第15話 封じていた記憶

「シャルル、ローズマリーのことを思い出した?」


「…ミラージュ?」


光をまとっているようなミラージュが目の前にいる。

いつぶりだろう。幼馴染なのに、もう数年も会っていない。

十八歳のままのミラージュがそこにいた。


何もない空間から急に現れたミラージュに、

疑問だらけになった俺に答えてくれるようにミラージュの声が響き渡る。


「あなたの記憶を消したのは私よ。

 ドワーレ公爵に頼まれたの。

 シャルルが死を選ぼうとしたから助けてくれってね。」


「俺が死を…そうか。」


そうだった。

ローズマリーが死んでしまった後、しばらくはその死を認められなかった。


ようやく認められた後は、苦しくて仕方なかった。

毎日毎日、どうしてローズマリーに優しくできなかったのか自分を責め続けて、

俺にできることは死んでお詫びするくらいしかないと思った。


もう戻らない未来に、嫌気がさしたのだと思う。

俺が生きていてもローズマリーに会うことは無い。

あの笑顔を俺に向けて欲しいという願いが叶うことも無い。

ローズマリーと結婚することができないのなら、一緒に死んでしまいたかった。


せめて同じ場所で死のうとして…庭師に止められて部屋に閉じ込められた。

おそらくその後も死のうとして暴れ続けていたはずだ。


そうか、それを止めるためにローズマリーの思い出を消したのか。


「私のことを責めても恨んでも構わないわ。」


「…いや、ミラージュが悪いわけじゃない。

 全部、俺のせいだ。」


ミラージュのせいな訳がない。

あれほどまでに警告してくれていたのに。

ミラージュの言うとおり、あの時点で必死になって謝ればよかったんだ。

もしかしたら、素直になっても許してもらえないかもしれないだなんて、

そんな馬鹿なことを考えているくらいなら。




「今、シャルルが思い出したのには理由があるわ。

 シャルル、また恋をしたのね?」


「…恋を。」


あぁ、そうだ。

お茶会で次のテーブルに行こうと目を向けたら、

初めて見る子爵令嬢の笑顔にくぎ付けになった。

貴族らしくない、屈託のない笑い方。

少し品が無いと言われても仕方ないような、そんな笑い方がとてもかわいかった。


…また恋をしたのか。性懲りもなく。


「記憶を消す時に、シャルルが恋をしたら思い出すようにしてあったの。

 また同じように繰り返してしまわないようにと。」


ミラージュ、君はいつも正しい。

俺はまた間違えるところだった。

同じように婚約して、同じように素直になれずに傷つけていただろう。

記憶がなかったからというのは言い訳にならない。

俺が愚かだというだけだ。



「…シャルル、ローズマリーのことを忘れていいとは言わない。

 だけど、次の子には同じ思いをさせないで。

 幸せになってもいいのよ?」


「…ミラージュ。

 俺は俺が幸せになってもいいとは思わない。」


「それを選ぶのはシャルルよ。

 だけど、シャルルと結婚する相手にそれを求めないで。

 同じように苦しませてはダメよ。

 シャルルが不幸でも、シャルルの相手は幸せだと思えるように頑張って。

 それが償いになると思うから。」


「俺の相手を幸せに?

 それが…つぐないになる?」


「会えないけれど、幼馴染として幸せを願っているわ。」


「ありがとう…ミラージュ。」



昔のような笑顔でミラージュが去っていく。

あんな風に笑って会話できたのは、いつ以来だろう。

ローズマリーのことがあってから、いつも曇ったような顔をしていた。

あれも…俺のせいだったんだろうな。


少しずつ意識がはっきりとして、目を開けた。

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