理滅のヴァイオネット〜虚無に侵食されし崩壊世界〜
ふぃるめる
第1話 虚無からの使者
それは人類の希望。
それは人類の未来。
それは人類への救済。
それは理をも滅し秩序をも覆す。
それは人でなくなった何か。
それは―――
この世界ではないどこかの世界――人が虚構世界、虚無世界と呼ぶ何処か。
かつての学者がその世界についてこう述べたという。
有無相対を超越した世界。天地万物は絶対的「―」なる本体より発生するがそこには形状はなく、見ようとしても見えず、聞こうとしても聞こえない。そこにはただ「 」のみが存在し人が「 」に飲まれるとき全ては絶対的な「 」に向かう。
虚構世界、虚無世界――人知の及ばないどこか別の場所。
人はそこを道徳の極致とし
人はそこを死後の世界と定め
人はそこを無欲恬淡とし
人はそこをこの世の理想とした。
そして虚無は、この世界に「 」を開いた―――――。
◇◆◇◆
虚構世界が、人類の世界と衝突して「 」がこの世界に開かれてから人類はその生存圏を大きく減らしていた。
そして軍事技術も失ってしまった。
数多く存在した国家は、もはや単独での「 」との戦いは難しく国力と支配域を失い崩壊した。
人類は、「 」に対抗すべく集中的に防衛態勢を築けるよう、七か所の防衛都市を作り上げその中で人種を問わず生活するようになった。
人類共通の危機ともなれば、人種問題や政治上の対立など些細なことに過ぎなかった。
悲しいかな、人類史上最大の危機が訪れるまで彼らは一体になれなかったのだ。
人類の中には、その心を顕現させた心装武具をもって自衛にあたる者もいる。
心装武具を得ることができない者たちに抵抗する手段はなく心装武具を持つものに守ってもらうことしかできない。
―――第二戦区 CS-03 ケルン―――
未明に「 」の襲撃を知らせるアラートがけたたましく防衛都市全体に鳴り響いた。
防衛都市の地下深くに築かれた地下シェルターへと着の身着のままの住民たちが逃げ込んでいく。
パニックに陥った人々は、他の人が転倒してもそれを踏みつけ我先にとシェルターへと急ぐ。
「落ち着いて下さい。まだここが襲撃を受けるまでには十分な時間があります。落ち着いた行動をとってください」
拡声器を使って呼びかける都市防衛隊の隊員の言葉は群衆の阿鼻叫喚の中に飲み込まれていく。
そんな光景が都市のいたるところでみてとれる。
あらかた住民の避難が終了したタイミングで「 」の襲撃が始まった。
「ケルンコントロールより通信!! 敵はカテゴリー4、タイプはオーガと判明。これ以降『ルイン』と呼称する、とのことです」
防衛都市を囲む壁の上に構築された防御陣地に通信機を持った防衛隊隊員から絶望的ともいえる報告が上がる。
ケルンコントロール――すなわちケルン防衛隊指揮所は指揮系統が壊滅すれば防衛隊も瓦解することが懸念されるとの理由で地下シェルターの中にある。
現れた「 」は、迅速な移動と膨大な体力と強靭な肉体を持つ「 」の中では特に難敵とされるタイプになる。
『ルイン』は破滅を意味し、このカテゴリー4のオーガタイプの「 」にはふさわしいともいえる。
「有効射程距離に入り次第各個にて攻撃せよとのことです」
都市防衛を担う防衛隊の誰もがその顔を絶望に染めている。
カテゴリー4は今まで各都市を襲撃した「 」の中では最大級の大きさと危険度、そして攻撃力を持つ。
その脅威を前に、誰もが自分の生命をあきらめかけている。
「目標まで二〇〇〇m 火力担当の部隊は各個にて撃てぇっ」
防衛都市を囲む城壁ともいえる壁の上から多数の光が『ルイン』へと伸びていく。
狙いは正確で撃ち出された攻撃のほとんどが『ルイン』に命中し派手に爆炎をあげるが爆炎が晴れたときに姿を現すのは、攻撃前と何も変わらない『ルイン』の姿だった。
「途切れなく攻撃をせよっ」
指揮官の命令以下、まったくといっていいほど効果を見せない攻撃が始まった。
もう、戦闘が始まっちまった。
早く見つけなきゃ……!!
「おい、ティリス!! どこ行ったんだ? お兄ちゃんが探しに来たぞ!!」
なんで、家からいなくなってるんだよ……俺よりも早く非難したのか……?
