第四十五話 答え




「私は死ななかった。そして、咲雪さゆきを殺したの」


 私の声が、やけにはっきり聞こえる。

 ベルベット調の赤銅色のイスと、同色のテーブル。レンガ調の壁。

 ここは、カフェだった。

 目の前には、美峰の身体に鬼憑りした、青ノ鬼。

 青い左目は変わらず、薄暗い店内で、浮かぶように光っていた。


「それが、君の罪か」


「そう。智太郎にいつか恨まれるには、充分すぎる理由でしょ? 私だけが、一番大切になるように仕向けた」


「千里は智太郎に殺して欲しいの? 」


 青ノ鬼の言葉に私の唇は震える。


「死ぬのはやっぱり怖い。けど……智太郎が望むなら命をあげたっていいよ」


「そうか。なら答えは簡単だ」


 青ノ鬼が続ける言葉が怖くて、私は耳を塞ぎたくなった。実際はちっとも動けずにいたけれど。


「千里だって、智太郎の事を大切に思ってる。命をかけても構わないんだろ? 智太郎に生きて欲しいと思うのは、咲雪を殺した罪悪感だけじゃないはずだ」


「……大切に思うことは、異性として好きな事と違うんじゃないの」


「だけど君は、智太郎を裏切り続けてきたのに、一緒に生きてきて、これからも智太郎の隣にいるのは自分だけがいいと思っている。そうだろ」


「……本当は、咲雪を殺した後、罪悪感に耐えきれなくて……智太郎を解放してあげたいって思ったの。けれど……智太郎は私を追いかけてきてくれて、私を選んでくれた。あの時から……私は、智太郎の事が好きだよ」


 ああ、これが答えだったんだ。

 

 自分勝手で、裏切り者で、卑怯な私の……唯一の、本当の気持ち。


「なら、君は気持ちをそのまま伝えればいい。智太郎が千里を殺すのだけは、僕が絶対に許さないけどね」


 青ノ鬼は張り詰めていた息を吐く。


「私が怖いのは、きっと智太郎に殺される事じゃない。智太郎に恨まれること。そんな事も分からずに、私は咲雪を殺した。……本当に子供だった」


「それが分かっただけ、君は成長したって訳だ」


「ありがとう……聞いてくれて」


 美峰の姿をした青ノ鬼は肩をすくめる。


「どう致しまして。君は素直になればいいよ。君が危険になったら、すぐに助けに行くから」


「……上手く言える気がしない」


「上手く言われた方が理解できないって。まあ、君が言わないっていうんならそれはそれで僕は構わないし……。ふわぁ……限界だなぁ」

 

 青ノ鬼は欠伸をすると、カフェのシーリングライトがパチパチと弾けるように反応する。同時に、陰鬱だった雰囲気も、元の暖かなカフェの雰囲気に戻っていく。きっと人払いを解いたのだろう。


「もう行くの? 」


「そうだね、美峰も疲れただろうし。……これだけ言っとく。己穂と似てるって言ったの訂正するよ、千里は己穂程、器用じゃない。その他大勢より、一人しか想えないんだから」


