お化け神社
一通りの探索が終わった所で大神君が全員に集合を掛けた。場所は手水舎の裏にある小さな家。和室が二つあるだけの簡素な部屋も、十二人が集まるには充分な広さだ。何故わざわざ捜索の手を狭めてまで集まったのかと言うと、それは大神君が説明した通りで。
「皆で写真とか確認しましょう!」
心霊特集や番組においてその瞬間は何もなかったが、後で確認すると映っていたというパターンは往々にして存在する。一人二人で確認すると口裏を合わせて皆を怖がらせるという事が出来てしまう為、本当にお化けがいるかどうかを全員で確認するのは良い方法だ。
わざわざ円状に集まったのは全員の目が届きやすいように。参加者の一人で
「じゃあ、俺から行きますねー。でも何も映ってなかったんですよね。さっき見た時は」
あれから俺が目を話している隙に人が集まっていた場所を回って来たらしく、いくつかの写真に参加者が紛れ込んでいる。当人とその知り合いは「お前お化けじゃん!」「やーだー」などとじゃれているが、当然心霊写真などではない。
「次、俺だな」
彼の名前は三木橋。切れ長の目が特徴的な男子で、その筋肉質な体つきは運動部を彷彿とさせる。記憶によると俺が見かけた時は鳥居を調べていたような気がする。大神君とは違って鳥居に感じるものがあったのか、重点的にその周りを撮影していた。
「これ、オーブじゃね!?」
「うっわもろ出てるじゃん。やばーい!」
「あたしは埃だと思うけどなー」
「埃がこんな不自然な場所にあるか!?」
心霊スポットとは思えない和やかな雰囲気が続く。彼等がああでもないこうでもないと騒ぎ立てている原因は鳥居の上を撮影した写真だ。左上の方から中心にかけて白い斑点みたいな汚れが流れている。これがオーブかどうかはさておき、肉眼でこんなものは確認出来なかった。
本当に、居るのか?
「次。私ですね」
千歳が撮ったのは写真ではなく映像だ。血痕まみれの小屋に入ってから退出するまでの映像らしい。菊理との他愛ない雑談に続き(テストの話等)、俺が来た時の音声も入っている。きっと『偽物』についても見てほしいのだろう、話している時は全く気が付かなかったが、よくもまあ後ろ手に携帯を持って綺麗に撮影出来る。
俺がゲンガーなら出し抜かれている所だが、怪しい動きをした人間は居なかった。小屋に行かなかった人達はオーブ以前に血痕塗れの小屋に対して面白おかしく喚いている。
―――肝試しが台無しだな。
お化けよ、本当にこれでいいのか。肝を試すというよりも、君は完全に珍獣扱いされているぞ。
俺の心配も空しく、次はライト提供者の來原が参加者一人一人を収めた写真を公開。特に何もなし。その後もトントン拍子に調査成果が公開されるも、お化けの「お」の字も見当たらず、肝試しは最早単なる廃墟探索となりつつあった。
「ああ、大神君。悪いけどちょっとトイレ行ってもいいか?」
「構いませんけど、匠悟さん一人は危ないですよ? お化けに襲われちゃうかも―――!」
「―――お化けなんて、全然見当たらないぞ?」
正座から立ち上がって驚かさんとした後輩を鼻で笑って、家を後にする。俺が口に出してしまったが、殆どの人間がそう思っているだろう。代弁した俺に感謝してほしい。
お化けなんて居ないし、死ぬ事もない。
後はもう、どれだけふざけられるかだ。この後の流れは見えている。本殿の側壁に描かれた「うんこ」のスプレー文字は誰の仕業だ。大方『お化けなんて居なかった』という結論になって最終的にここを荒らすのだ。落書きしたり、破壊したり―――居ないと思うが、スリルを求めて性交したり。大神ゲンガーが本格的に動こうともしないのは気になるが、取り敢えず何事もなく進めば乱痴気騒ぎに巻き込まれるだけの骨折りが確約されている。何とかしないと。
