狂醒め



 アクア君は取引が上手だ。俺に協力を求めながら、進展がない時はどうぞ勝手に殺してくれと黙認する。その代わりに解明の方向で進展があるなら協力しろと。


 一見して俺にメリットしかないように見えるだろう。実際その通りではあるが、それ自体が同時にデメリットにもなっている。こんなに都合が良い契約をしない訳がない。絶対に頷かせるという強い意思を感じる。


うまい話には裏があるのは定番だが、『好きだった女の子が好きだった部分を失ってしまったので殺そうとした』以上の裏なんてとても考えられない。



 だから俺は、その手を取った。



 ゲンガー解明と言ったって手掛かりがないんじゃどうしようもない。俺は遂にそれを見つけられなかったので彼に任せても何ら不都合はない。


「じゃ、こっちはこっちで色々やるんで、何か見つけたら連絡します。そろそろ部活に戻るんで、今回のやり取りは内密で」


「やっぱ部活あるのかそっちは。陸上部か何かか?」


「足見て言いました? だったら惜しいです、サッカー部ですよ。グラウンド使ってるって意味なら同じですけど」


 足がなかなかどうして発達していたので足を使う部活だろうとは思っていたが二択を外したか。自分勝手な賭けに存外一喜一憂しているうちに彼はトイレから出て行ってしまった。いや、ユニフォームとか着てろよ。何で制服に着替え直しているんだ。


 彼なりのスイッチの切り替えなのかもしれないがややこしいぞ。


 邪魔者が居なくなったので俺もトイレを脱出。自分の教室へ戻って人が居ないのを確認してから朱莉の鞄を漁り始めた。置き弁よろしく置き凶器をしているようで、いつも不意の持ち物検査をどうやって回避しているのだろう。ここは勉強をする場所なのだが、勉強道具はきっちり持ち帰るくせに凶器だけ置いてくるとは学生の本分を全力で否定しにかかっている。


 小物は隠しやすく持ち運びやすいので遠くへ置くとして。大物は近くに置くとして。問題は場所だ。鋸やら金槌やら中華包丁やらどうしてこんなに目につくものを持ち込むのか。追加で布や段ボールみたいな小物を使わないと隠そうにも隠しきれない。



 ―――生徒会に顔を出そうか。



 私服でなんだが、彼等は休日でも星見祭の準備をしている。準備というか今はアイデア出しか。誰よりも校内情報を素早く握るのはあのグループなので或いはとうにアイデアなど決まってて、実行に移す瞬間かもしれない。


 人手は欲しいに決まっているので潜り込むのは簡単だ。俺は風紀管理部に身元を保証されているので何の心配もない。


 銀造先生にだけは当たりたくないな。


 あの人は大神君の現状に勘づく可能性がある。注意しよう。























 生徒会の位置を特定するのは容易だった。体育館はバスケ部辺りがどうせ使っているとして、生徒会室は手狭。誰も使う事が無くて広い場所といえば旧校舎しかない。あそこは一階が床抜け壁抜け何でもござれの不良物件も甚だしいが、二階は使えない事もない。山本ゲンガー殺害時も使ったように。


「ちーっす」


 私服で現れた俺を見て生徒会に衝撃が走る。銀造先生は居ないようだ。なら杞憂だったか。


「匠悟ッ。君はそんなんだったか?」


 軽いノリを咎めるように現れたのは生徒会長の狛蔵蓮。風紀管理部という立場もあって面識はあるが特別仲良くはない。何なら最近はゲンガーの殺害に終始しているので仲良くする道理もないというか、するだけ無駄というか。目をつけられたら手間しかかからないし。


「一応言うが、私服で登校は禁止だぞ」


「俺だって学校来たかねえよ。何で休日に学校連れて来られなくちゃならないんだ。不本意ながら連れてこられただけなので校則なんて守りません。以上」


「ええ……誰に連れてこられたんだよ」


「ああ、朱斗。何か知らんけど連れてこられた。生徒会の手伝いしろって言われてな。その本人は何処へ行ったか知らんが、何もせずに帰るのも悪いと思っただけだ」


「お前はそんなお人好しだったかな。先生は良く『心が腐っている』って言ってたけど」


「銀何とか先生の発言は信じていいぞ、その通りだから。悪党の良心って奴ですよ。蜘蛛の糸みたいなね」


 何故手伝うだけなのにここまで嘘と屁理屈を並べ立てなくてはいけないのかさっぱり分からない。俺は信用を毀損するような真似をしただろうか。嘘なんていつも吐いてるから今更だ。それが原因ではあるまい。今も吐いたが、俺なりに誠実な嘘を選んでいる。


「まあいいか。人手が増えるなら何でも。何やりたい?」


「アイデア聞かせろ。文化祭を食うレベルのものじゃないんだろ」


「そこまでやったら星見祭と文化祭統一した方がいいよな。今の所生徒会主導で花火、舞踏会、レクリエーション各種を予定してる。後は有志の発表が何個かあるな。寸劇とか言い出した奴等のせいで小道具作る羽目になってる奴も居る」


「……俺の出る幕、そこしかなくね? 舞踏会とか最悪ラジカセでいいし」


「いやいや。これでも我が校は生徒の自主性を重んじている。手芸部の方でドレスを作ってもらっているよ。後タキシード」


「俺の知ってる星見祭じゃないなあ」


「つまらなかったって? 俺もそう思ってるよ。生徒会長になったら行事全部面白くしてやろうって思ってたんだ。まあ色々と事件は起きたが、こういう時にこそ盛り上がりは大切だろう」


 大体分かった。俺が星見祭をイマイチ覚えていなかったのは当時の生徒会長がお固い人だったからか。なるほどなるほど。校内とはいえ政の是非は統治者自身の素質によると。流石は自主性を重んじる学校だ。会長が暗愚の君であろうとも名君であろうとも法を明確に逸脱しない限りは許容するか。


 布を手に入れたいなら手芸部を手伝うべきだが、主に使用される素材を着服するのは目立つ上に不自然だ。表向きの行動が滞れば本来の行動に支障が出る。



 ―――ゲンガー関連休みたいって言ったんだけどな。



 休ませてくれ。山羊さんとじゃれてた方が百倍楽しかった。


「俺は裁縫が得意じゃないんでその寸劇の小道具とやらを手伝おう。道具は揃ってるか?」


「揃ってなきゃ始めねえよ! 隣の教室だ、さっさと行けおら!」


 追い立てられるように廊下へ。渋々隣の教室を開けようとした直後、生徒会長が廊下に顔を出して尋ねてきた。


「美子の事。大丈夫か?」


「…………今更心配かよ」


「や、悪い。でもお前がゾッコンだったのは知ってるからさ。大丈夫ならいいんだ。立ち直ってるならそれで。もし引きずってるようなら俺が女子紹介しないといけないしなッ!」


「―――ありがとう」


 芳原美子の事は、すっぱりと忘れた。


 そんな風に言える男だったらどれだけ楽だっただろう。未練があるとは言っていない、ただしその表情は今も思い出せる。思い出す度、彼女の事が好きだったっけと夢心地になる。新しい恋を探すなんて簡単に言ってはみたが、あの時の目が眩むような慕情を覚える日は来るだろうか。



 すこしはかんがえなさい。



 ―――俺は。



 なんでわからないの。



 ―――好きになる感情は知っているが。




『あなたはひとであっちゃいけないのよ』










 ―――その感情は、やはり欠落しているような。



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