第二十六話 その地下には



平屋建ての屋敷に戻ってくると、庭にまわる。

誰もいない屋敷に躊躇いを覚える。


「お邪魔します」


「そんな事言ってる場合か」


前を歩く智太郎に呆れられながらも、着いていくと屋敷の横に古い蔵があった。

智太郎が早速鍵を開け始める。


「お前は俺の後ろにいろ」


「分かった」


この中に翔がいるかもしれない。

鍵が開けられる瞬間、私はある事実に気がついて声を出してしまう。


「なんだ……」


「ご、ごめん。ただ、地下に行こうとしても鍵を持ってないはずだからきっと壊しているよね……。だからここは居ないのかなって」


「そもそも本殿の蔵の方が重要な何かがある可能性が高いし、あちらが本命だ。こちらの可能性もゼロではないけど」


「そっか……じゃあ、調べたらすぐに加勢に行かないとね」


「あの葉の総一郎も、青ノ君とは言え若造に簡単に負けはしないと思うがな」


一度戦った智太郎が言うと説得力がある。

だいぶ苦戦させられたのだろう。

苦い顔をしている。


軋んだ音をたてて、蔵の重たい扉を智太郎が開けると中は書物よりも使わなくなった壺や家財など、生活用品の方が目立つ。

屋敷の隣だからだろう。

奥に、地下の入口の階段がある。

先に智太郎が階段を降りる。

木で出来た階段は急で、私も段を触りながら降りると粉のような埃が手にざらついて少し不快だ。

少し噎せてしまう。


「誰も居ないな」


私も見回すが、上と同じで地下も使われなくなった家財などがあるばかり。

変わった様子はない。


「やっぱりハズレだね」


「戻るぞ」


また埃まみれにならないと、とがっくりとするも智太郎に続いて階段に触れる。


が、その時見覚えのある瑠璃色の布が視界にちらつく。

あれはさっき美峰が着ていた千早ではないか?

その千早を目で追うと、そこに巫女装束を着た女性がいる。

やはり先程美峰が着ていたままの姿だが、俯いていて顔が見えない。


「美峰……? どうしてここにいるの」


意識を取り戻して翔を探すのを手伝いに来てくれたんだろうか、と思うも智太郎が怪訝な声を出す。


「お前……何を見ているんだ」


「え?」


智太郎には見えていないようだ。

改めてその女性を振り返ると、やはりいる……が、美峰はもう少し背が低く幼かった気がする。

その女性は二十歳は過ぎているような気がする。

それに……透けているような気がする。

人間なのだろうか?

だけど妖なら智太郎も見えているだろうし……。

花簪の鈴を鳴らし、女性が顔を上げると私は確信する。

美峰ではない。

だけどどこかで見たことがある?

彼女は少し悲しげな目をして、唇を動かす。

声は聞こえない……が、私を呼んでいる気がする。

彼女は右奥へ行ってしまう。

その時彼女をどこで見たのか思い出した。

綾人の夢の中で、青い牡丹の咲いた川岸の向こうに立っていた女性だ。


「待って!」


智太郎の止める声が聞こえる。

だが、彼女が行ってしまう前に追いかけなくては。

棚を曲がり、瑠璃色の千早と花簪から伸びる紅鬱金色の紐と鈴を追いかけると、そこには誰もいなかった。

気のせいだった?

だが目の前に青い牡丹の絵が書かれた壁がある。

疑問に思い手を触れると、壁が私の手を飲み込む!

……押せる仕掛けになっていたようだ。

バランスを崩してしまい、ふらついてしまったと思うと……私は下へ吸い込まれる!


