第二十九話 青の嵐と花緑青の陽炎


――*―*―*―《 智太郎目線 》―*―*―*――


 

門を抜けると、俺は千里を降ろす。

こちらへ向かう三人の姿が見えた。

綾人、美峰、総一郎だった。

綾人が荒い呼吸を繰り返しながら叫ぶ。


「蔵の地下には居なかった!」


「水野翔は森へ逃げた。今から追う」


「一人で行くのは危険だ、また記憶を消されるかもしれない」


眉をよせる綾人に、俺は首を横に振る。


「いや、お前たちはここにいろ。千里を頼む」


「……何か手があるんだな」


綾人の言葉に、口角を上げる。


「智太郎」


憂わしげな金色の瞳でこちらを見つめる千里。

両手は胸の前で固く握っている。

俺は風に靡く、千里の鶯色の横髪を耳にかけてやる。


「待ってろ。俺はお前の味方だから」


昔、約束した言葉を告げると、金の瞳が睫毛を震わせて、僅かに開かれる。

千里は安心したように、笑みを綻ばせて頷く。


必ず戻る。

俺はお前を守る為にここにいるのだから。


耳にかけた手を離すと、千里の髪の一筋がふわりとなびく。

俺は千里に背を向け、夕日で燃えるように赤い森に向けて、石段を下り疾走した。


気配を感じない……。


暫く森を駆け抜けると、僅かに感じていた妖力の気配が消えたので立ち止まる。

まさか、もう森を抜けたのか。

一瞬、そんな考えが頭をかすめるも、すぐに否定する。

違う、妖力を突然感じられなくなったようで不自然だった。

むしろこれは……。


俺は銃をある木の上に向けて放つと、幹を弾丸が抉る。

木の枝には、やはりこちらを見下ろす翔の姿があった。


「ばれちゃったか」


相変わらず嫌な笑みで笑うやつだ。

翔は俺から距離を取り、着地する。


「もう僕なんかほっとけばいいのに」


「お前は絶対にまた千里を狙う。そうだろ」


「あの二人を殺したら、それもいいね……千里ちゃんの血は凄く甘かったなぁ。それにいつもより何もかも感じるっていうか」


翔の赤い瞳が、炎のように燃える夕日を凝縮したように強く光る。

千里の生力の宿る血を喰らったのだ。

五感は鋭くなり、妖力が増しているのだろう。

感覚操作を解除した翔の妖力が、重く感じる。


一瞬の沈黙の後、翔が妖力を纏い、空を切る刃となり襲いかかる!

翔が繰り出す妖力の刃を反射で躱す。

耳元を鋭い風圧が掠めていくのを横目で追う。

身体を瞬時に右回転し、背後を振り向くと、翔が妖力を纏った右手で地面を大きく抉りながら止まるところだった。

翔の表情が俯いていて見えない。


「智太郎ってさ、狡いよね。僕と同じ妖の血が流れてる癖に心根は真っ直ぐで。大切な人が生きて隣にいる」


翔が顔を上げると、その額に青い角が2本生えている。

青い妖力を纏い、青ノ鬼の力を解放したのだ。


「……っ!」


視界がゆっくりとかき混ぜられ、翔の姿が歪んでいく。

ぐるぐると。

木々の葉の音が悪意をもつ誰かをの囁き声に変わり、三半規管を狂わせ、臓物を捻れさせるように吐き気を自覚させる。

俺は舌打ちすると、歪んだ翔の姿を睨む。

これが、感覚操作。


歪んだ翔の姿に連続で発砲するが、空砲を放ったかのようにまるで手応えを感じない。


「だから、僕が貰ってもいいでしょ? 」


耳元で翔の声がして、目を開く。

すぐに翔の肩に向けて発砲するが、翔の姿が歪んで消える。


「やるわけないだろ」


姿も気配を感じることができない。

夕焼けに燃えるような木々があるだけだ。

感覚操作は妖力で行っている。

能力から抜け出す為には、妖力に干渉する必要がある。

自らの妖力を引き出す為に、俺は瞼を閉じる。


暗い闇の底、桂花宮の地下に住んでいた頃の幼い自分が膝を抱えている。

その隣に横たわるのは、よく知る鶯色の髪の少女。

青白い顔で気を失っている千里の首元には、二つの牙の跡。

赤い血が流れ、畳を濡らしている。

顔を上げた幼い自分の口元には、赤い血がべったりとついていた。

その牙は、唇は告げる。


『欲しいなら、壊しちゃえば?』


何かがおかしい。

目を開くと、身体の底から炎が広がるように熱が溢れてくる。

熱は身体の内側から、引っ張られているように勝手に零れでる。

僅かに引っかかっていた防波堤が、零れ出る熱によって押し流されていく!


妖力が暴走しかかっている!


俺は妖力の奔流に抗えず、両手と両膝をついてしまう。

地面に爪を立て耐えながら、妖力を押し戻そうとするが、止まらない。

翔の声が何処からか反響して響く。


「僕みたいに妖力を持って戦える人間に会ったの、実は君が初めてだったんだよね。 初めて会った時から、やってみたい事があったんだ。他人の妖力は感覚操作でいじれるのか」


翔の堪えるような笑い声がする。


「結果は成功、てとこかな。それに君、青ノ鬼ぼくたちよりずっと不安定でギリギリだよね。妖側に堕とすのなんて、ほんの少し背中を押してやればいい」


流れでる妖力が、身体を燃やす。


「ぅぁぁああああああ!!!」


爪が牙が変化し、聴覚も敏感になっていくのに、妖力の高まりに耐えられず焼き尽くされてしまう。


まだ、俺はあいつに伝えていない。

あいつの気持ちも知らない。


あの時、躊躇ったように、鶯色がかった睫毛を緊張で震わせながらあげて、目が合った潤んだ金の瞳が、桜色の唇が告げようとした何かを知りたい。


俺はまだ死ねない!!


