ドッペルゲンガーにアイはない

氷雨ユータ

写身学級

また、明日

 この世に、自分がもう一人居る。



 誰もがそんな事を考えている。


 誰もがそんな話を信じない。


 もう一人の自分がどんなに居たらいいだろう。もう一人の自分はどれだけ都合が良いだろう。あらゆる艱難辛苦を引き受けて、己は快楽のみを享受すれば良い。楽観的な人間はそう考えるかもしれない。実際、この世に自分がもう一人居る筈無いのだからそこに正解も不正解もなく、思想は単なるスタンスでしかないのだが。


 前提が崩れたら? つまり、本当にもう一人、この世に自分が居たらどうなるだろう。


 俺には、分からない。


 分かりたくもない。もし理解が及んでしまえば、俺―――草延匠悟は後悔する事になるだろう。




 彼女と出会ったのは高校に入ってからだった。




 自分がもう一人居るなんて迷信よりは、一目惚れの方がずっと信じられる。同級生にはなれず、部活でも一緒になれなかった俺は、二年間を棒に振ったんじゃないかというくらい無駄なあがきをした。悪ノリの大好きな友達くらいしか協力者はいなかったが、二年もの歳月を経て、勉強よりも部活よりも恋を優先するという学校的には何の問題も無く極めて不健全な方針で頑張ってきた。


 果たしてその甲斐あって、俺は彼女と交際する事になった。


 高校三年生の春。交際してから俺達の距離は急速に縮まり、高校を出たら大学に行くが、その時に同棲しようという話にもなった。お互い、先の事はあまり考えていなかったのかもしれない。先の見通しがない人生計画は危険だと何処かで教わった気もするが、互いに火遊びのつもりだったのかもしれない。




 俺は本気だったけど。




 ともかく旅は道連れ。そのまま何事もなければ俺達はくっついた筈だ。


「……お願い」


「…………嫌だ」


「お願い」


「…………嫌だ」


「恋人だから頼ったのに」


「恋人だから断るんだ」


 ああ、なんで無駄なあがきかと言われたら、単純な話だ。



 彼女は自殺してしまった。俺の制止も無視して。



 もう一度言おう。この世にはもう一人の自分が居る。全く同一、ただ本物じゃないというだけの偽物が存在する。でなければ誰か説明してほしい。俺だって知りたいのだ。














「おはようッ、草延君」


 そう他人行儀に。


 翌日、彼女は登校してきた。

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