だとしても、あいつは九歳なんだ……一人じゃ避難できているかもわからない。
「クソっ……俺がもう少し早く起きれたらこんなことにはならなかったんだ……!!」
隣で寝たはずの妹は、俺が起きたころにはもう妹はいなかった。
あいつは怖がりで一人じゃ絶対に行動できないはずなんだけどな……さっきからいろんなとこ探してるけど見つからねぇ。
ガザガサ――近くの家の庭から何かが歩く音が聞こえる。
「ティリスか!?」
音のする方向を見ると……一匹のウサギがいた。
そのウサギは――妹が飼いたいと言って駄々をこねてしかたなく買ったウサギだった。
「おいクレヴァー」
俺はそのウサギのもとに行くとそのウサギを抱く。
「お前、ティリスがどこに行ったか知ってるか?」
身内ともいえるウサギに訊いてみるがウサギはただ、およ? とばかりに首をかしげるだけだった。
「そうだよな……お前に訊いてもわからないよな……一緒に探すか?」
ウサギを地面に放つ。
するとウサギはどこかへと駆けていった。
「お前はそっちを頼む」
その背中にそんな風に声をかける。
お前は賢い奴だからな……きっと見つけてくれるはずだ。
俺も、探しにい行くか。
気が付けばさっきよりも振動が大きくなっていた。
「何が起きてんだよ……」
俺は「 」の襲撃を告げるアラートを聞いたけど壁への立ち入りは許されていないからその正体を知らない。
でも、振動の大きさから確実にそれが大きなものだというのはわかる。
「なんだって、こんな時に……」
そう思わずにはいられなかった。
◆◇◆◇
「『ルイン』いまだ目立った損傷が見受けられませんっ!!」
オーガタイプの「 」はその肉体の強靭さをもって激しい攻撃の中を悠々と侵攻している。
「このままでは、我らは全滅必須です!! 撤退のご命令を!!」
防衛隊の青年が指揮官に対してそう申し出た。
しかし指揮官は、首を横に振った。
「ならん、少しでも我らが奴を迎撃できる可能性があるならばそれに懸ける。それに我らの後ろには五万もの民間人がいるのだぞ」
「しかし、民間人は避難シェルターにいて身の安全を確保できています!!」
指揮官は、それでも首を横に振り続ける。
そして、前方を指さした。
「あれを見ろ。奴の歩いた後はあんなにも深く抉れているのだ」
深さは十数mほどといった深さで地下シェルターは天井が十mだからおそらく頑丈にできているとはいえ踏み抜かれる可能性は高い。
「あ、あれでは……」
指さす方を見て青年はそのことを悟り……呆然とする。
「火力担当、最大火力での攻撃に移行しろ」
さっきまでの攻撃よりもさらに火箭の太くなった攻撃が繰り出される。
その攻撃は、わずかに「 」の肉体にあたり破片をまき散らす。
しかし、もう遅かった。
十数回の攻撃の後――
「ここまでか……」
オーガタイプの「 」は、その壁に蹴りを入れた。
防衛隊の陣地は、壁とともに崩壊する。
厚さ二十mに近い壁は、膨大な量の破片となり、壁のそばの住宅街に降り注ぐ。
周囲の住宅は簡単に圧壊した。
「 」の侵攻は圧壊した家を踏みつぶし、まるですべてを無に帰すようだ。
破砕音が後方から響き――思わずそちらを向くと高さ百数十mに及ぶ巨体の全容が見えた。
「っ!? あれが……!!」
全身を闇色の靄に包んだそれは、よくみれば醜悪な顔がありその目には血よりも赤い光を宿していた。
余にも、それはおどろおどろしくて、背中に悪寒がはしる。
パンプアップされたような筋肉を持つ足が地面を踏みしめる度に、大地が悲鳴を上げるような音が周囲に響く。
「このままじゃ、シェルターが……クソ、何もできないのか!!」
俺も避難訓練でシェルターに入ったことがあるから何となくシェルターの耐久性は、わかる。
おそらく、あの巨体に踏みしめられたら持たないと容易に想像がつく。
「クッソぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! なんであいつがここにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
口の中は血の味がする。
多分、噛み締めた唇から血がだたんだな……。
握りしめた拳も痛いが、そうでもしてないと自分がおかしくなってしまいそうだ。
「っ……」
そのとき、頭から足までを何かに貫かれた感覚になった。
そして――頭の中に言葉が流れ込んできて、その言葉を唱えなければならないといった気がした。
「全ての悪逆に滅びの天誅を下せ、今こそ顕現せよ、【
流れる言葉をそのまま口に出す。
自分でも何を言っているかが分からないが、言うべきだと思った。
言い切った瞬間――右手に長身の銃が出現。
銃口のの下には、剣が装着されている。
「こ、これはっ!?」
突然のことに驚くが、頭の中がクリアになると同時に自分のやるべきことが、まるで誰かに洗脳されるかのように、はっきりと脳裏に刻まれる。
そうか、俺はお前をッ―――
「お前をここで、八つ裂きにしてやるっ!!」
銃口をシェルターの方向に向かって歩く「 」に向けて、引鉄に指をかける。
自分の体内から何かがこのライフルに吸われていくのが分かる。
五秒余りの間それは続きやがて収まった。
狙いは「 」の胸。
人間で言うならば心臓のある辺り――――。
「散れぇぇぇっ」
トリガーにかけていて指に力を入れて手前に引く。
途端に眩い閃光、大きな反動を伴い、
バウゥゥゥゥゥゥゥゥン―――
「ぐッ……」
それは、撃ち出された。
反動で力の入っていた肩が痛む。
赤色の一条の光は、狙い過たず「 」の胸部にあたり――それを貫いた。
「Gruuuuuuuaaaaaa!!」
悲鳴とも雄叫びともとれる声が周囲にこだまする。
そして「 」は、醜悪な顔をこちらに向け口角を僅かにつり上げた。
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