 青ノ鬼の言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。

 微笑みを返す。


「……ありがとう。似てなくて嬉しい」


「美人の現人神あらひとがみ様に似てないって言われてその反応って……まだまだ、人間は分かんないな。……あ、鴉と己穂の記憶の件、忘れないでね」


「分かってる。……行かなくていいの? 」


「行く、行きますとも。僕も……眠くて限界だから」


 青ノ鬼はそのまま突っ伏す。

 ばったりと倒れた身体に、私はびくりとする。


「美峰が、グラスにあたらなくてよかった……。青ノ鬼、意外と雑なんじゃない? 」


 本人が聞いていたら、怒りそうだけど。


「ん……」


 すぐに、美峰の身体は起き上がる。

 開かれたまなこは、どちらも黒。

 間違いなく美峰だ。

 私はほっとして、肩をおとす。


「良かった……」


「何が……? それより千里ちゃん、特に大丈夫だったみたいだね」


「うん、青ノ鬼と話せたよ。……自分の気持ちも分かった」


「良かった」


 美峰は微笑む。

 何も私に聞かないでくれるんだ。

 私の為に、人払いの札まで持ち出してくれた。

 ……私は本当は、もう孤独じゃないのかもしれない。

 青ノ鬼に、美峰に、綾人。

 智太郎だけじゃない。私を助けてくれる仲間がいるのだから。


「なんか、お腹空いたね……。そろそろ、ランチだよね、二人と合流しなきゃ」


「そだね、何が良いかな」


 私が首を傾げると、美峰は両手を挙げて元気に答える。


「私、オムライスー! ふわふわっの、とろっとろの、めちゃくちゃ美味しいの食べたい! 」


「美峰……語彙が無いね」


「食べれば分かるんだから、さぁお会計して行こ。千里ちゃんの貴重なワンピース姿、私だけが独占している訳にいかないから」


 私はレジに向かうと、あの初老の店員もいた。

 良かった、戻ってきたんだ。

 安心して、お会計を済ませる。


「あれ、もしかして私のも払ってくれてた? 」


 きょとん、と横から覗く美峰に、私は苦笑する。


「バレちゃった。だって……青ノ鬼と会わせてくれて、ワンピースまで貰って……申し訳なさすぎるよ」


「やーん、もう千里ちゃん、男前! 綾人にもこういう内緒パターンで見習わせよう」


 何度も頷く美峰に、私はやってしまったかもしれない、と少し反省する。……綾人ファイト。


レンガ調の階段を降りると、既に智太郎と綾人が立っており、びっくりした。そうか、綾人は遠距離透視で、視てくれていたのだった。


「何か俺の事言ってたでしょ? 」


 綾人が不満そうに美峰を見上げる。

 智太郎と、綾人の手には私達が置いていったショッピングバッグ。しまった、忘れてた。


「ごめんね、二人共……もらうよ、智太郎」


 私が慌てて智太郎に駆け寄ると、何故か智太郎はショッピングバッグを高く上げる。意地悪されてる?


「別に、いい」


 思ったよりも近くで目が合う花緑青の瞳に、私は動揺する。本当に智太郎に、気持ちも、罪も……告白する事が出来るんだろうか。全てが、壊れてしまったら、私は。


「分かった……ありがとう」


 結局、今私が伝えられたのは感謝の言葉だけだった。

 智太郎は満足したのか、ショッピングバッグを下ろし、私の横に立つ。もう一方の手を、私に差し出す。


「手を、握ってくれ」


 智太郎の言葉に、私は疑問を覚える。

 ……素直になってる?


「うん……」


 智太郎の手に、私の手を重ねる。

 暖かな体温は、心地よくて……相変わらず心臓がうるさくなる。

 いつになったら慣れるんだろう。

 というか、まさか今日ずっと手を繋ぐんじゃ。

 恐ろしい想像に、私は智太郎を見つめると、花緑青の瞳はすぐに振り返ってくれる。白銀のふわふわとした髪が風に揺れる。智太郎は意外にも、少しだけ緊張した表情を浮かべていた。良かった……私だけじゃないんだ。


 この人が……私の好きな人。


 自分で自覚すると、ますます直接顔を見れなくてすぐに俯いてしまう。きっと今私、顔が凄く赤いと思う……。


「成長してる……」


 美峰の感動の声が、後ろから聞こえる。


「ダブルデート作戦は成功だね」


 綾人の納得する声も聞こえる。

 ……作戦だったのは、本当に聞いてなかった。


「何言ってんの、まだまだこれからが作戦の山場なんだから」


「え……まだあるの任務」


「当たり前でしょ、まずは腹ごしらえね!」


 二人のやりとりに呆れたように、足を止め智太郎が答える。


「結局どこにするんだ」


「オムライス! だよね、千里ちゃん」


「うん、私もそれがいいな。智太郎と綾人もいいかな? 」


「俺は別に構わないけど」


「え――俺、もっとガッツリ系が良かったな」


 綾人の文句に、美峰が綾人の両頬をつねる。


「今日はデートなんだから、女子にも合わせて。……今度二人で行けばいいでしょ」


 美峰が恥ずかしそうに綾人に言う。

 綾人は意味を理解し、嬉しそうに微笑む。

 良かった、二人も仲が良さそうで。


「そっちも作戦は成功って訳だな」


 智太郎が意地悪な笑みを浮かべて、赤くなる二人をからかう。

 やられっぱなしは性に合わないらしい。


「洋食屋ナビるから、待っててね」


「……まだ決めてなかったのか」


 私がスマホを取り出すと、智太郎は呆れるように言う。


「そうなの……何がいいかな」


 スマホの画面を見せると、智太郎は眉を寄せる。

 

「……どれも同じだ」


「違うよ、もう」


 今度は私が呆れる番だった。

 行先が決まるまで、私達は随分と頭を悩ませながら、二人で手を繋ぎ街を歩いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る