私のためのヒーロー

葵 悠静

本編

 彼は誰よりも周りの空気を察することができる人だった。

 他の人なら気づかなさそうな些細なことも、彼であれば気づくことができた。

 そんな彼のおかげで私は救われた。

 クラスにも学校にすら馴染めていなかった私がいじめられそうになった時も、その空気を察して彼が止めてくれた。

 そんな空気に気づいていなかった人もいるだろうし、何より彼も表立って何かをしてくれたわけじゃない。

 ただ私がクラスの輪の中にいられるようさりげなくフォローしてくれただけだ。

 でも恐らく彼にとっては何でもないようなことが私にとってはすごくうれしかった。

 それからも彼はよく私のことを気にかけてくれた。

 私が危ない時はいつだって傍にいてくれたし、優しく助けてくれた。

 彼は私だけを見てくれている。

 そんな風にすら思えるようになってきた。

 毎日が幸せだった。


 それなのに。


 最近の彼はどこかおかしい。

 あの子ばかり見て、私の方を見てくれなくなった。

 あの子ばかりと話していて、私が助けを求めても聞いてくれなくなった。

 

 だからまたクラスにいやな空気が満ちている。

 私のことをまるで部外者だとでもいうように見つめるクラスメイト達。


 彼といる時はそんなそぶり一切見せてこなかったのに。

 彼がいたから私はクラスになじむことができていたのに。

 彼が助けてくれなければ、私に居場所なんてない。


 ずっと信じたくなかった。

 彼は私のことをずっと助けてくれると、そう思っていた。


「ど、どうしたんだよ。急にこんなところに呼び出して」

 だから確かめるために私は彼のことを呼び出した。

「普通に話したいと思っただけ。だめ?」

「いや、別にいいけど」

 彼は優しい。

 でもその言葉は本心じゃない。

 私と向かい合うようにして立ってくれているけど、その瞳は私を見ていない。

「俺もさ、言いたいことがあったんだ。いい?」

 彼と目が合う。

 今彼の瞳にはちゃんと私が映っている。

 そのことがたまらなくうれしかった。

「なに?」

「あの……さ」

「うん」

「……あんまり俺に付きまとわないでもらってもいいかな?」

 私は信じたくなかっただけ。

 彼が私を見てくれてなんてないことに気づきたくなんてなかった。

「俺、好きな人がいてさ。その人に勘違いされたくないからさ。頼むよ」

 でも……認めるしかないんだろうなあ。

「ねえ、君は私だけのヒーローでいてくれる?」

「……は? あの、話聞いてた?」

「君は私だけのヒーローでいてくれるよね」


 彼は誰よりも周りの空気を察することができる人。 

 私がクラスではみ出し者にならないように気を使ってくれる人。

 どんな時でも私が困っていたら優しく微笑みかけて、気を使ってくれる人。

 そんな私だけのヒーロー。

 

 そうじゃない彼なんて、彼じゃない。


 困った顔を見せる彼の肩を強く押す。

 それだけで手すりにもたれかかっていた彼の身体は簡単に宙に浮いて落ちていった。


「ねえ、君は、私だけのヒーローでいてくれるよね?」

『もちろん。僕は君だけを見ているよ』


 彼だった物は壊れてしまった。

 私の横には正真正銘私だけを見てくれている彼が、私に微笑みかけてくれていた。

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私のためのヒーロー 葵 悠静 @goryu36

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