「いや!」


「千里!」


追いかけてきた智太郎に手を伸ばすも寸前のところで、手が空を切る。


「待ってろ! 絶対に行くから!」


智太郎が私を呼ぶ声がこだまし、私は深い闇の底へ落ちていった。


どこまでも続くかと思った闇は、ネットのような物で背中を受け止められ止まった。

打ち付けられなくて本当によかったと、息を吐いて起き上がると目の前には淡く青に光る巨大な何かがあった。

闇の中からいきなり光るものを見たせいで目がチカチカする。

目が慣れてくるのを待って、その光るものをもう一度よく見ると、それは巨大な結晶だった。

その結晶の中に、男性が眠っている。


「綾人さんに似てる……?」


だがその男性は綾人と違い、長い黒髪で年齢も違う。

二十代後半程だろうか。

だが、綾人の父親は死んだはずだ。


「あれ? 上から千里ちゃんが落ちてきた」


その声に血の気が引く。

結晶に照らされて微笑む少年は……間違いなく水野翔だった。

薄暗い中でも、青みがかった瞳のつり目が見える。


「どうしてここにいるのかな?」


微笑みの奥に、今なら暗い感情が潜んでいることが分かる。

恐怖を押し殺すため、私は翔を睨む。


「今貴方を皆探しているわ。智太郎も上にいる。皆の記憶を消して一体何が目的なの!?」


「へえ……もう僕がいることが分かったんだ。美峰の力かな。だけど君一人なのを察するに、ここに来たのは偶然って感じだね」


翔がこちらに近づく。

後ろは壁だ、これ以上は下がれない。

追い込まれる私の腕を掴み、翔は無理やり立たせる。


「だけどラッキーだな……金花姫様が来てくれて」


翔の獲物を狙うような視線が近くなる。

唾を飲み込み、喉が変な風に鳴ってしまう。


「僕の目的はね、綾人と君の後ろで眠るその男を殺すことだよ」


「何で……」


「恨んでるからにきまってるだろ?」


微笑みを消した翔から逃げたくて、藻掻くも逃げることは出来ない。

やはりあの男性が綾人の父親……雨有であることを確信する。何故雨有が生きてこんな所にいるのかは分からないが、翔の目的はまさに一つ達成されようとしていた。


「僕と母さんは要らないゴミクズだったんだよ。雨有という男にとって。愛する女の為に、自分の子を身篭った女を都合よく捨てたんだからな」


「そんな……」


「それが事実だ。母さんは孤独に死んだよ……最後までこいつの愛を求めてた。母さんと僕を捨てたくせに、自分は愛する女と別な子供を作って幸せごっこ? そんなの許せるわけ、ないよな」


結晶で眠る雨有が答えることはない。


「だから、母さんからこいつが生きているって聞いた時は嬉しかったよ。まさかこんな惨めな姿になっているとは思わなかったけどね」


雨有を見つめる翔の目は冷めている。殺すことを決めた翔にとって目の前の雨有は、人間ではない。ただのモノ。


「この人を、殺さないで。殺してしまったら、いつか目覚めた時に訳を聞く事もできないでしょ」


翔はとっても面白いものを聞いた、という風に笑う。

掴まれた腕に翔が笑う振動が伝わる。


「甘ちゃんだなぁ、千里ちゃんは。まぁそう言うところが可愛いんだけど」


彼の言う可愛いは、捕らえた獲物を愛でる言葉だ。

私は戦う方法なんて持っていない。

唇を噛んで、俯くことしかできない。

その時私は懐にある護身用の小刀の存在を思い出す。


「こいつを殺したら、綾人を殺そう。綾人はじわじわと苦しめて殺すって決めて来たんだ。だから、綾人から居場所を奪ってやろうと皆の記憶を消した。父親が自分のこと覚えてなければ、もう他人だもんな! 知らない目で、父親に誰だ、って言われるなんて最高じゃないか? 」


「貴方がそれを見ることなんて無い。綾人さんは殺させないから」


私が睨んでも、翔はその分微笑むばかり。


「君達に何ができるの? 僕の事、初めから全然気づけなかったじゃないか。勘違いしてるみたいだけど、僕の能力は記憶を消すことじゃない。感覚の操作だよ。君たちは僕のことを妖力を持たないただの人間だと思い込んでたんだ……分かっててもどうにもできないだろうけど」


翔の手が緩んだその時、私は小刀を彼の首元にあてた!

結晶の光を反射して青く刀身が光る。

翔は目を見張る。


「離して」


翔は静かに手を離す。

私は走ると、出口を探すが、どこにも無い。

仕方なく結晶に背を向け、翔に小刀を向けた。

だが、目の前にいるはずの翔がいない!

焦る私の耳に、聞きたかった声が聞こえる。


「千里」


「智太郎?」


やっぱり来てくれたんだ、と駆け寄ると、私は小刀を持つ手を智太郎に掴まれる。


「智太郎……痛いよ」


小刀を奪われる。


「残念でした」


智太郎から翔の声が聞こえ、瞬くと私から小刀を奪ったのは翔だった。

これが感覚の操作だと気がついた時には遅い。


「だから、言ったでしょ。無駄だって」


両手をを抑えられ、身体を雨有の眠る結晶に叩きつけられる。二つの双眸が青く光る。


「ほんと面白いよ、君。だけどさぁ、別にサディストじゃないんだけど……こういう事されると、お仕置き、いるもんだよね」


抑えられた両手に、爪が立てられ血が滲む。

痛みを堪えていると、こちらを見つめる青い双眸の向こう、何故かあの金の光が見えてくる。

後ろの結晶が強く光り、金の光は私に向かってくる。

意味を理解し、首を横に振る。


「今は……だめ」


だが、金の光が私に触れると急激に眠気が襲ってくる。

私は抗えず、金の光が導くまま、意識の奥へ沈んで行った。








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