真実への一歩
その場の勢いとノリだけで色々決めてしまったが、ドッペル団の活動には支障ない。あの二人と仲良くするのは今後を見据えてもそう悪い判断でもないので後悔はしていない。それにレイナや朱莉と関わると、言い方は悪いが……嫌でもゲンガーがちらついて休めない。元々その縁で親密になった仲なのでこれもどうしようもない。
―――休むって無理じゃね?
しかし露骨に避けるのも申し訳ないので気にはかけておこう。山羊さんと四六時中一緒に居る訳ではない。例えば寝る時にでもレイナの所へ……いや、無理だ。就寝時は男子と女子とで分かれるから会いに行けるとしても朱莉だけ。無理やり会いに行ってもいいが、そうなると外圧により俺とレイナが交際する事になる。
彼女の事は嫌いじゃないが、悪道に堕とした負い目は俺にだってある。共に地獄へ行く約束はしたが、それ以上は駄目だ。彼女は俺が傍に居るだけで駄目になる。異常事態にまもなく巻き込まれたとはいえ、大神君と慧ちゃんを殺害してあの態度。色々理屈は言っていたが、殺人行為に対する忌避は理屈じゃない。本能的、或は人間らしさに基づく感情だ。大神幸人を殺害してからあれだけ落ち着かなかった彼女がもう慣れてしまっている。
俺はそれが恐ろしい。
良い傾向だ、とも思う。ドッペル団的には。しかしその精神が正常と言い難いのは説明不要だ。矯正する気もないし警告するつもりもない。一人でも多くの仲間が対ゲンガーには必要だから。しかしながら…………
すこしはかんがえなさい。
思考を阻んだのは誰だろう。周囲を振り返っても誰も居ない。山羊さんの超能力だろうか。そんなものないけど。
「匠」
その呼び方をする人間は一人だけだ。気持ちを切り替え振り返ると、あらゆる要素が小さい女の子が神妙な面持ちで立っていた。
「朱莉……でいいんだよな」
「見て分からない?」
女子用制服を着ているからそれで見分けろと言うのか。いや、それで見分けたけども。星見祭のお誘いかと思われたがどうもその表情に楽しさが窺えない。あまり聞いてて楽な話ではなさそうだ。
「朱莉。悪いけど俺、星見祭の間は休みたい」
「ん? どういう事?」
「ゲンガーとの戦いに少し疲れた。いや、正確にはこの前の怪異が効いてる。なんかもう疲れが凄い。だからもしそういう話ならやめてくれると助かる」
「そういう訳にもいかない。結構緊急事態というか、放置すると不味い話なんだ。私だってあんな目に遭うのはもうこりごり。危うく死ぬ所だったよ。だから君の気持ちも良く分かる。そこで君に問いたい。今聞いて休むか。休みをキャンセルして後で働くか」
選択肢はなかった。
制服を着ているのはその為なようで、彼女に連れられて俺は私服で学校へ行く羽目に。お洒落には最低限気を遣っているものの自分にセンスがあるとは思ってないのでせめて制服を着せてほしい。そう言ったら『君の私服が良いミスディレクションになる』の一点張りで却下された。俺の私服にそんな価値は無いよ?
