ココロ蝕む侵略者
「ん……そうか」
外では何処に耳があるか分からないという至極真っ当な危惧により、俺と朱莉は再び、何故か俺の家に集まった。お前の家に案内しろと言ってみたら「そういうのは恋人になってからじゃないとね」と躱されてしまった。俺の家に来るのは恋人じゃなくてもいいのか……いいけど。一応恋のキューピットにはなってくれたのでこれくらいは歓迎しよう。
冗談なのか本気なのか、朱莉の押しが非常に強い。半分冗談で半分本気ぐらいが落としどころか。俺みたいなろくでなしを好きになるなんて、確かに火遊びをしたいお年頃なようだ。口出しするつもりはない。好きでいてくれるのは嬉しいし、何より『他人様』の恋愛事情に口を出せる身分でもないから。
まあ朱莉が戻ってくるまで千歳の部活動を眺めていた件については伏せておこうか。手持無沙汰だったのだが、それが言い訳になるかと言われたら違う。
「で、ちゃんと裏を取ってきたよ」
「仕事が早いな。人脈があったなんて知らなかったよ」
「この程度で人脈と呼ばないでもらいたいね。わらしべ長者よりも簡単だ。内一人は同じクラスだったしね。因みに美子から聞いた事ある?」
ある訳ない。
俺は美子の事なんて何も知らなかった。今現在は朱莉の方が知っていると言っても過言ではないし、彼女と付き合いたくて方法を模索する者は悩んだろう。俺も悩んだ。おおむね同じ理由で悩んでいる。どうすればもっと彼女の事を知れるかと。知ったと思った。これからも知っていけると思った。やがて全てを知ると思い込んでいた。
「知らない。元カレについては伏せるのか?」
「関係ないしね。大切なのは彼等が口を合わせて言った言葉だ。美子は不気味な女だって事。それだけだと抽象的だったから言葉の中身まできちんと聞き出してきた。一致したよ」
聞きたくないと言えば嘘になる。何も知らない事を嘆きながら、その方が良いのではと思う自分が居る。そんな時、『誰か』が囁くのだ。
『他人事』なんだから、いいだろうと。
その通りと言うしかない。テレビの中の殺人なら人は楽しむ事だって出来る。テレビの中の惨劇なら、酒の肴にする事も無意味に中傷する事も出来る。全能ぶってああすれば良かったこうすれば良かったと神様になりきる事も出来る。『他人事』は自由だ。責任を負う必要がない。
「美子は、決まって彼氏を殺そうとするらしい」
「……は?」
「自分の手で殺そうとするんじゃないよ。愛の証明として自殺を強要してくるそうだ。デート中は特に酷くて、まるで目についた物で連想ゲームをするみたいに自殺を提案してくる。五人も居るけど、一年と付き合いが続いた人間はいないね。皆、別れを切り出して二度と関わりたがらない」
「……喧嘩とかしそうだが」
「逆に聞くけど、あらゆる物から死に方を連想して自殺を強要してくる危ない奴と口論する気になれる? 僕はごめんだね。一歩間違えたら殺される気がする」
「命がそんなに軽いとは思わないけどな」
「命は軽いよ」
そう言い捨てた朱莉が徐にテレビをつけると、国民的エンターテイナーとも言われる人気配信者の自殺が誤報であるという速報が届いていた。別のチャンネルでは誤報そのものに着目した特集も組まれており、専門家たちが顰め面を浮かべながら原因について議論している。中には陰謀を語り出す者までいる始末だ。
「一人一人の命とか、どんな命にも価値はあるとか。見えないからって重く考えすぎだ。それは別に、人間・・の特許じゃない」
「それとこれとは話が別だ。実際、誰かを殺す事になったら躊躇する人間の方が多いだろ」
「どうだろう。思想が変われば人も変わる。言葉一つで奪う事も可能な命の、一体何処ら辺に重さがあるのやら。取り返しがつかなくて重いなら、ゲンガーの潜む今なら軽いんじゃないか? 自分の代わりを誰かが務めてくれる状況で、やはり、どうして命が重いなんて言える? 今は平和かもしれないけれどね。ゲンガーの侵略は刻一刻と進んでる。匠、僕を厨二病拗らせた頭の痛い奴と思うのは勝手だが、君にだけはそうならないでほしい。だから僕は助けたんだ」
