ドロステ・エフェクト
米教
ドロステ・エフェクト
一人の人間がいました。人間は、片手に物語を携えていました。本かもしれないし、巻物かもしれないし、はたまた、情報端末かもしれません。人間は、本を読むためにある場所に座りました。その場所は、部屋の一画のソファかもしれませんし、青空の下のベンチかもしれません。
人間は物語を読み始めました。その物語は、ある一人の男が小説を読み進めるところから始まっていました。人間は、「まるで今の自分のようだ」と驚きます。物語の男は、ある場所に座り、小説を読み進めます。その小説は、悲劇か喜劇かも、コメディーかミステリかも解りませんが、男は楽しみながら小説を読み進めていきました。人間が読んでいる物語は、ただ男が小説を読む情景を映した代り映えのない世界でしたが、何故だか人間は引き込まれて行きました。序盤、中盤は異変なく、ただただ男が読書をする姿を書いた文字群。時々コーヒーを飲んだり、飼い猫と戯れたり。何気ない日常を描いた物語に、すっかり人間は魅入られていました。
残りページも少なくなり、いよいよ物語も終盤という時、物語の中の男に異変が現れました。小説を読み終わり、次の小説を探そうとしていた男が、突然立ち上がって周りを見渡したり、急に振り向いたと思えば、何かにおびえるような動きをし始めたのです。
「おかしい。何かがおかしい。こんなはず無い。現実であるならば、こんなこと起こっていいはずが無い。」と男は言いました。
人間は、急な事件の畳みかけに疑問を感じつつも、物語を読み進めていきました。男は、自分の周りに起こっていることを正確に言い始めました。
「なぜ、何者かに見られているような感じがする。いや、見られているような『感じ』じゃない。本当に見られているんだ。ハッキリと目線が、視線がわかる。私のことを、何処からか監視している者がいるんだ。」
人間は、自分にもたまにそう思うことがあるな、となぜか納得していました。
「覗いている......こちらを覗いている......どこだ、何処からなんだ!?」
男はずいぶん慌てながら部屋を歩き回っていましたが、突然ぴたと動きを止め、人間の方を向きました。小説の中の記述がこちらを向く、なんて変な話ですが、文字通りの意味なのです。人間は驚いて本から顔を少し離しました。すると男は、人間の方に指をさし、大声で
「お前か!!お前が見ていたのか!!!」
と叫びました。人間には、何故かその声がハッキリと聞こえたように感じました。
人間は気味が悪くなり、急いで本を閉じました。体にまとわりつく不気味さを取り払うべく、人間はコーヒーを飲みに立ち上がりました。
ふと、人間は今まで感じた事の無い感覚に襲われました。それは、
「誰かがこちらを見ている」とはっきりと感じられるものでした。男は恐怖をむき出しにした表情で、辺りを見回しました。なぜか「こちらを覗いているのか......?どこだ、何処からなんだ!?」と口に出しながら。その姿は、まるであの小説の男のようです。
部屋の中をどたどたと歩き回り、あらゆる場所を確認し、結局人間は、自分を覗く対象を見つけられません。すると、人間は、ふと空中を見上げ、
あなたをしっかりと指さし、こう言いました。
「お前だ!!!お前が見ていたんだ!!!!!!」と。
あなたは気味が悪くなり、この物語を読むのをやめるかもしれないし、最後まで読み続けるかもしれません。一つだけ伝えることがあります。
あなたが今いる世界が「現実」だとあなたが信じていても、その確信の根拠は何一つありません。あなたはもしかしたら、小説の中の男や、物語の人間と同じ立場であるかもしれません。そして、この者たちと同じ体験をするかもしれません。そんなとき、貴方は空中に向かって指をさし叫ぶでしょう。
「お前が見ていたんだ」と。
そのとき、貴方の世界の読者が、同じように気味を悪くするかもしれません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます