肉マン

八木寅

第1話

「いってきます。外には出ないようにね。ここのところは人さらいが出没してるから」


そう忠告した夫は、トロールのような巨漢の妻、カナイを抱きしめた。そして妻の温もりを味わうと、満足してホウキに乗って王宮のほうへと飛び立った。文官らしいシックなローブをはためかせて。


遠ざかる夫を見送ったカナイは、木の香りが漂う家の掃除に取りかかり、窓を開けた。王都のはずれの豊かな自然の匂いが広がる。


地方の役人だった夫は王都で働くことになり、ここに引っ越してきた。

都の中心に住めば夫の通勤は楽だ。でも、物件探しのときに、生活臭や人ごみに気持ち悪くなってやめた。それに、カナイには人に知られたくない秘密がある。


カナイは 鼻歌まじりに掃除や洗濯などの家事を次々進めていく。そして。


「あらま」


天井に生えた魔性キノコを発見し、迅速に対処もする。

魔性キノコは毒粉を放出するから近づいたり素手で触るのは危険だ。カナイは退魔たいま薬草を塗ったクギを投げつけた。クギは的中して、キノコは消滅した。


こうやって、家事や侵入してくる魔物、魔植物退治でカナイの一日は過ぎていく。

全て魔法を使うことなくやりながら。


そう、カナイの秘密は魔法を使えないこと。全て手作業でやらなければならない。おかげで、筋骨粒々のたくましい身体となった。


「ふう」


今日の家事と退治が一段落着いて、カナイはソファに腰をおろして外を眺めた。

さわやかな風が吹き、葉擦れが鳥を呼んでいた。花も虫を呼ぼうと甘い芳香を風に乗せていた。


目には見えない力がこの世には働いている。そのエネルギーをコントロールして使用するのが魔法だ。だとすれば、自然たちは自然に魔法を使っているのだろうか。


花が放った香りのエネルギーを嗅いで、カナイはため息をついた。

カナイにはエネルギーがわかる。感じられる。なのに、使えないのだ。


今日だって、町のほうから美味しそうな肉マンの匂いが、食べてくれというエネルギーを流してきているのを知覚していた。


カナイのエネルギー感知能力は、特に鼻が敏感である。居住地の森に近い町からの匂いもキャッチできる。


「食べてあげたい」


溢れるよだれを飲みこみ、カナイは町に出かける決心をした。

大きめのカバンにクギやナイフや薬草などの魔よけグッズを詰めこむ。魔法使いならポシェットとホウキ片手にひとっ飛びで買い物に行けるが、カナイはできない。道中待ち受けてるかもしれない危険を予測しての準備は大事なのだ。


「よしっ」


ブラウスやスカートの裏に護符を張りつけ、家を出た。


町までは片道十五分ほど。ホウキに乗れない妻のために、買い物に便利な立地に夫は住まいを決めた。


されど、その短い距離でも危険はともなう。カナイは神経を研ぎ澄まし、いつも以上にエネルギーを感知しながら町へと向かった。


「肉マン二つ」


町に無事着き、注文できたカナイはホッとした。肉マンの肉肉しい匂いが湯気とともに充満し、気持ちも心地よく満たされた。


しかし。

帰ろうと町はずれまで来たところで、変なものに遭遇した。


キノコが生えていたのだ。おじさんから。

そして、女の子が黙っておじさんと手を握っていた。


カナイ以外の通行人はこの変なおじさんにだれも気がつかずに、すれ違っていく。『人さらい』と言っていた夫の言葉がよぎった。


女の子を助けるべきだろうか。

カナイは悩んだ。

もし親子だったら? 魔法を使えないのに救えるのか? 他の人に助けを求めたら?


けど、肉マンを美味しく食べるにはやるしかない、と結論を出した。ここでやらなければ後味が悪くなりそうだった。


薬草を塗った釘を指につかみ、おじさんの頭上に狙いを定める。キノコは身体中にあるが、頭が一番当てやすそうだし、たいがいメインは頭だったりする。


釘を放った。命中し、頭のキノコは消えた。


おじさんは女の子と離れると、カナイに襲いかかってきた。未だ他のキノコは消えていない。

カナイはおじさんを避けながら次々と釘をキノコへ投げていく。


けれども止まらないおじさんに、カナイはある方法を思いついた。

退魔薬草を手にとり、丸める。

おじさんの口が開いたタイミングを見計らって、投げた。


思ったとおり。おじさんは薬草を飲みこむと、放心して棒立ちになり、我に返った。

なにか思いだしたように、町のなかへと歩いていった。女の子をのこして。


「ありがとう!」


カナイに女の子が抱きついてきた。


「とっても怖かった。口がまったく開かなかった。でも今はしゃべれる! よかった。ありがとう。ね、ワタシの家でオヤツ食べてかない?」


女の子は思いのほかよくしゃべってきた。キノコの魔力で口が封じられていて、つらかったのだろう。


しかし、情がわいても肩入れはしない。今までもこれからも。魔法を使えない人マイノリティであるカナイは、他人と関わることなく静かに暮らしていたい。好奇の目にさらされるのがイヤだし、どうしても比べて悲しくなる。


「私が助けたことは二人だけのナイショにしてくれないかな」


女の子はものわかりよくうなずいた。


「ワタシだけのヒーローだね」


にこりと笑ったあどけない顔に、カナイの胸はしめつけられほてった。


「そうね」


紅く染まりゆるむほほを手で隠す。女の子から逃げるように家を目指した。


身体中が熱く興奮していて周りを見る余裕はなかったが、帰りも襲われることなく家に着いた。


しばし、ソファに身体をあずけて窓の外を眺める。妙に高鳴る鼓動が落ち着かない。


西日が射しこむ。夕飯のしたくをする時間になり、ようやくカナイは立ち上がった。

料理の前に小腹を満たそうと、すでに冷めきった肉マンを手にとった。


じゅわ。

??


なぜか、肉マンはカナイの手のなかで熱熱ホカホカの状態に復活したのだ。


「もしかして、私が魔法を?」


腕や首を触っても、手はいつもと同じ人肌である。

不思議に思いながら、生卵を手に持って念じて割ってみた。液体は流れ出さなかった。


どつやら、熱のエネルギーをコントロールできるようになったようだ。


「あなたこそ、私だけのヒーローだよ」


カナイはほほえんだ。頭のなかで笑顔を向け続けてくる女の子に。




【了】

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肉マン 八木寅 @mg15

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