静謐のオルタナティヴ・シャドウ
オルタナティヴ・シャドウは今日も行く
主流派には抵抗感を覚える
でも、だからこそ自分が主流派になりたい
主流派と距離を置く気持ちが先行して
妥当性を疎かに
あなたの中に"これはこうだ"という思いがある
確固たる"かくあらねばならぬ"
それを整えられることが、単純に嫌
それは"自分自身"を
"それまでの自分自身"を
否定されることだから
否定することだから
オルタナティヴ・シャドウは今日も行く
束縛されているなら解放されなければ、と思う
だけどあなたにとってはそうでもない
支配されているからこそ何も考えずに済むから
学ぶことは迷うこと、それがあなたは嫌
あるいは鎖に縛られた中でことをなすと
"こんな過酷な状況でもなんとかできた"と
達成感を覚えることができるから
しかし、"過酷な状況"って、肯定できるものなのかい
オルタナティヴ・シャドウは今日も行く
あなたとて自分に限界が来ていることは
いい加減ちゃんとわかっているはず
あなたの理屈では"幾人かは不幸なまま"
あなたの理屈はどうしてもそれを肯定する
万人が一人残らず幸せになるためには
論理よりも道理を優先しなければ
それはとっても熱く、元気で、子供っぽいことで
それが"冷静な大人のあなた"には、耐えられない
馬鹿で幼くて子供で若いからこそ
がむしゃらになって一生懸命突っ走れるってこともある
それを暴走にならないようにするのが大人の役目
ところがそれは時として"束縛"になる
ところで大人って何なんだろうね
しかし少なくともそれは"冷静"ではあったとしても
"冷酷"な者のことではないはずだ
少なくとも誰かを鎖で縛り付けることじゃない
あなたは自分に限界が来ていることをちゃんと理解している
オルタナティヴ・シャドウは今日も行く
あなたの中に"これはこうだ"という思いがある
確固たる"かくあらねばならぬ"
それを整えられることが、単純に嫌
それは"自分自身"を
"それまでの自分自身"を
否定されることだから
否定することだから
主流派には抵抗感を覚える
でも、だからこそ自分が主流派になりたい
主流派と距離を置く気持ちが先行して
自分が多数派になりたいと、願う
でもそれは結局のところ
"数が多いものが正しい"という
これまでの"普通"の理屈を肯定するだけだ
あなたはそれで苦しんでいるはずなのに
オルタナティヴ・シャドウは今日も行く
あなたは自分に限界が来ていることをちゃんと理解している
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