第二百十七話 語らぬ墓守
この街の海岸には、巨大な
私と双子を竜宮城へと導くドライバーは、亀ではなく
「アタシったら、衝動的に妖力を解放して大人げなかったですね……。
「煉さん反省中だから、黒曜には私が言い訳しとくよ 。今も、私の我儘に付き合ってもらっているし」
「アタシの真の上司……社長令嬢が降臨されました! 雛の我儘には、つよつよ社長も適わないことでしょう! 」
栗梅色の浮き毛が元気にハネて、私は安心してしまう。美峰と煉の間には『宮本家』という峡谷があるだけで、本心は対立を望んでいないんだと知り得たから。
「ねぇ、あれが『鯨塚』じゃない? 」
助手席から海を食い入るように眺めていた
「やはり
確かに、人に似た白い布が翻ったような。畑でもないのに、
「地元の釣り人ならば、聞き込みに丁度いいわ! 煉、今こそ兎の爆進を見せなさい! 」
「少々荒くても、ニャーニャー泣かないでくださいね!? 」
煉は意地悪く嗤い、ハンドルを切って応えた! 襲い来る急カーブで、頭をぶつけた私と翠音は星を散らして目を回す! 安全運転の亀に乗れた、浦島太郎が羨ましいな。
「上から見るより、足場が荒いわね」
赤い車から降りた私達は、紅音を先頭に波打ち際を辿る。海蝕洞へ引いていく
『答えなくてもいい。俺が帰って来るのを待っていてくれたように、千里が無事に帰って来るのを待ってるから』
智太郎からの祈るようなメッセージに、私は照らされた。会いたいのに逃げたくて、血道は引き裂かれそうになる! 衝動の乱気流が、腹底で唸りを上げていた。私は智太郎の為にも、竜口家に辿り着かなくてはいけない。秘匿を明かす時には、咲雪と智太郎が再会出来るようになればいいんだ。私が暖かい端末を懐へ抱いた時、先を往く紅音が立ち止まった。
「釣り人……には見えないわね」
海蝕洞の向こうから、潮風が吹き荒ぶ。鯨骨の白鳥居と後光を背に、門番の如く立つ男在り。乳青色に透ける紐で襷掛けをした、白い括り袴姿の男だ。乳青色の術式が綴られた、長い白面布を被っていて顏は分からない。生者が死装束を纏うように、
「紅音と翠音……猫の双子もご登場か。君達のような使者が、
何故、私達の名を知っているのか!? 私が開眼した瞬間、男は地を蹴った! 波飛沫を、紅い旋風と刃風が切り裂く! 男が構える槍の柄を蹴り弾いた紅音が、
「私達を待っていたかのように、熱烈な歓迎ね! 狭い洞窟で長槍なんて
「君達への
男は手馴れたように長槍を
「貴方が竜口家の門番だと言うのなら、攻撃を止めて! 私は招待状を持っているの! 」
男が私へ振り返れば、逆さまの袖に忍ばせた
「残念ながら。君以外は、ここを通す訳にはいかない。俺を浸蝕する当主からの
猛火の玉兎が、生意気に笑った。掌が弄ぶ
「妖の意識を麻痺させる音の術式に、変幻自在の長得物……アナタが生を受けた家門が分かってきたっス! アナタは『十五年前の蝶狩りで
咆哮した煉が、白焔に燃える礫を次々に蹴り放った! 私は過ぎる白焔の中を舞い降りながら、『元来の過去』で死んでいた男を思い出す。私が【過去夢】で塗り変えた
彼は
「俺は……雪解け水の泡になった白昼夢を視続ける亡霊だ。雛鳥の君が咲雪の祈りに気づけば、仲間の運命は変わるんじゃないか?」
「やはり貴方は、
智太郎の父親でもある渉は、『浸』の術式の傀儡と化していた。だが饒舌に敵意を語る身体とは相反し、語らぬ意思を垣間見せた気がする――『浸』の術式のせいで、告げられないナニカを私に伝えようとしているの? 唸りが形に成らないまま、私は岩影から誰かにぐっと手を引かれて片膝をつく。吹き出した影が、墓守を睨む翠音の姿を成した。煌々と、翠眼が輝く。
「千里に言わねばならない事があります。私は貴方と共に、咲雪の元へ往く事は出来ません」
「どうしてなの、翠音……」
驚愕した私の前で、翠音は孔雀の尾羽を広げて立ち上がる。影纏わせる掌を、疾走する渉へと向けた!
「私は、『隠世』の家族を見捨てた咲雪を許すことが出来ないのです。紅音は命懸けで炎陽様の【魅了】から守ったのに、咲雪は血濡れた足跡ばかりを残して『人の世』へ去ったのだから。それでも……私の妹に、千里が哀悼を捧げてくれるのなら託したい」
波飛沫を上げた影茨が、渉を捕らえた! 静止した槍には小さな孔が並んでおり、白鳥居にも同じ孔が見えた気がした。鯨骨の
「翠音、聞いては駄目! 」
私の叫びすら掻き消す! 琥珀色の猫耳を伏せれず、翠音は高音を
「全く……意地っ張りで、可愛い妹なんだから! 咲雪を許せないくらいに、私が大好きだって面と向かって言えばいいのに! 『天邪鬼の仇討ち』らしく、愛憎を反転していきましょうか」
息を吸い込んだ紅音は、【
『 龍額へ、血赤珊瑚を連ねよ。
静寂の宵宮祭で、灯篭を流した海へ往こう。
尾鰭が溶ける泡沫が、私の血中を昂らす。
鰭耳を釣針で貫く、熱き和の調べを 』
「『浸』の術式で聞いてるんでしょ、竜口家当主! 私達を直接出迎えなさい! 私は幼い頃から、人魚姫に恋焦がれ続けてきたの! 春の隠世から解放されたこの想いに貴方が応えてくれなきゃ、片想いになるじゃない! 」
紅音が払った長髪が波打ち、傲慢に広がった。
「刃の花嵐で翔けるわよ、千里! 出口へ紫電を放てば、上出来な脅しでしょ? 」
「それで行こう。真っ直ぐな私達を邪魔すれば、串刺し感電死が免れない」
紅緋の刃の群れへ乗った私達は、
「千里の穏やかな顔立ちは
渉は弾けた溌剌さを、ふいに妖しい唇で閉ざした。その向こう……気を失った翠音を抱き、煉が焦ったように何かを叫んでいる。砕けた荒波で上手く聞こえない……『逃げてください、二人共』!?
「俺達は、竜宮城での君の選択を信じている。智太郎を頼んだ、千里」
紅音と私の背後から、巨大な影が迫る。すっと怖気に凍え、私達は振り返った。白鳥居が、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます