第百七十一話 黒硝子の懐剣
―_-◆_+★_*+-【 千里 目線 】-+*_★+_◆-_―
「……分身の大鴉が死んだ」
私達が座る紫電の鳥籠は、花筏流れる渓流に浸る。薄紫の春夕と境界を分かつ、薄青の空に輝く虹の
研ぎ澄まされた光は、臆病な
「翠音は無事なの? 」
「ああ。だが、私達にとって状況は芳しくないようだ。私達の居場所に気づいた彼らは、
胸が裂かれたような衝撃に、私は状況が一変した事を知る。『友人』だった翠音が、智太郎達の協力者になった可能性があるのか。
「なら、この『春夕の隠世』を保たないと。翠音が智太郎達と連れ立つ狙いが分からない以上、炎陽の根源が奪われる可能性があるから」
炎陽を愛し守ろうとしていた翠音が、炎陽を危険に晒すとは思えないが……警戒は必要だ。炎陽の根源ごと、智太郎の『救済』を
だが……ふと、不安が襲う。翠音が智太郎達の味方についたのは、私が翠音に
私は差し出した両手の内へ、さらさらと
「ねぇ、黒曜はさ……私との約束を、今も守ろうとしてくれているんだよね」
「……智太郎が千里の命ごと断罪する気であれば、『人を殺めない』という約束は守り続ける事は出来ない」
顔を上げると、
黒曜の過去夢で刃を翻されて雪が憎悪と共に命を奪われた『前世』も、結末を変えることが出来ずに雪を眼前で救えなかった、
「勿論、私はかつての雪のように、黒曜に智太郎を殺めて欲しくは無い。憎悪に溺れ、後悔の
「私がいる限り、その約束はまだ破られていない。それに、約束と身勝手な渇望に縋るままに千里の魂を
春夕の穏やかな花冷えに、薄紅桜の花弁舞う。迷いなく答えてくれた黒曜に、艶やかな漆黒の翼で包まれた私は鼻先がツンとする。魂に染み入る温もりと
「そっか……やっぱり、私は黒曜の優しさが好きだから……最後には貴方を恨めないよ。私、黒曜に大切な事を言っていなかった。約束を今まで守り続けてくれて、ありがとう。だからこそ、私は黒曜の本当の願いを叶えたい。貴方の願いと私の願いは同一なの」
――私の願いを叶える神は居ない。なら、私自身の手で願いを叶えなければ。
「私、黒曜を人に戻してあげたい」
黒曜の想いへの
「まさか……炎陽と私の話を聞いていたのか」
「そうだよ、ごめんね。方法なんて、まだ分からないけれど……黒曜にはもう
黒曜は傷を負っていた事を自覚したように秀眉を寄せると、滑らかでひんやりとした掌で私の手首に触れて引き寄せた。瞬く私が触れていたのは、彼に捧げられた黒い焔の心臓だった。白い
黒曜は切望を瞬いた睫毛の奥……青紫と紅紫色の光芒を水面の反射光ごと、黒硝子の
「己穂が……千里が生きていてくれるだけで良いと思っていたのに、私は高望みをやめられない。人に戻りたいと願うのは、千里も同じだろう? 千里は、妖である忌まわしさに苦しみ続けているのだから」
「私は、智太郎を『呪い』で救い続ける為に、妖で在り続けなくてはならない。妖として在り続ける理由が無くなる
私は臆病に睫毛を伏せる。智太郎が『人』として幸せな生を終えた後に、墓石へ花束を捧げる未来なんて、本当は考えたくなかった。
妖として永い時を生きた末路に『過去夢』の中で最期を終えても、永い時の末に人として妖の忌まわしさから解放されて新たな
「私達が人に戻る時は同じであるべきだ。千里が居てくれるなら……例え人に戻る願いが叶わずとも、私はどんな選択も恐れないでいられる」
「そうだね。戦いが終結したら、人に戻る方法を一緒に探しに行こう。だから、お願い。もう『雪』を……智太郎を殺めないで。私を黒曜への憎悪に、
「私は千里を独りにはしない。だが……」
懇願するように顔を上げると、黒曜は……葛藤に瞼を震わせながら、自らの心臓に引き寄せていた私の手を緩める。私は小さな絶望に我慢ならず、滑らかでひんやりとした掌を追いかけるように掴んだその時。
――私の翼の耳を、甲高い耳鳴りが貫く! 見上げた薄紫の春夕が幻惑であることを暴かれたように、朧に乱れ始める!
「俺の出迎えが来たようだ」
眼下の鳥籠の中、嵐を待ちわびたように笑みを深めた炎陽が緋色の双眸を開いた。
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