目を開くと、妖力を操ろうとする感覚操作の力を振り払うため、俺は妖力を一気に解放しコントロールを取り戻す。

突然弾けた妖力の力によって、まとわりついていた感覚操作の力が振り払われる。


「君って……結構無茶するね」


歪んでいた視界は正常になり、こちらを呆然とした顔で見つめる翔がいる。


「白い耳に白い尾……僕と同じ赤い瞳……まるで君も妖みたいな姿じゃないか」


俺は今、妖力を解放し、一時的に妖側にいる。

だが、完全に妖側に堕ち暴走しない為に、長くこの姿でいることはできない。

自身の花緑青色の妖力が陽炎のように放出している。


「いいね」


翔は舌なめずりし、妖力を強く青に輝かせる。

青の嵐と花緑青の陽炎がぶつかり合う。

木々は風圧に耐えかね、大きくひしゃげる。

地面は深くえぐれる。


俺は花緑青の妖力を纏った爪で、翔の顔を狙う。

翔は寸前でよけ、頬を掠め血が一筋流れる。

構わず蹴りを翔の腹にくらわす。


「……っぐ!」


翔は顔を歪め、後ろにバク転し距離をとる。

すかさず先程よりも、花緑青の妖力を強く込めた弾丸を連続で放つ。

翔が疾走し素早く避けるも、赤い血が飛び散ったのを見ると何発かは当たっているだろう。


すぐに青色の疾風がこちらに襲いかかる!

翔が風の刃を眼前で放つ直前、また感覚操作で五感を操作され足元が沈むような感覚があるが、姿勢を低くし、翔の足を払う。

風の刃で後ろの木が切断され、軋みながら倒れる。

翔は地面に伏せるも、その隙を見逃さず俺は足蹴にし翔の頭に銃をつきつける。


「お前は復讐なんてせず、普通に暮らしていればよかったんだ」


翔は怒りに顔を歪ませる。


「普通ってなんだよ! 僕にはそんなもの、生まれた時から存在していなかった。自分を捨てたはずの父に執着し、息子すら認識できなくて、壊れていく母親をただ見つめることしかできない日々が普通なもんか! 僕はこんな日々を与えたあいつらを絶対に殺してやる! 」


「お前は愛されたいと嘆くただの餓鬼だ。過去に執着せず前を向いて幸せを見つけろよ」


「……ホントそういうとこ千里ちゃんと似てる。……君には分からないよ」


翔は暗い声音で応える。

足の下にあるはずの翔の肉体がぐずぐずに溶けて消えていく。

おそらくこれも感覚操作だ。

俺は距離を取り、銃を構える。


その先に一人の少女が現れる。

見覚えのある鶯色の髪の少女が顔をあげる。

金の瞳が暗く光る。


「千里」


千里はこちらに歩み寄ると、俺の持つ銃に触れる。

俺は動けない。


「智太郎はいつも私を守ってくれるよね。もう私、桂花宮に縛られるのは嫌……私は私の人生を生きたい」


千里が切なく笑う。


「一緒に逃げてくれる?」


俺は唇を噛む。

どれだけ、千里にその言葉を言って欲しいと願っていたことか。

あいつはいつも他人の為に、自分を犠牲にする。

勝手に押し付けられた『金花姫』という重責を投げ出すことはない。

千里が人を傷つける言葉を言うのは、いつもその人を守るため。


「ばればれなんだよ」


俺は千里の腹にむけて弾丸を放つ。

驚愕に目を開いたまま、千里の偽物は倒れる。


「あいつは、絶対にそんな事は言わない。いくらこっちが逃げようって言っても頷く事なんてないんだ」


「馬鹿だ……君たち二人とも」


千里の偽物は、血を流す腹を押さえ、うずくまる翔の姿に変わる。


「そうかもな」


翔の頭に銃を突きつける。

だが、翔は後ろに跳躍し再び、妖力を青く輝かせる。


「お返しだ」


俺は自身に宿る能力を翔にぶつける。

翔の赤い瞳が驚愕に見開かれたと思うと、バランスを崩し膝をつく。傷を負った翔はもう能力に対抗できる力は残っていないはずだ。


「なんだ……これは……」


「それはお前が散々俺たちに使ってくれた、感覚操作だ。自分に使われるのは初めてだろ、味わえよ」


翔は信じられないと、首を横に振る。


「ありえない! 感覚操作なんて能力持っていなかったはずだ! そんなのあったら初めから記憶なんて消されなかっただろ」


「当たり前だ。さっき複製コピーしたんだから」


俺が持つのは、能力を複製コピーする力。

千里の傷を治したのも、千里自身の生力をコントロールする力をコピーしたのだ。

だが、複製コピーできるのは、対象能力者が近くにいないと行えない。

視界に能力者がいないと、リセットされてしまう。

それに、相手の能力者がどういう能力か理解しないと使えないし、その能力が戦闘に向いてないものであれば、戦いには使えない。


「ほんと使い所に困るよ。 勝てたのはお前が良い能力者だったからだな」


「だいぶ複雑な褒め言葉だよ……」


翔は出血で顔が青ざめ朦朧としてきているようだ。

太ももを撃つべきだったかもしれない。

千里を呼び、傷を治して貰わなくては。


「智太郎!」


戦いの衝撃波が収まったのを確認したのか、丁度千里達がこちらに駆けてくるところだった。


 

―*―*―*―《 智太郎目線 end 》―*―*―*―


 

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