恋と爆発とリア充と

 あの野郎、謀りやがった!

 誠実な嘘を吐いていたのが馬鹿らしく思えてくる。今すぐにでも隣の教室に戻って放送禁止用語と差別用語を連発しながら怒りのままに詰め寄りたい。人手が足りないなんて嘘だ。流石にこの配分はイカれている。詳しい全体数は知らないが生徒会だけではないだろう。手芸部の例に漏れず、それ以外の協力者は存在する。


 それでどうして、この部屋が四人なのだ。


 時刻は昼の十一時ちょっと。起きてから大体一時間経過しているがそんな事はどうでも良くて、時間帯も人手のピークに相応しいであろう。これが夜八時とか十時とか深夜……は無理か。それならともかく、あの生徒会長がこんなブラックな真似をするなんて……!

 いいや。これはアイツの嫌がらせだ。

 その四人がよりにもよって二組のカップルとか頭がおかしいのか。たった一人放り込まれる異分子の身にもなってみやがれ。

「…………」

 入り辛い。

 会話を聞いていると至って普通の雑談なのだが、ところどころで夫婦の共同作業も斯くやとばかりに

手を繋いだり、キスしたり、挙句の果てにはツーショットにフォーショットと色気のないダブルデートをしやがっている。ここに俺一人を放り込むらしい。救援というより責め苦の間違いでは? 彼等だって縁もゆかりもない謎の男子一名が混じるとイチャイチャしにくいだろう。


 ―――だから人居ないのか?


 二組のカップルによるスーパーラブラブハリケーンパワーは無辜の学生をも跳ね除けてしまいましたと。俺も恋人が居れば良かったが絶賛募集中だ。面識がないので博打になるが、仮に三年生だった場合俺の美子への執着を知っているので尚気まずい状況が生まれる。

「…………」

 意を決して、俺は教室の扉を開けた。生徒会の人間でもないので善人に怪訝な表情をされる。心を読んで見せよう。「誰だお前は?」と言っている。

「匠悟!」

 違った。

 誰だお前は。

「知ってるの?」

 彼女さんの方は知らないようだ。何処かで見た顔だと思ったら……千歳が告白でややこしくなってる時に遠巻きに見ていた女子だ。名前を知らないのでそう呼ぶしかない。三年生と付き合うとはまた随分攻めているようで。何処に接点があったのだろう。

「匠悟は俺達のヒーローさ。どんな男にも美人を彼女に出来るチャンスがあるって。そう教えてくれたのがアイツなんだよ」

「それって、私も美人って事だよね!」

「勿論、決まってるだろ?」

「あは! 陽兵、だーいすき!」

 胸やけがしてきた。帰っていいだろうか。そもそも凶器を仕込むなんて非人道的な真似は元から乗り気ではない。乗り気じゃないのは休日にも拘らず学校へ連れ込まれた事もそうで、山羊さんとの用事が済んだらとっとと戻るつもりだった俺を無理やり連れてきた朱莉が。


 ―――やめよう。


 文句を言い出したらキリがない。大丈夫、大丈夫。生徒会の手伝いとかどうでもいい。俺はこっそり色々と物を拝借して凶器を仕込むだけ。

「ねえねえ。ところでさ、なんかこの人、いやらしい目でこっち見てない? ゆっきーもそう思うでしょ?」

「え。どうでもよ」

 もう一人の方はともかく、自意識過剰も甚だしい。名前も知らない女子に告白するくらいなら知り合いの誰かを頼った方がマシだ。どう贔屓目を抜いても俺の知り合いの誰を比較対象にしてもこの女子が勝利する要素が無い。たまたま知己が全員美人なだけと思われたら返す言葉もないが、その中で一番男勝りというかお淑やかさとかけ離れているのは山羊さんだろう。朱莉はああ見えて露骨に女の子なので問題外。さてさて、山羊さんとこの自意識過剰な女子のどっちが可愛いかと言われたらどう考えても前者だ。贔屓目は無い。顔とスタイルだけで見ているから。

 なので、いやらしい目とかあり得ない。マジでない。俺が露骨に鼻の下を伸ばしたのはマホさんだけだ。

「おい、匠悟はそんな奴じゃない。それはやめろな?」

「えー! この人の味方するの? いいじゃんいいじゃん。その美人な彼女さんに慰めてもらえば」

「転校してもう居ないんだよ。奈彩(なあや)、流石にそこは空気を読もうな。匠悟は俺達のヒーローなんだ。少しは気使え」

「……気にするな。別にどう言われようが『他人事』……かどうかはともかく、気にしないさ。俺は嫌々学校に連れて来られて嫌々生徒会の手伝いをしてるだけ。空気みたいなものだと思ってどうか干渉しないでくれ」

「そうはいかない。自由に小道具作る場所じゃないんだぜここは。おい長太(ちょうた)、リストあるか?」

 長太と呼ばれたもう一組のカップルの片割れが気だるそうに立ち上がってよれよれの紙を渡してきた。寸劇の内容をチラ見せしてくれるのかと思いきや、本当に小道具のリストに特化しており、余計な事が一切書かれていない。軽い注文と具体的な大きさが書かれているだけ。

「俺、帰っていいか? もう十分だろ人」

「駄目だが?」

 長太と呼ばれた男子との面識はない。強いて言えばその一九〇を超える身長はあったらいいなと思っているくらい。親しき仲にも礼儀あり、親しくなければ当然礼は尽くされるべきだが、恋人が居るような男が不幸オーラ醸し出して帰宅しようとするなら俺は全力でその浅知恵を否定しよう。この世界は君に都合が良い事ばかり起きる物ではないと叩き込んでやらなければ気が済まない。

 こんな地獄に放り込まれる俺の身にもなってみろ

「何でだよ。お前にそんな事言う権利とかないだろ」

「自分の発言を正当化したい奴って何かと権利に厳しいよな。見ての通り俺は私服だ。私服での登校は禁止されている。ちゃんと制服を着て登校してるお前の代替なんぞ務まるかよ」

 そして俺は自分の発言を正当化したいので校則に対するスタンスを自在に変える。蓮がこの会話を聞いていたらどう思うかはまあ……想像に難くない。

 わざとカップル二組と剣呑な雰囲気になってから(一組は事故)、リストの情報を頼りに床に広がった道具や材料をかき集めていく。これでカップル二組は俺に話を振り辛く、干渉も出来ればしたくないだろう。今の俺は狂犬。カップルを見たら見境なく喧嘩を売るだけの性質が悪い阿呆。願い通りというべきかそんな俺を気に掛ける様子は五分で終わり、気が付けばまたあのラブラブムードが帰ってきた。

「とーいれっと」

 たまらず退室。巻物みたいに布を巻いてポケットに突っ込んだところ手頃な大きさであると判明した。目指すはもう一度三階だ。せめて一割は仕込みを終わらせたい。




「匠悟。何してるの」




 謎に疑われても厄介だったので道中は本当にトイレへ向かっていた(旧校舎のトイレは微妙に使える)のだが、まさか女子トイレから彼女―――レイナが出てくるのは予想外だった。何故ここに居るのだろうという考えが頭を過ったが、即座に否定。

「お、丁度良かったレイナ。手伝ってくれ」

「え。何を」

「個人的に協力する約束だっただろ? 今こそ約束を果たす時だ。さあさあ!」

「…………いいけど。直ぐに戻るから」

「おお、三階分だけ手伝ってくれたら文句はない。よろしく頼む」

 




  





「―――二度寝してたんじゃ?」

「ああ、二度起きしたんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る