綺麗な人

 寝起きで、ベッドの上にだらしなく座っていて、ふと思った。

「綺麗なモデルさんとかは、きっとこういうだらしないポーズでも様になるんだろうなあ」

 見えるところに鏡がなくてよかったな。



 私は、高校生くらいまで自分の外見を醜いと思って生きてきた。鏡を見るのも、女の子らしい服を着るのも嫌い。髪は短く切り、Tシャツ、ジーンズ。16歳まで男の子と間違えられていた。水泳をしていたから、肩幅は広く、胸はなかったし(笑)。


 私の母親は綺麗な人だった。顔の造形が美しいのと、背が高い割に華奢なのと、お洒落なのとで、若い時にミス・インターナショナルの県代表となったり、40歳近くになって大阪だか東京だかで開催された美容師のコンクールのカットモデルになったこともあった。

 母はそれが自慢だったし、80歳になった今でさえ、綺麗なことは、彼女の自信であり、生き甲斐だ。


 自信とか生き甲斐っていうのは、人を元気に長生きさせるのだろう。家族皆、あの人が弱る姿や寝込む姿、そのうち寿命がつきることすら、考えたことがない。本人も120歳まで生きられると豪語しているし。

 毎日、食べ物に気遣い、毎日のようにウォーキングをし、たまに「なんとか体操(興味がないので覚えてない)」に行く。朝から一通りの家事を済ませて、しっかり手入れされた肌にチャチャッと化粧して、ファッショナブルな服を着て出勤する。

 彼女は、ブティック(結構お高め、お洒落な中高年層向け)を営んでいる。なので、毎日、店に売っているような服を着て、店に立つ。

 お忘れかもしれないが、いや、本人もきっと忘れているが、彼女は80歳である。ひ孫もいる。


 私はといえば、どこからどう見ても「おばさん」。普段は着古したTシャツ、トレーナーにジャージ。化粧もしない。母によく叱られるので、肌の手入れだけはしているが、それでもパックとかはサボりまくる。そしてまた母に叱られる。肌の白さや質、髪の質、頭の中身だけは私の方が遥かに勝るので、良いところはキープせよと、よく言われる。



 幼い頃から、

「お前のお母さんもばあちゃんも、あんなに美人やのに、お前はなんで不細工なんかのう?」

 と、実父に嘆かれていた。後々考えれば、父よ、それはあなたの血のせいではあるまいか? と思うのだが。

 そんなわけで、私は、早々に「可愛い女の子」「綺麗な女の子」の道を捨てた。スカートを履くのを嫌がり、年に1回か2回、親に無理矢理履かされるときしか履かなかった。

「綺麗じゃない」は、見事に私のコンプレックスとなった。


 高校2年生の時、男の子とつきあうことになる。

「なんであたしなん? 他に可愛い子いっぱいおるやん」

 そういう私に、彼は一言。

「だって、緋雪ちゃん、可愛いやん」

 ……は? なんですと?

 彼によれば、最初いいなと思っていたのは、美恵ちゃん(仮名)だったのだが、どんどん緋雪ちゃんが好きになっていったとのこと。

 ……は? なんですと?

 美恵ちゃんは、クラスの女の子の中でも一際ひときわ可愛い子。顔の可愛さもさることながら、性格もいいし、本人は全く自慢しないが、ウエスト54cm、スタイルも抜群なのだ。どう考えてもあっちだろう?

 それともハードル高すぎて行かなかった?

 

 かくして、緋雪ちゃんは、自分が大して醜いわけじゃないことを知る。お陰様で、スカートも履けるようになり、髪も伸ばすようになった。 


 しかし、これが気に入らない人がいた。母である。私にあれこれ服を選んでくれては、「もう、あんたは何着せても似合わんなあ」とため息を付く。女の子らしい格好をしようとすると、鍛えすぎた肩幅や筋肉が邪魔をするのだ。

「髪なんか伸ばしても似合わんのやから切りな〜」と言う。骨格のせいだと思うのだが、体重の割に、顔が丸い。似合う髪型が限られ、母が言うように、長い髪は似合わなかった。


 私の「よそ行き」は、常に母親が用意していた。多分それは物凄くセンスのよいものだったのだろう。が、私は、服には興味がないので、ただただ着せられているだけ。普段は高校生になっても男の子のままだった。まあ、さすがに彼氏とデートの時は、母に何を着ればいいかを相談したけれど。


 大学に入った時、いきなり困った。私服である。私の生まれ育った地域では、幼稚園から高校まで、それぞれの学校で制服があり、学校に私服登校することがなかった。そんなところからの毎日私服。Tシャツ(トレーナー、セーター)+ジーンズ以外のパターンを持たない私は、おおよそお洒落な女子大生とは程遠い人になりつつあった。

 で、ここで、また母。娘を「ダサい女子大生」にはさせたくなかったようで。とにかく服を与えられる。平たく言えば服屋の娘なので、着る服には困っていない。ただただ私の興味やセンスの問題で。

 母の毎日のトレーニングの甲斐あって、私はついに一人でコーディネートできるようになる。20歳頃である。おめでとう、私。


 かくして、私は、「男の子」から、短期の「可愛い女の子」を経て、後輩から「カッコいい先輩」と言われる人へと変化する。


 あれ? 「綺麗」は? 「綺麗」は何処いずこ


「綺麗」の時代を見つけられないまま、私のことが大好きだという男と結婚し、娘を二人産んだ。上の娘は父親似。

「ゆっちゃんは、俺に似てるから美人だなあ」

 などと、元夫は言っていた。

 下の娘は、私そっくりになってしまった。あら〜、申し訳ない。


 まあ、この男とは、いろいろあって(ありすぎて)別れた。


 

 この時に手に入れてしまった病気で、私はずっと苦しむこととなる。



 再婚後も、時々、病気が悪化して入院した。


 その頃懐いていた中学3年生の男の子に、

「緋雪さんって、めちゃめちゃ綺麗ですよね」

 と言われる。


 ビミョーである。


 相手は、私の娘と変わらないお年頃の男の子。その子の「綺麗」は、誰基準?(笑)



 まあ、いいかあ。


 人間、外見じゃないよなあと。

 造形が美しくても、性格が悪ければ、その人は美しく見えてこないかもしれないし、そうじゃなくても、人は、慣れる! そして、顔や姿形がどうあれ、その内からの性格に、綺麗だな、可愛いな、と思うものだよな。と。



 ま、そんな価値観、うちの母には通じませんけどね(笑)。

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