第百六十三話 面紗の下
『雪華の少女』の『雪』:智太郎
▷▷ ❪❪隠匿❫❫
『濡羽色の花嫁』の『なな』:千里
『若葉色の花嫁』の『千里』:黒曜
隠匿外/演者
『色獄の主』:炎陽
―_-◆_+★_*+-【 千里 目線 】-+*_★+_◆-_―
さらり、と春陽に
光の
長い睫毛で、ゆるりと瞬く金の瞳は……元々私の色彩だったはずなのに……私の色はこんなに美しかっただろうか?
『私は、このまま千里を演じればいいのだろう? 』
『雪』に手を引かれた私を『若葉色の花嫁』は見つめる。花嫁の唇は閉ざされたままなのに、黒曜の声が聞こえて一瞬惑うが……黒曜が
『お願い。戦うこと無く、智太郎を人の世へ返したいの。黒曜なら、拒絶する
『……努力しよう』
少々無茶を言っている自覚はある。『全能』に近い
――私の願いと欲求の天秤は、自暴自棄にぐらついているから。
私の手を繋いだままの『雪』は、『若葉色の花嫁』を陽光で煌めく花緑青の瞳で冷静に見つめる。
「貴方に問いたい事が、幾つかあるのです。お時間を頂けませんか」
「かまいません。
私は目を丸くする。『人の千里』を前にした智太郎はもう『雪』を演じる必要が無いはずなのに、正体を明かさず『若葉色の花嫁』を千里とは呼ばない。
「なら一つ目。貴方は昔、ある人を殺めましたよね。彼女を殺めた理由を、
『若葉色の花嫁』は睫毛を僅かに痙攣させ、躊躇いに俯く。
「……私は愚かでした。あの頃の私は自身に芽生えた感情と言うものを理解しておらず、自分が嫉妬していたことさえ自覚出来ていなかった。ですがそれは、人を殺めて良い理由には到底なり得ません。もう一度やり直す事が出来たならば、私は過ちを犯さない。ですが……そんなことは不可能である以上、私は罪人なのです」
黒曜が生まれ変わった『雪』を眼前に、彼女を殺めた理由を語っているようだった。実際に間違いでは無いのだろう。他者を演じるには、自分の中の似た
静かに雪華の睫毛を羽ばたかせる『雪』は懺悔を要求しない。これは、唯の
「
顔を上げた『若葉色の花嫁』は内なる信条に真っ直ぐ導かれるように、『雪』へ金の瞳を向けた。
「古い『約束』を守る為でした。私にとって『約束』は
十一年前。黒曜は私を桂花宮家という鳥籠に閉じ込めて置いて行った。その理由は己穂と交わした『約束』を守る為。
かつて己穂として黒曜と交わした『約束』も、智太郎と交わした『味方であり続ける約束』も……私は一番許されない形で、破ってしまった。そして、私も黒曜も『約束』で大切な人を傷つけた。私と黒曜はどこか似ている。
「貴方は『約束』を守ってきた事を後悔しているのですか? 」
確認する『雪』へ『若葉色の花嫁』が頭を横に振ると、鶯色の髪筋がさらさらと隠世の甘い風に舞う。
「
私は少し、黒曜が羨ましくなった。
黒曜は今も
「最後の質問です。貴方は、遺される苦しみ程耐え難いものは無いと言いましたよね。離別の苦しみを味わうくらいなら、罪の真実を明かし
その問いに突き刺されたようで、私は思わず『雪』と繋いだ掌に力が入ってしまった。今、彼に問われているのは私では無い。
……ところで、何故私は智太郎と手を繋いでいたのだっけ? 繋いでいない智太郎の左手はレースグローブ。私が繋がれた彼の右手は……何もしていない。ザラついた手の内の感覚と体温は直に伝わる。縋るように、ずっと繋げていたらいいのに。
守るべき
「私は離別の苦しみを味わおうとも、断罪を受け入れる事が出来ません。断罪は生きるべき命の死を意味する。憎悪が絡む死は、復讐の連鎖を生む。『
ズレた心情への違和感が……智太郎から伝わる、ザラついた肌感覚に宿っていく。『若葉色の花嫁』の柔肌は、『雪』の言葉によって幻想を捲るのだろう。
「貴方は彼女と似ていますが……やはり
あぁ……賭けに負けた。
そのはずなのに、智太郎に読み上げられる『私』は、開示で撫でられる愛しさに心地よいくらいだ。捧げられた愛達を足蹴にした私は負ける事を……卑怯にも望んでいたのか。本当に欲しい『愛』を前にした私は、こんなにも残酷になれる。牙に
「彼女は断罪による解放を望んでいる。罪に苦しめられる『
それは全て。『なな』を演じる私が、『雪』である智太郎に告げた事。やっぱり、貴方は私の事をよく知っている。でも、私がこんなにも『穢れて』いる事を……貴方は知らない。
「私では、役不足だ」
『若葉色の花嫁』は隠匿をさらさらと葉が舞うように解いていく。艷めく漆黒の翼を広げ、冷たく整った浮世離れした美しい
「だが
「私が彼女と交わした『約束』は一つでは無いが……今も守るべき『約束』は『妖と人との対立を終焉へ導くこと』。だが、智太郎を前にした今の私は『約束』を守れない。私は『約束を交わした大切な人』を選ぶのだから」
「……
何故智太郎が私の手を繋いだままだったのか、ようやく理解した。私を……逃がさない為だ。無理矢理離させるならば、ザラついた愛しい皮膚を妖力たる紫電で焼かなくては、逃れられないから。どちらにしても『妖の
そろそろ、口を開いて
「ねぇ、
「駄目だ。お前は
「言わないよ、私は智太郎の敵なんだから」
『穢れた愛』を知られるくらいなら、私は『悪い子』になってみせる。弱い智太郎は私を憎んで、勝手に救われていればいい。
「黒曜。
手を離さないなら、こちらが離すまで。逆らえない
「やめろ、千里! 」
半不死の私は瞼を閉じよう。智太郎に呼ばれた名は、襲い来るはずの灼熱の痛みの
濡羽色の髪を風圧に揺るがされた私が、瞼を閉じる寸前。風を切った金属音は、火花を散らす!
額に汗滲む黒曜の黒い焔纏う刀を防いだのは、緋色の陽炎唸る、白銀の
「何のつもり、炎陽」
「濡羽姫が派手な演目を演じるにはまだ早い。次に演じるべきは俺なのだから」
『隠世 猫屋敷』の
その
「
牙を剥き出しに一同へ咆哮する炎陽は、自らの心臓を親指で迷いなく指し示す。
「
うねる波乱への畏れで、私の内の鼓動は目覚めるように大きく跳ねた。
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