「俺と一緒に回りたいとか言わないんだな?」
「美子に代わって新たな恋を探すんだろ? 私は正直言って君の事が好きだから、他の子にコナかける様子は見ててあまり気持ちいいものじゃない。でも束縛するのも違う筈だ。真の愛情って、束縛しなくてもそこに留まるものなんじゃないかなって思ってるから」
すこしはかんがえなさい。
「深い事を言うんだな。じゃあ朱莉。好きだー」
「大概自分はチョロいなって思うけどそんないい加減に言われたって心に響かないからね?」
「好きだー」
「…………え、本当に?」
「好きだー」
「ちょ、え。え。本当? 本当に? あ、じゃあ今日は良いか。色々話したい事があったんだけどどうでもいいや! じゃあ早速だけどここに婚姻届があるから」
「もうちょっと頑張ろうぜ」
やはりチョロい。
俺の告白程度で後回しにされる重大な話って何だろう。事態はそれほど深刻ではなさそうだ。そして表現の一種と思いきや、実際に婚姻届を胸元から取り出したのを見て俺は絶句し、深く反省した。迂闊な発言は避けようと心に誓った瞬間だった。
いつも持ち歩いているとするならドン引きだ。色々な意味で。
揶揄われた事に今更気付いた彼女は顔を真っ赤にしながら届出用紙を服の内側へ。また神妙な面持ちに戻ったが説得力は明後日の方向へ行ってしまった。
「……それで、本題なんだけど」
「おお、今の流れで入るのか」
「言っとくけど君のせいだからな! ……今、学校がどんな状態かは知ってるよね。皆、死に対する恐怖を忘れ始めてる」
「あー、そうだな。うん。あー……」
大体分かった。死という概念を嘘とさえ思い始めた彼等にとって、本物の死は常識以上の恐怖になりつつある。だから『隠子』のせいで死亡―――どうせ死体は見つからないので行方不明だろう―――した彼等の事で何かあった。多分そういう流れ。
あれはゲンガーも人間も区別なく平等に巻き込んでいるので、誤報のさせようがない。万が一誤報になろうものなら確実に偽物なのでその時はもう一度殺す。これは仮説だが山本君の一件からゲンガーは少なくとも本物を一度見ていないとなり替われないので、死体もなく消えてしまった彼等の偽物が現れる事はない。
「今の所、全員体調不良で休みになってる」
「おお。まあそうだろう。いきなり全員死にましたはない。誤報続きの世の中だ。今朝もなんかどっかの取締役が誤報されてたし」
「ねえ、それとは訳が違うんだよ匠。普通なら体調不良で休みになるとかあり得ないんだ。だって嘘になるじゃないか」
学校に到着した。
何が面白くて休日に登校しなければいけないのか。ゲンガー絡みでなければ誰に何と言われても拒否していた。
「……だってさ。保護者が自分の子供死んでるのに体調不良とか言わないでしょ。ゲンガーが戻って来たなら体調不良なんてないし」
「―――あー。そうか。つまり関係者全員がゲンガーなんだな」
「そういう事。多分星見祭には來ると思われる。君は休みたいと言うが、そんな暇があるのやら。誰にも気づかれずに皆殺しをしないと機会を逃してしまうよ」
「学校に来たのは?」
「トラップとか凶器の仕込み。往来を考えると派手なのは仕掛けられないかな。手伝ってほしい」
断る理由はない。
トラップと言われても具体的に何も思いつかないので、凶器の仕込みを自ら引き受けた。三階から順に隠していくつもりだ。部活で教室を使うグループは少ないのでバレて面倒を引き寄せるような事は無い。
「草延さん。何してるんすか?」
朱莉と別れて三階へ行き、その一発目。露骨に待ち伏せていた明亜君に声を掛けられ、足が止まった。
「別に何も」
「そうですか。じゃあ俺に付き合ってもらっていいすか。トイレでちょっと」
休日の校舎で使われるトイレは一階か体育館くらいで、その二つが使えなくても精々二階。わざわざ三回も階段を上って使わせてしまうような魅力がここにはない。内緒話にうってつけだ。
そんな状況で仕込みは行えない。後輩の背中を追って男子トイレに入ると、明亜君は奥の窓を閉めていた。
「丁度良かった。俺も聞きたい事があったんだ」
「そうですか。じゃあ手短にこっちを終わらせます。率直に言って草延さん。ゲンガーって何ですか?」
「相田君との会話聞いてたんですよ。腕を折ったから全部チャラ。君は多分ゲンガーじゃない。まるでゲンガーなら殺してたような言い草ですよね。ていうか草延さん、多分殺人に抵抗ないですよね。教えてくださいよ、気になるんで」
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