飛び出せ!なまこちゃん!
登美川ステファニイ
なまこちゃんの受難
昼休み、小学校の奥の校舎奥に呼び出された山星
囲んでいるのは四人。四年一組を陰に日向に牛耳る四天王であった。
「あ、あのぉぉん……あたしに用ってぇぇ何なのぉぉん……?」
囲まれた
「へっ! 何の用か、だって? かまととぶるんじゃないよ、なまこ!」
「ひゃあぁぁん! なまこって言わないでぇ!」
四天王のリーダー格、聡子の言葉に生光は頭を抱えて震える。
なまこ。それは生光にとってもっとも嫌な言葉だった。
最初に言われたのは小学二年生の漢字の授業の後だった。光と言う字の読みを習って、ひかりと、こうと読むことが出来ると知った。それで誰かが言ったのだ。生光ってなまこじゃん、と。確かになまこうと読める。そしてややどんくさい生光はそのゆっくりとした動きから、なまこと言われるようになったのだ。
なまこ。なまこ女。なまこ人間。妖怪なまこ。変態なまこ。のろまなまこ。ばかなまこ。びちょびちょなまこ。様々なバリエーションのなまこ罵倒により、生光は深く傷つくこととなった。
きらきらと輝くような人生を送ってほしい。そんな両親の願いが、漢字の読み方のせいで無残にも踏みにじられたのだ。
そして今では小学四年生だったが、未だになまこと呼ばれ、むしろそれが定着してしまっている。テストで名前を書くときにうっかり自分でもなまこと書いてしまうほどだった。なまこという言葉は生光の心の奥深い所まで浸透してしまっているのだった。
「おいなまこ! お前最近特に調子に乗ってんだろ! なんだこの肌つやは!」
聡子は右手の人差し指で生光の頬を突っつく。
「なんだこのふっくらすべすべお肌はよぉ! 赤ちゃんか! どんなスキンケアしてるんだ!」
「ひゃぁんふぅぅ……ママの化粧水とクリームを……使ってるだけだもん」
「なんだとこいつ! 大人用の使ってんのか?! くそう……しかも髪の毛からいい匂いさせやがって! 何のシャンプー使ってるんだ!」
聡子が生光の長い黒髪を手で梳き上げる。烏の濡れ羽色の美しい黒髪が柔らかに指の間を滑っていった。
「ひゃいぃぃん……ママが使ってる外国のシャンプーとコンディショナーだよぉ……」
「外国の……シャンプーとコンディショナーだぁぁ?! このなまこぉ!」
聡子は溢れる怒りを抑えながら、生光を人差し指で指す。まるで刀の切っ先のようであった。
「けっ! ちょっとかわいいからって……調子に乗んなよ!」
「「「乗んなよ!」」」
聡子の周りの三人も唱和するように生光に怒鳴りつける。生光はただ理不尽な怒りに怯え戸惑うだけだった。
「お前聞いたぞ! クラスの男子にうまい棒貢がせてるんだってなあ……どんだけもらってんだよ、あぁん?」
聡子は右手で生光の顎に手を添えくいと持ち上げる。その柔らかい肌の感触に聡子は思わず感嘆するが、それを怒りで覆い隠し獣のような視線で生光を見つめた。
「あっふぅぅん……百……二百……無理だよ数えきれなぃぃん」
「ふざけんなてめえ! ちゃんと覚えておいてやれよ! くそ、じゃあひょっとして……カントリーマァムなんかも貰ってんじゃないだろうなあ?!」
「おっほぉぉん……週に五個くらい貰ってるかなぁぁん……」
次第に怒りを高ぶらせ河豚のように熱をたぎらせていく聡子たちの様子に、生光は寒流漂う海の昆布のように身を躍らせながら答えた。
「かーっ! 週に! 五個とか! もらうな! どうなってるんだ! お菓子業界のデノミか!」
聡子は大声を発しながら地面を蹴りつけた。生光は身の危険を感じるが、背中は壁。そして眼前には四天王。どうあがいても逃れることは不可能だった。
聡子は荒い息をつき顔を上げ、再び生光を睨みつける。
「まさかとは思うが……てめえ、チョコパイまで貰ってるんじゃねえだろうな……」
「聡子、そんなまさかチョコパイなんて……」
「そうよ。この辺じゃチョコパイは同じ重さの金と取引される。いくらこいつが小学校一の美少女だって言っても……」
「うるせえお前らは黙ってろ! 俺はこのなぁまぁこぉ野郎に聞いてんだ!」
聡子の一括により他の三人は怯えたように黙り込む。リーダー格である聡子は円周率を十六桁まで暗唱できる。その一点において他の四天王を凌駕し、そして畏敬の念によりリーダーとなっている。怒れる聡子に口を挟める者はいなかった。
「ひぇぇぇん……チョコパイはぁ……この間たかし君からもらったよぉぉん……」
「うわあああたかしぃぃぃ!」
聡子は頭を抱えながら七転八倒し始めた。そして他の四天王も地に伏し大地に頭を打ち付けたり、転がって植え込みに突っ込んだり、様々な方法で驚愕の意を示していた。
「このチョコパイ本位制なまこが! 我々にとってどれほどの価値を持つかぁ! 分かってるのかぁ!」
