神(ヒーロー)は死んだ

上野蒼良@作家になる

第1話 この世は洗脳の上に成り立っている

 かの有名な哲学者――ニーチェは、言った。



「神は、死んだ」



 沢山いるキリスト教信者達の前で彼らの信じ、崇拝するヒーローであるキリストを、そのものを否定した。



 当初、盲目な信者達はとにかく彼の事を批判した。否定して……誹謗して……しかし、そうやって時が進んで行くとともに段々と少しずつ人々も納得し、その平和な世界の中へと溺れて行ったのだった……。















       *



 ――とある時代のとある国。






 ――今日。4月30日。私のヒーローが死んだ。死因は、自殺らしい。そんな噂が、私の耳にも届いた。


 私は、もうショックで……ショックで……立ち直れなかった。





「どうして……どうしてなの……あんなに素敵な……私達に希望を与えてくれるお方が……なぜ?」




 私は、そのあまりのショックからついつい生前の彼の写真を見に、家の近くに張られてあったポスターをポケットから出した。




 ――彼の凛々しい顔と、真っ直ぐな瞳。そして、この国と私達を天国にでも導いてくれるようなそんなものを感じた。


 このポスターが、うちの近くに張られたと知った瞬間に、私はすぐにバレないようにささっとはがして、ずっと自分で保管しておいたのだ。

 ――大切に、大切に……。



 そして、毎日毎日このポスターを見て、勇気を貰っていた。


 祈りを捧げるときは、こう言う。


「……はぁ、偉大なる私のヒーロー。あなた様が、私の前に現れたその日から私は、ずっと救われてきたかのような感覚にいます。あぁ、ありがたや。ありがたや……感謝します。感謝します。今日も、貴方様のために……貴方様から頂いたこの勇気を糧に行ってまいります」







 ……しかし、彼が死んでしまった今、私の日課は消滅した。――神と共になくなったのだ。




「はぁ、私は明日から何処で働けば良いのかしら」




 私は、不覚を溜息をつきながらボーっと考えていた。



 ――私は、尊敬する愛しのヒーローに近づきたいというその一心から彼の指揮する組織へ入り、そこで毎日彼の働いた。


 仕事の内容は、最初こそ戸惑う事も多くて、なかなか仕事に手がつかないなんて事も多かったが、慣れてくれば簡単で、まぁこんな私でもこなせるようなものばかりだった。


 ようやく仲間もできて来たというのに、その彼が自殺してしまうのだから……困ってしまう。







 ――私は、これからどうやって生きよう。






 それだけしか頭にはなかった。私は、ただ大きく広がる闇夜を見つめ続けるだけだった。





 しかし、そうやって闇夜を見つめ続けていくうちに私は、家の周りを少し散歩をしたい気分になった。



 邪魔する者は、いないか? それを確認してから私はそーっと靴も履かずに

外へ出た。




 ――こんな真夜中じゃ、流石にバレないわよね? ましてや家の前だし……。



 安心しきった私は、ゆっくりと歩き出した。







 しかし、そうやって歩き出してから5分もしないうちに私は、見つかってはならない人に見つかってしまう。




「コラァ! 貴様、こんな時間になぜ歩いている?」



 その男は、軍服を着ていて如何にも鍛えてそうなゴツゴツした筋肉が特徴的な恐ろしい見た目をした白い肌が特徴的な男だった。


 ――まぁ、白い肌に関しては、ここの国にいる人なら皆そうだけど……。


「……散歩をしたくて」



「散歩だと? ……お前、今がどんな状況か分かっているのか?」



「……えぇ、まぁ」



 男は、私の顔を睨みつけて急に説教を始める。



「……良いかい? 君らの国は戦争で負けたんだ。君らのリーダーであるあのも今日、死んだ。それも自分でだ。……まだ君らの国の扱いについてお偉いさん達で話し合ってる途中だ。それまで、こんな意味のない外出は控えろ! 今日は僕だったから良いけど、もし違う人にバレたら即撃たれるか、犯される……。いやなら、早く帰りたまえ」




  私は、そんな男の説教を聞いている最中に自分の怒りが抑えられなくなり、とうとう男が喋り終わった途端にその怒りを爆発させた。




ですって!? 私のヒーローを侮辱するな! 私達は、彼について行ったからこそ、幸せを掴めたんだ! それなのに……それなのに、きさまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 私は、気づくとその軍人の頬っぺたを殴ろうとしていた。――しかし、男はそんな私の細い腕を力強く掴んで止めてみせた。



「離せぇぇぇぇ!! この悪魔め! 戦争だって、本当は私達の勝ちだったんだ! それなのに、お前らは卑怯な事をして私のヒーローを!」



 私が、そう叫んだその後、男は突然その顔に涙を浮かべた。



「……可哀そうに。こんなに洗脳されて、君は……。しかし、きっともう大丈夫だよ。あの大悪党は死んだ。君らだって直に自分達が洗脳されていた事に気づける日が来るはずさ。……そう、僕らの国の偉い人達が君達の事をきっと救ってくれるから。そしたら、今までよりももっと平和な暮らしが手に入って幸せになれるはずだよ……」







 しかし、そうは言われても私の怒りは収まらなかった。――その時の私は、ただがむしゃらに軍人の男へ歯向かうだけだった……。











       *



 それから、25年後。



「次のニュースです。本日、4月30日は……そうです。皆さんご存じ、我が国の最も恥じるべき歴史の汚点を作り上げてしまったかの有名なあの――」




 テレビの前で、私はソファに座りながら紅茶を飲んで過ごしていた。――鳥の鳴き声が聞こえてくる。奇麗な声だ。



 近頃、世の中はどんどん進歩して行っている。物凄い発展だと思う。テレビという面白い機械もあって……好きな音楽はレコードでいつでも聞けて……食べたいものだって、ほとんど食べれる。行きたい場所にだって乗り物を使えばいける。本当に便利で、楽しくて……幸せいっぱいな時代だ。



 そんな現代を謳歌する私の耳元に、とある人間の名前が入り込んだ。私は、すかさずチャンネルを変えて、好きな番組に切り替えた。






 ――もう、思い出したくない。そのためにあのポスターだって捨てたんだ。平和が良い。平和じゃないと嫌……。



 そう思った私は、朝日が照らす中で1人、ソファの上でテレビをつけたままお菓子とジュースに囲まれながら、気持ちよさそうに眠るのだった。





 ――あぁ、私にヒーローなんて必要あるまい。そんなものより、もっと……もっと、平和を恵んで欲しい。平和が、平和が欲しいのだ。



 



 ――神なんぞ捨てて、平和を貪り続けたいのだ。

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