第13話 すべては自分のため
あの日、騎士団長に呼ばれたと思ったら、騎士団長室にミラージュ様がいた。
十歳になったミラージュ様は幼さが少し抜け、
そのかわりに女性らしさが増していた。
騎士団で修行していた三年、ミラージュ様を忘れたことはない。
ただ、騎士団員が王女様にお会いできるわけはなく遠くから見るのが精いっぱいで、
こんな風に話しかけられるとは思ってもみなかった。
柔らかな微笑みに思わず見とれてしまい、
聞かれていることに一瞬だけ反応が遅れた。
「リュカは、どうしてただのリュカとして騎士団に入ったの?」
「…ミラージュ様が心身ともに強いものを侍従にするとおっしゃったからです。」
「私が言ったから?婚約者候補になりたいの?」
「婚約者候補になりたいです。
そのためなら騎士団で一から鍛えてもらうのがいいと思いました。」
ミラージュ様の赤い目にまっすぐ見つめられて恥ずかしい気持ちはあったけれど、
こうして想いを伝えられることがうれしくて、この機会に言ってしまえと思った。
「あのお茶会の時、ミラージュ様に一目ぼれしました。
だから、侯爵家でも力のないうちがミラージュ様のそばに行けるのは、
この機会をものにするしかないと思ったんです。」
迷いなくすべてを言い切った俺が見たのは、
目だけでなく顔も耳も真っ赤にしたミラージュ様だった。
この時のことをミラージュ様に後で聞いたら、
シャルル様のせいで令息はそういうことを口にしないのだと思い込んでいたため、
俺がはっきり伝えてきたことに驚いたそうだ。
それと、そんな風に好意だけを伝えられたことがなかったから、
うれしかったけれど恥ずかしかったとも。
こんな風にミラージュ様に認めてもらい侍従になった後も、
ミラージュ様が勉強中で俺がそばにつけない時は騎士団で訓練に参加していた。
騎士団の中でも強くなってしまった俺に指導できるものがいなくなり、
一人で訓練していたら騎士団長に声をかけられた。
「リュカ、近々、前辺境伯がこちらに来られる。
どうだ?鍛えてもらわないか?」
「前辺境伯にですか?
ありがたいですが、俺なんかが指導してもらえるんですか?」
「あぁ、今回はな。
前辺境伯は、姫様のお祖父様だ。」
「っ!」
「いいか、しっかりやれよ?」
「はい!」
この時は意味まではわからなかった。
ただ、前辺境伯がミラージュ様のお祖父様だというのなら、
絶対に情けないところは見せられない。
どんな厳しい指導であっても、泣き言言わずに応えてやると思っていた。
前辺境伯は騎士団でも恐れられているそうで、確かに厳しかったしつらかった。
だけど、確実に強くなっていくのがわかってからは、
どんなにつらくても乗り越えられると思った。
もっと厳しくされても大丈夫ですと伝えたら、前辺境伯に首をひねられた。
「お前は何を目指しているんだ?一応は侯爵令息なんだろう?
こんなに鍛えても使い道あるのか?」
「俺はミラージュ様のために生きています。
何があってもミラージュ様を守るために強くなりたいのです。
賢さはミラージュ様がありあまるほどお持ちです。
だから、俺はミラージュ様にないものを持ちます。」
「ミラージュのためだと?」
「いいえ。それが俺のためだからです。自己満足だとわかっています。」
「ふぅん。わかった。指導してやろう。」
「ありがとうございます!」
この会話から前辺境伯は口だけの指導から、
実際に組み手の相手もしてくれるようになり、直弟子と呼ばれるようになった。
こうやって俺がしていたことと言えば、ただがむしゃらに頑張っていただけ。
女王にならないためにミラージュが辺境伯を治めていたり、
前辺境伯がミラージュの他の婚約者候補を蹴散らすために、
辺境伯の婿は俺の弟子でなければ認めないと言ってくれていたことは後から知った。
手のひらの上で転がされていたというのなら、
俺はその通りに全力で転がったと思う。
「別に強い人を侍従にしたかったわけじゃないわ。
婚約者にするなら、私のために努力してくれる人が良かったの。
まさか…あんなにも頑張ってくれる人がいるとは思っていなくて、
リュカと初めて話した時に…私も惚れてしまったんだと思うの。」
俺を婚約者候補ではなく、唯一の婚約者にしてくれた時、
ミラージュにそう言われたことは忘れない。
こうして腕の中にミラージュを抱いて眠れるようになって、
その努力は間違っていなかったとも思うし、
俺だけと結婚するために裏で動いていたミラージュは可愛いとも思う。
シャルル様も自分が恥ずかしいとかそんなことよりも、
本当に好きだったのならローズマリー嬢の笑顔を大事にすればよかったのに。
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