ」

 秀人をはじめ、取り巻きたちも黙り込んでしまった。それを見た雷武は、今度は若干穏やかに諭すように言った。

「というわけで、人をいじめたいんなら僕だけにしてさ、竹流くんからは手を引いてよ。で、今まで巻き上げたお金もできるだけ返してあげて。ね!」

 最後の「ね!」にびっくりしたのか、秀人は素直に「うん」と答えた。

雷武が教室に帰ると、汚かった席がきれいになっていた。

 次の日の昼休み、秀人が竹流に声をかけて取り巻きたちとともに出ていった。雷武はすぐに気が付き、追いかけて屋上に行くと秀人が竹流にお金を返して謝り、取り巻きたちも頭を下げた。それを見た雷武は黙って教室へと帰っていった。

 その日の放課後、今度は秀人が雷武のもとに行き話しかけた。

「ちょっといい?」

雷武は快く承諾し、秀人と取り巻き雷武は屋上へと向かった。利久斗と竹流は不安そうに視線を送り、雷武はニコリとしてウインクをしてみせた。

 屋上に着くと秀人と取り巻きたちが雷武を囲んだ。しかし、雷武はまったく動揺していない。少々の沈黙のあと秀人が雷武に言った。

「何かやってるの?」

「え?」

「格闘技か何かやってるの?」

 雷武は若干拍子抜けをした感じだったが、素直に答えた。

「えっとお爺ちゃんが戦闘術を開発して、それを強制的に習わされているだけだけど・・・」

「戦闘術?」

「うん」

 秀人と取り巻きたちは、顔を見合わせた。そして、照れくさそうに秀人が口を開いた。

「もしよかったら、僕らにも教えてくれない?」

「え?戦闘術を?」

 雷武は驚きを隠せない様子でいうと、さらに恥ずかしそうに秀人が返した。

「うん・・・」

「全然いいよ。あっでも戦闘術っていっても暗殺術で危険だから、ストレス解消になる程度のものでいい?」

「暗殺術なの?」

 秀人と取り巻きたちが驚き、若干引いている。

「あの、そうというかなんていうか・・・だからあの、ちょっと特殊な体の使い方だけ一緒にやろうよ。それなら、別に危険なものじゃないから」

「うん」

「じゃ、さっそく肩甲骨を柔らかくすることから、始めよう!」

屋上には雷武と秀人をはじめ取り巻きたちがひたすら肩甲骨を動かす光景が見られた。

 この日の帰り道、雷武は晴れ晴れとした気分だった。

大和家の家訓の一つに「傍観する者は悪人と同じである」とあり、その家訓を守ることができた。しかも、勇気を出して云々とはではなく、あくまでも自然体で飛び込んでいけたことに雷武は満足していた。

 いじめを含めて世の中には傍観したいことが多々ある。しかし、大切なのは無理に勇気を出して飛び込むことではなく、自然体でできることを全力でおこなうことだ。


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