聡子は生光を壁に押し付け、顔の左右に自分の手をついて顔を近づけた。
おぅふ。近くで見るとやはりかわいい。女である聡子ですらその柔らかな唇や濡れたような長いまつ毛に思わず目を奪われる。漂うほのかな香りは鼻腔をくすぐり、思わず深く息を吸い込んでしまいたくなるほどだ。
だが怒りで理性を奮い立たせ、聡子は唇が触れ合うような距離で生光を言葉で責め立てる。
「てめぇ……今日という今日は許さねえ……! 足腰が立たなくなるまでひどい目に遭わせてやるぜ……覚悟しなぁ……! おい、美羽! やってやんな!」
「へい、リーダー! ひひ……こっからさきは地獄だぜぇ……!」
美羽は地面に置いてあった白い袋から何か取り出していく。それは給食の配膳に使うための白い配膳服のようだった。
「こいつを着てだ……お楽しみはこっからよ」
美羽はどこからかカレーヌードルを取り出し、おもむろに食べ始めた。それもすごい勢いで啜り、スープが周りに飛び散らせている。
「やぁぁあん! だ、だめぇぇ! そんなの食べたら黄色いしみになっちゃううぅぅ!」
生光の静止も聞かず、美羽は一心不乱にカレーヌードルを啜り続けた。生光は恐ろしくて見ていられなくなり、縮んだイソギンチャクのようにへなへなと地面に座り込んでしまった。
だが美羽が食べ終わりカップを片付けると、その配膳服には一点の染みもなかった。
「ど、どぉしてぇぇ?!」
「美羽はカレーヌードル啜りの県チャンピオン。このくらいは朝飯前よ! さて次は……」
じりじりと聡子が生光に近づいていく。
「もう、もうやめてぇぇぇん……!」
「うるせえ! こうなりゃ四人まとめて相手してもらうぜ。なあに、そのふっくらほっぺをちょいと貸してもらうだけでいいのさ……すりすりするためになぁ!」
「いやぁぁん! だ、誰かぁたぁすけてぇぇん!」
生光は助けを呼んだが、この校舎裏には誰も近寄らない。校舎の中も物置などになっているため、人がいることはめったにない。四天王たちの蛮行を隠すにはうってつけの場所だった。
四天王の手が生光の頬に迫る。
生光には分かっていた。自分を助けてくれる都合のいい誰かなどいないことを。だがそれでも、救いはある。私だけのヒーローがいる。胸の奥にあるスイッチを押せば、彼が現れる。
目をつぶり、恐怖の中で生光はイメージした。自分を救ってくれるヒーロー、内臓マンを。生光はスイッチを押した。
「うぉぼぼぉろろごぼぁぇぇぶぉふぉぉ!」
生光は突如胃液を吐き、そして肉の塊を大量に吐き出し始めた、それは生光自身の内臓。そう、内臓マンだった。
なまこは身の危険を感じると自らの内臓を吐き出し敵の目をくらませる。そしてもう一つの効果がある。その効果とは――!
「きゃああ! 何これキモイ! っていうかなまこどうなってんの?! 何が出てきたの?!」
四天王は飛びのいて驚くが、同時に不思議な気持ちが湧き上がってきていた。何だかとっても……うまそうだ!
「う、うま……うばしゃあああ!」
化け物じみた奇声を上げ、、聡子は生光の吐き出した内臓に飛びつき食べ始める。顔を突っ込み、大腸をくわえて引きちぎっていく。その様子を見て他の四天王たちも内臓にとびかかり、同じように食べ始めた。
生光は内臓をあらかた吐き出してスカスカのしおしおになっていたが、四天王が内臓に食らいついている間に、なまこのように体を蠕動させながら逃げていった。
そう、なまこの内臓のもう一つの効果とは、相手に食わせてその隙に逃げることだ。長年なまこと呼ばれ続けた生光は心の中に内臓マンを宿すようになり、ピンチの時は体外に排出して生光を守ってくれるのだ。
逃げなきゃ、早く。内臓マンが頑張ってくれているうちに。生光は必死で逃げる。
そして生光はようやく校舎の角を曲がる事が出来た。ここまでくれば他の生徒や教師の目にもつく。四天王も無理なことはしてこないだろう。
「あっ、せんせぇぇん! たすけてぇぇん……!」
通りがかった担任教師に生光は呼びかける。
「あら、山星さん。なまこみたいな恰好でどうしたの?」
「あのぉ……お腹が空っぽなのぉぉ……何か食べさせてぇぇ……!」
「あら、そうなの! ところで、ホームルームで私が自己紹介した時、先生の趣味がなんだったか覚えてる?」
「えぇ……なんだったかなぁ……」
「私は三杯酢かけ子。趣味はなまこを捕まえて切り刻んで三杯酢で和えること! 内臓が抜けているのならちょうどいいわね!」
「そんなぁたぁぁすけてぇぇ……!」
三杯酢先生は生光を担ぐと家庭科室に向かっていった。その後どうなったかって? 続きはまた今度!
とっぴんぱらりのぷう。
飛び出せ!なまこちゃん! 登美川ステファニイ @ulbak
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