第百二十七話 闇より出づる
【 嫌な予感は的中するものだ 】
この字……何だか胸がざわざわする。
己穂として手記を綴るのは日課になっており、己穂の字など見慣れていたはずなのに。
「己穂、居るか!」
「爽太? どうしたの、そんなに慌てて」
珍しく障子を乱暴に開いて部屋に飛び込んできたのは、額に汗を滲ませ肩で息をする兄。
「妖の軍勢がこちらへ向かっていると、早馬で知らせがあった! 」
まさかと逃避したくなるのに度々訪れていた黒曜の様子は、爽太の言葉を肯定してしまう。最近は、ふいに現れて穏やかな時を過ごすのみで、以前程
私は書きかけの手記を残し、白い刀を腰に差して立ち上がる。
「
今の私は青ノ鬼のように、混沌の存在なんだと思う。過去夢を視始めた時から、千里と己穂の意思は混ざり合い……望む願いも一つになっていった。過去夢に阻まれていたのは、きっと……意思が同一で無かったせいでもあるはず。
鬼が未来を改変し、与えてくれた僅かな時間。私はようやく、自分自身の意思で
「どういう事だ、己穂。
「説明してる時間は無いの。
「逃げるって……己穂は一体どうするつもりなんだ」
困惑に眉を顰める爽太に、私はただ微笑した。
「私は現人神だから死んだりしない。皆が逃げる時間くらい稼げる」
私が一人で妖達と戦おうとしている事を理解した爽太は芽生えた怒りに身を任せ、荒々しく私の肩を掴む!
「一人で
その力が痛い程なのは、家族の愛情があるから。
「大丈夫。私には
祈るように私は乞う。逡巡している時間は無いと、唇を噛み俯いた爽太も分かっている。揺らいだのは、私の意思では無く……爽太の双眸だった。喜びと悲しみを綯い交ぜにして、
「可愛い妹の我儘にしては、たちが悪すぎる。もっと早く……普通の我儘を言って欲しかった。そんな風に頼られたらさ、兄として叶えてやらない訳には行かないだろ」
私の覚悟を問うように、爽太は黒茶の瞳で射抜く。妖に立ち向かう覚悟の強靭さよりも、共に逃げる脆弱さを期待して。
「…… 雪を安全な場所に送り届けたら、合図の狼煙を送る。それでも己穂が戻らなければ、妖狩人達と
私は内に残る臆病な甘えを切り捨てる為に、
「できるよ。
「……兄として、己穂の事を信じて待ってる」
「ありがとう、お兄ちゃん」
だけどここは過去の世界。爽太とは……時さえ乖離している。置いて逝かれるのは、
今すぐ爽太を追いかけて、先程の言葉は偽りだと叫びたくなる自分を必死に縛り付けるように、私は鯉口を切る寸前まで白い鞘を握る。
――私は何の為に『現人神』になったの? 大切な人を守る為でしょ。今逃げたら、
肺に溜めた弱さを吐き出した私は、障子越しから伝わる黒い影と低い唸り声に凍りつく。抜刀した刀に金の稲妻を顕現した一瞬、障子を両断した!
切り開かれた障子の先に、私は飛び出す! 見慣れたはずの庭は既に、
かつて千里として生力の視界で視続けてきた闇の根源達は、
右下から肌を逆立てる気配! 刃から金の稲妻を放ち貫くと、背後と左前から襲い来る唸り声を右回転の一閃で払う! 刀に纏う金の稲妻により、妖の肉が焼尽される嫌な匂いに眉を顰める暇も無く、新たな気配が私を取り囲む。
「人の言葉を話せる
眉根を寄せて
【願いだと? 何故現人神のお前が原初様に干渉するのか】
希望が潰えかけたその時、ようやく答える声が現れた。巨大な牙を持つ妖だった。姿に反し、理知的な事に安堵する。
「
闇から蔓延る妖達は怯えるように、不快な声音をたてはじめる。原初の妖は、下級の妖達にとって支配者なのだろう。利益を与えてくれる事もあれば、気ままに命を奪う事も安易。
【何方にしても受けた
「その判断は早計だと思うけど。
牙の妖は次ぐ言葉を躊躇った。現人神である今の私は
【……承知した】
唸るように牙の妖は承諾すると、天を穿つが如く咆哮した! 見上げた
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