「匠君ッ」
野外小便などするつもりもない。ライトを感じたので本殿の裏から身を表すと、心配した様子で朱莉が駆け寄ってきた。彼女なら違和感なく俺を追いかけられる。『男』というのは、こういう時に便利だ。
「連れションさせてよ」
「そこまで演技するか……・じゃあまあ、一応裏側に戻るぞ」
ここならば角度的にもライトが当たらず、壁を前に二人で並べばさも連れションしているように見える。絵面の酷さに目を瞑れば完璧なダミーだ。
「お化け、居ないよね」
「あの流れじゃ居ないな。くっそ、噂はちゃんとあったんだけどなー」
何が未知だ馬鹿馬鹿しい。あの枝も周りの木々も単に神経過敏になっていただけというオチとは、情けないではないか。きっと何らかの理由があって無事だったのだ。この場所は都市伝説として子供が居ると語り継がれているが心霊スポットではなかったと……だから違いは何なんだ。
「私、一つ思うんだけどさ―――噂は飽くまで噂で、いッ君は利用しようとしてるんじゃない?」
「…………あッ。その考え方があったか」
姉貴のせいで、あらゆる噂が真実であるという思い込みがあった。けれどそうだ。違う。だから姉貴は実体験を書くのだ。ガセネタを記事にしない様に、自分の身体を生贄にして極限のスリルを味わっている訳で。
そうだ、そうだ、そうだ。最初に至るべきだったのはその考えだ。大神君が何をするつもりかなんて悩む必要はなかった。『噂』が嘘か本当か分からないなら、本当にしてしまおうなんて誰でも考えつきそうな作戦ではないか。
何の為か? ゲンガーが策謀を巡らせるならばその目的は人類侵略。俺達参加者はゲンガーのなり替わり先として選ばれたと思っていい。今の今まで何のアクションも起こさないのは想定通りだからと仮定すれば……見えてきた。
「噂が嘘なら死ぬのもあり得ない。警戒心が消えた所で一気になり替わるつもりか……回りくどくないか?」
「……え? 何で?」
「ゲンガーなんて元々存在知られてないんだからこんなサディスティックな真似する意味がない。でもまあ、噂を利用するつもりなのは確かだな」
「……ええと、忘れてるかもしれないけど、本物の人となりも知らずになり替わったら山本君みたいになるからね?」
……そうか。
極限状態に追い詰められて初めて人間の本質が見えるとも言われている。単純になり替わりの理屈として考えるなら恐ろしい状況に放り込んだ方が観察しやすいのか。その発想は無かった。俺は怪異を利用してゲンガーの区分がどうなるかを考えるばかりで、客観的な分析が出来ていなかったようだ。『他人事』が聞いて呆れる。対岸の火事を眺めるつもりならもう少し広い視野を持つべきだった。
感謝も込めて不意に抱き着いてみると、朱莉は演技も素もなく生娘の声をあげた。
「きゃッ―――な、何をするんだよ……! 叫んじゃったら話がややこしく」
「有難う」
「え?」
疑惑は確信に変わった。
「お前の助言のお蔭で今後の方針が固まった。便宜上連れション状態で抱くのもあれだけど、お前が居てくれてよかったよ」
「ど、どういう事?」
「あっちがそのつもりなら俺達が乗っとる。ドッペル団の活動開始だ。異論はないな、デモン」
その名前を呼んでやると、彼女も雰囲気を一変させ、静かにうなずいた。
「分かった。ゴーストにも後で伝えておくよ。主導は君に任せる。それと」
「ん―――?」
デモンは俺の背中に手を回し、小さな体でめいっぱい俺を抱きしめた。
「もう少し、このままで――――――居させて。男同士だから、何も言われない……よね」
ああ。
本当に明木朱莉という女子は。
臆病で大胆な、女の子だ。
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