お姫様は勇者を待っている

山本アヒコ

第1話

 研究所の博士たちが慌てているのを[わたし]は見ていた。

 どうやらまた偉いひとから「早くなんとかしろ!」と怒られたみたいだ。あの偉そうにしてた博士たちが、変な顔で走り回っているのは絵本のネコに追いかけられるネズミみたいで面白い。


 今日は博士の助手っていう若い、といってもわたしよりかなり年上のひとたちが集まって「逃げたほうがいいのでは?」と青い顔でひそひそ話をしていた。あの女のひとはわたしに優しくしてくれたから、できれば死んでほしくない。


 ついに[わたしたち]の出番がきたみたいだった。でも、わたしはまだ。

 まずは[アン][パイル][リッキー]の三人だけ。アンはいつも落ち着いているから心配ない。パイルも頭がいいから大丈夫。でもリッキーはすぐ調子に乗るから不安だ。そう言ったらリッキーから「バーカ。変な心配するな。俺の格好いい活躍を見せてやるよ」と言われた。イヤなやつ。


 研究所の人の数が少なくなってる。みんな遠くに逃げたみたい。博士たちはずっと眠らずに働いているみたいで、あの太ってたひとも少しやせて目にはくっきりとクマがあった。


 今日は研究所にすごく偉い人が来るから、みんな緊張している。

 軍人さんが三十人ぐらい来た。一番偉そうな勲章を胸にいっぱいつけたおじさんは、前にも一度研究所に来た人だった。その人にみんなペコペコしてる。


 リッキーから「俺の活躍を見たか?」って通信が届いた。敵をいっぱいやっつけたらしい。でもパイルもがんばってるみたいだよって言ったら不機嫌になった。「次はパイルより俺のほうが多く敵を撃墜してやるからな!」だって。無理しなきゃいいけど。


 突然大きな音が鳴りだした。これが空襲警報らしい。初めて聞いたけどすごくうるさいし、何か怖い。

 博士や助手たちが慌てて地下のシェルターに逃げていく。私は動けないけど、ここはシェルターよりも頑丈だって誰かが言ってたから大丈夫だと思う。でもうるさいなあ。


 空襲はされなかったから、研究所は無事だった。

 でもパイルが負けちゃった。

 パイルは地上戦専用で北に配置されていて、敵の飛行機がたくさんやってきて攻撃された。味方の飛行機もいたけど、敵のほうが数が多かったみたい。

 敵の飛行機は西からいっぱい来るはずだったってアンから聞いた。泣きそうな声だった。わたしも悲しい。友だちがいなくなってしまった。

 

 西に配置されていたリッキーが北へ行った。「パイルの敵討ちだ!」って言ってたけど心配。リッキーは空戦専用でたしかに速くて強いけど、敵には[あのひと]がいる。


 リッキーも負けてしまった。リッキーはわたしたちの国の空をひとりで守ってたらしい。助手のひとが言ってた。リッキーって本当にすごかったんだ。

 リッキーがいなくなって、敵はどんどん近づいて来てる。もうすぐわたしの出番もくるかもしれない。

 たくさんの人が[わたし]を整備している。


 近くで爆弾が爆発した音が聞こえる。敵の飛行機が爆弾を落としているからだ。ミサイルかもしれない。

 アンからの通信が切れてしまった。アンは電子戦専用で、軍の通信をたくさん手伝っていた。それがないと外の様子がわからない。

 頭の上で爆発の音。でもちょっと揺れただけ。わたしがいる場所はとっても頑丈なのだ。

 床が揺れて上に向かって動き出す。ついにわたしも外へ出れるのだ!

 初めて見た空は赤色だった。朝焼けというらしい。

 まわりは穴だらけでそこから黒い煙が出ている。

 研究所も穴だらけで、いろんな場所が燃えていた。博士たちは逃げたんだろうか?


 わたしの上を敵の飛行機が飛んでいた。背中の対空砲を撃った。弾が当たった飛行機が爆発。飛べなくなって地面へ落ちていくのもある。

 しばらくたっても、敵の飛行機がぜんぜん減らない。味方の飛行機は少ない。だから敵の飛行機は二人や三人がかりで攻撃するから、すぐにやられてしまう。

 わたしもいっぱい攻撃される。わたしの体は頑丈だから平気だけど、やっぱりイライラする。

 対空砲をいっせいに発射。いくつか当たったけど、まだまだいっぱいいる。

 わたしは四本ある手を使うことにした。エネルギーをチャージして発射。太くてまぶしい光の柱を、わたしは四本の手で振り回した。光が当たった飛行機は溶けてなくなった。

 わたしの近くを飛んでいた飛行機が逃げていく。そのかわりに遠くからすごいスピードでやってくる何かがいた。

 画像を拡大するとわかった。[あのひと]だ。


 わたしの国では作れない[人型航空兵器]だ。二本の手と足を持った人間と同じ姿なのに、飛行機以上の速さで空を飛ぶ。

 その肩にあるパーソナルマーク。魚をくわえた鳥。

 みんなから怖がられてる死神。

 でも[わたしたち]にとってはヒーローだった。


 訓練で何時間も見せられた映像。超高速で空を舞う人間の姿。本当は実際の人間の十倍以上も大きい機械兵器。

 飛行機ではありえない角度で移動してミサイルをよける。狙いをつけて撃とうとしたら、一瞬で逃げられる。

 敵である人型航空兵器に勝つために[わたしたち]は造られた。

 けれど技術の問題で同じものは造れなかった。だからわたしたちは人からかけ離れた形と大きさだった。

 アンは電子戦専用で巨大なレーダーと大量の電気とコンピューターが必要だったから、地面に固定されて動けない。

 パイルはお城みたいな戦車。大砲がいくつもついている。それと小さな戦車の子分が百以上もいる。

 リッキーは先の鋭い三角形の飛行機。わたしたちのなかで一番速い。

 わたしは、長い四角の体にカニみたいな足が六個ついてる。背中にはたくさん対空砲があって、手は体の前と後ろに二個ずつ。手は大きくて強い粒子ビーム砲っていうのになってる。

 博士たちは人型航空兵器の映像を見せては「これに勝つんだ!」と怒鳴り続けた。博士たちは嫌いみたいだったけど、わたしたちは違った。わたしたちの体みたいにゴツゴツしてなくて、自分で好きなパーソナルマークをつけれるのはうらやましかった。そして何より、戦う姿が本当に格好いい。

 わたしは特に魚をくわえた鳥のパーソナルマークをつけたひとが好きだった。誰よりも速く、真似をできない動き。

 パイルもこの人が好きだった。最後の通信も「スゲエ! 本物がいる! 映像と本物だと迫力が違うな」だった。リッキーは「俺のほうが強いんだ!」だったけど。


 わたしのお気に入りは、あの人がひとりで巨大な空中戦艦と戦う映像だ。まるで絵本の、ドラゴンに立ち向かう勇者みたいだった。

 絵本ではお姫様を助けるために勇者はドラゴンと戦う。今のわたしはお姫様じゃなくてドラゴンの役。

 でもイヤじゃない。ジグザグに動いてミサイルをよけるのを見れるから。

 ヒーローと悪役のわたしの戦いがはじまる。


 楽しかった。

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お姫様は勇者を待っている 山本アヒコ @lostoman916

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