命が軽くて俺が重い理屈の方がよく分からないが、言わんとしたい所は理解出来る。誤報がゲンガーの仕業であるなら、俺の知らない内にこの地球上からどんどん人間が減っていってゲンガーへと代わっていく。しかしゲンガーは『本物』ではないというだけで、その肉体情報は全く同じ。命の重さが取り替えしのつかぬ事による希少性から来るなら、『自分』になれる存在が出た時に崩壊するから重くない。そう言いたいのだろう。
どんな命にも価値がある。今しがた述べた理屈に当てはめるなら、全ての命には代替があるので希少性はなく、よって価値はないという事になる。命の重さとは何だ。感じないし見えないし聞こえない透明な重量を、俺達は何処で認識しているのか。
果たして本当に、重いのか。
その答えが出る頃には、とっくに侵略は終わっているかもしれない。まだ半信半疑のつもりだがどうだろう。『他人事』としては、そうあってくれた方が面白いというかなんというか。哲学的な思考に至るのも、全ては自分に関係ないからだ。
そんな外野に言わせてみれば、この問いに断言的に答えを下す輩は信用ならない。そいつはきっと『自分』しか見えてない窮屈な奴だから。
「話が逸れたね。君の知る美子について聞かせてもらおうか」
「答える必要あるか? もっとお淑やかだったし、穏やかだったし、我儘なんて言わないくらい控えめで、ネガティブ発言を好かない子だったよ。全然違う。ゲンガーの特性に則ってない」
ゲンガーは本物と同じになる筈だ。その仮定から崩れるとするなら可能性は二つだ。
ゲンガーの特性説明がデタラメ
ゲンガーが敢えて真似をしなかった
正直、前者は朱莉に対する信頼を根底から揺るがす事になるので考えたくない。だが後者は単純に意味が分からない。本物になり変わるのがゲンガーの本懐だろう。敢えて真似しないとはどういう状況で成立する。
「……山本君のゲンガーは未熟だって話したよな。あれは、ケースとしてあり得るのか?」
「さあ。僕が知る限りは初めてだけど。同じゲンガー同士で報連相も出来ない奴等が地球侵略マニュアルを抱えてるとは考えにくいからね。単に二人いても、本人と鉢合わせない限り不都合はないだろ。何処かで齟齬が生じても、もう一人自分が居るなんて発想中々至らない訳で」
「そうか……」
俺も教えられなければ本人に対して文句を言っていただろう。それにしても美子が性悪路線が現実味を帯びてきたか。嫌な流れだ。ゲンガーの方と付き合っていたなんて考えたくも…………
「…………」
俺にとっては、どっちが『偽物』なんだろう。
もし美子ゲンガーと付き合っていたなら、何のために本物は容認したのだろう。取り敢えず本物は知っていた筈だ。でなければ草延匠悟は交流もないのに彼氏面する悪質なストーカーになり果ててしまう。正直に言って、山本君についてはどうでも良くなっていた。進展はどうやっても明日以降になる。思考を埋め尽くしているのは俺の知る美子と情報として得た美子のギャップだ。
……………………思い出したく、ない。
でも、思い出してしまえば、その意味がハッキリする。それは非常に辛く感情的なリスクを伴うが、俺には『他人事』でしかないので大丈夫だ。
「朱斗。実はお前に黙ってた事がある」
「ん。隠し事? 気にしてないよ。親しき仲にも秘密ありだ」
「違う。聞いてくれ。美子はあの日自殺した。アイツは…………俺の目の前で、死んだんだ」
彼女にお願いをされた。『自分』を殺してほしいと。
俺は恋人だから断った。
彼女は恋人だから頼った。
仲違いの末に、美子は勝手に死んでしまった。直後に警察に通報するのが最善だったと分かっているが、彼女の死体を見ながら電話なんて精神がどうかなりそうで、流石に少し離れてから通報した。匿名で。恋人の頼みを無碍にした負い目があったのかもしれない。結局死体なんてあがらず、今特集されている様な勘違いで終わってしまったのだが。この意味が今なら分かる。
美子は……俺の愛したゲンガーは教えたかったのだ。
『本物じぶん』のあくどさを。
『俺』を気遣って。
『恋人』として、最初で最期の我儘を。言ったのだ。
恋人の手で、『自分』を葬って欲しいと。
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