第百四十二話 計画的復讐


 『復讐は衝動的では無く、計画的に』。消費者金融のような目標フレーズを掲げた俺達は、『猫屋敷』への道すがら情報交換も兼ねて『猫屋敷』戦の対策を練る事にした。癒刻ゆこくの時とは違い対妖戦であるからだ。鬱蒼と生い茂る獣道を往く、『案内役』の紅音は振り返る。

 

「炎陽の能力『魅了』は厄介よ。炎陽より下位の存在を虜にし、従わせてしまう。原初の妖から代を経て、純粋な妖から遠ざかる程に、対妖能力は劣っていく。智太郎の『能力複製コピー』や紅音わたしの『空隙くうげき華歌はなうた』がそう。話しを聞く限り、千里という子の『過去夢』もかな。戦闘向きでは無さそうだけど。千里かのじょと同じく、私も対物を兼ねることが有るわ。対空間もいけるけど。対空間のみにあたる綾人の『遠距離透視』や、青ノ鬼の『未来視』は特殊かな。対妖ではなく、未来視は時を具現化した『天鵞絨ビロードの大河』を扱うのでしょ」


 俺達の話を纏め、能力を確認した紅音は青ノ鬼に問う。紅音の『空隙くうげき華歌はなうた』とは攻防どちらも司る能力とのことだ。紅音が隠世の入口に囚われていたのも、恐らくそのせいらしい。害意ある外敵は真っ先に紅音を狙っただろうから。紅音は囚われの身でありながら、『隠世』の死に往く門番だったのである。

 

青ノ鬼ぼくの『未来視』は確かに例外だ。能力は基本、原初の妖を頂点にした金字塔ピラミッド型の優劣だな。妖の血が濃い方が強者だ。但し、その優劣は崩す事が出来る。動揺や恐怖を相手に与えて心の防波堤を崩せば、原初の妖相手でも下位の妖の能力が効く事がある。逆に下位の妖が恐怖を植え付けられてしまえば、上位の妖の支配は決定的なものになるな」


「じゃあ俺達の中の優劣は……紅音、青ノ鬼ごせんぞさま、智太郎、綾人おれの順の金字塔ピラミッド型って事? 」


 綾人は不安そうに瞬く。能力の受け手で言えば、金字塔ピラミッド型の最下位に近い綾人は能力を掛けられ放題なのだ。

 原初の妖同士の子である紅音。人の器に、人と妖の二つ巴の魂を持つ青ノ鬼。妖の四分の一クォーターである俺。代を経て、妖の血の比率さえ定かでは無い綾人の順か。人の血が混ざる事に金字塔ピラミッド型の下位へと向かうらしい。


青ノ鬼ぼくが紅音に劣るだと!? 鬼であった頃の僕は紅音と同じ、原初の妖同士の子だ! 紅音と僕は同列だろう! 」


 プンプンと、わざとらしく怒りながらも、美峰の姿を存分に駆使して可愛子ぶる青ノ鬼。一体誰得なんだ。


「んー、青ノ鬼あなた予測不可能トリッキーな存在ね。いざとなれば未来視で相手の行動を予測出来るのでしょう? 」


「運が良ければな。未来が読めたとしても、力量不足じゃ話にならん。本気の妖力で攻められれば、対抗不可能だ」


 首を傾げた紅音に、青ノ鬼は珍しく自信無さげに溜息をつく。恐らく鴉との戦闘を思い出したのかもしれない。友人である青ノ鬼に本気を出せなかったはずの鴉にさえ、負けてしまったのだから。


「えぇ……? でも綾人おれ、後天的な半妖である誠と殺り合えたけど。力量ってのは、能力の金字塔ピラミッド型優劣とは違うの? 」

 

「一概には言えんが、違うな。能力を持たない者が大半でも、生力由来術式や擬似妖力術式を持つ妖狩人達は、実際妖に勝ってきたのだから。基本は金字塔ピラミッド型に準ずるが、妖力や生力の力量は個人差が大きいのだろう」


 綾人に力説した青ノ鬼を一瞥した俺は、対策を見出す。


「力量に対抗するには、多勢。能力に対抗するには、心理的弱点を突く事だな。千里は兎も角……炎陽の心理的弱点なんかあるのかよ」


 臆病、恐怖症、俺への罪悪感など……心理的弱点だらけの千里を思う。原初の妖としては勝ち目が無いが、能力の優劣逆転は狙えるかもしれない。『雪』に負い目のある鴉も可能かもしれないが……炎陽については情報が少なすぎる。


炎陽あのおとこは……誘惑に弱いんじゃない? 快楽の申し子なのだから。『魅了』される前に、誘惑してこちらが手篭めにしてやればいい」


 サラッと美しき紅音は言うが……『誘惑』などした事の無い俺と綾人は困惑し互いを見つめる。女装しても中身は変わらん。では無い男装した青ノ鬼は口笛を吹きながら、我関せずで葉をプチっと毟り弄ぶ。


「……中々ハードルが高いぞ、それ」


「あんた達にはそうかもね。しかも炎陽は元陰間かげま


 目を点にして、振り払いた紅音に首を傾げたのは綾人。


「陰間って……なんデスカ? 」


「歌舞伎の『女形』修行中の、舞台袖の少年役者。又は諦めた者。女装して男色なんしょくを売っていた美少年って事」


「ングッ!?……『女形』を検索しググッただけの綾人おれじゃ色んな意味で無理です! 」


 顔を真っ赤にして口を押さえる綾人。俺も内心動揺は抑えられないが……初心ウブいな。


「どちらにしても、女装してまで炎陽を騙すつもりなら本気で扱いてあげるわ。母様は元花魁だったの」


 色勝負なら負けないと言うように、立ち止まった紅音は割と豊満な胸を見せつけるように腕を組んだ。思わず目を逸らしてしまった俺も、綾人を笑えない。

 

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