黄昏ヒロイズム
人間 越
黄昏ヒロイズム
茜色に染まる空は端から段々と、すぐ近くまで迫った夜の藍色と溶け合っていた。
冷たい風が冬の訪れを匂わせる時期も相まって、これから空を覆う夜の闇をまるで恐ろしいもののように思わせる。
なんてことない夕暮れ、黄昏時。
毎日、当たり前のように切り替わっている昼と夜。
それだけのことなのに、どこか泣きそうな気持になっているのは、いや空のせいではないのだろう。
原因は、間違いなく前を歩く男だ。
深紅色のマフラーをなびかせ、右目には眼帯、左腕には包帯、ポケットからはチェーンをなびかせ歩く、奇妙な格好をした男。
運良くもその奇妙さを的確に示す言葉がある。
中二病だ。
アニメや漫画のキャラクターのように自分を着飾ったり、言動を変えたりする。そうして、自分と他者との違いを確認し、アイデンティティーを形成する病だ。
彼、
「ねえ、本当にどうしたの。もう三日もそんな格好して……一体、いつまで続けるの?」
こらえきれず、私は問いかけた。この帰宅路で初の会話だった。
「いつまで? ……
私――
「かかっ。そう不機嫌な顔をするなよ。性急はてめえの価値を下げるぜ?」
余裕ぶった笑みと皮肉。
圧倒的な実力を持ってるゆえにマイペースを貫ける強いキャラ、の真似だ。
「真面目に聞いてるんだけど」
苛立ちを隠さずに言う。
本当にどうしたというのか。ほんの数日前まで何も無かったのだ。高校のクラスでは隅にいる静かな男子生徒だったが、普通だった。まともだった。なのに、いきなりしかもこんな時期に。新年度でなければ、夏休み終わりでもない、こんな時期から中二病キャラクターになったのか。
友達作りがしたかったのかと思えば、そうではなさそうだ。
初日に突っ込んでくれたクラスメイトに対しては喧嘩を売るようなことを言った。昨日は先生にも指摘されたが、屁理屈でいなした。そして今日、ここ数日の言動を心配してくれたマドンナ的女子生徒についても一貫した返答で終止困惑させ、話が通じな過ぎると泣かせた。
ここ三日で、目立たない生徒Aから本格的な嫌われ者へと急激に評価を暴落させた。
「っは。そうか、なら結論だけ教えてやるよ。もうやめねえ、ずっと。……何があっても」
寛人はそう答えた。
その中に何か確固たる意志が秘められていたことは察するに易かった。
どうしてそうなったのか。
知りたかったのはそれだったと気付いたが、聞けなかった。
こんな風になってしまったのは、寛人がおかしな格好になったからに違いなかった。
☆ ☆ ☆
その夜、夢を見た。明晰夢だった。
内容は幼きの日の光景。まだ子供の私と寛人が遊ぶ様子を私が傍観していた。
『俺は、正義のヒーロー、ヒロト!』
幼き寛人は、そう高らかな名乗りを上げた。
『すごい! かっこいい!』
無邪気な賛辞を贈るのは私。ただ一人だった。
私と寛人は幼馴染であり、いつも共に過ごした。
幼稚園や小学校では、友達と遊ばずに本を読んだり、折り紙をしたり、落書きしたり、室内で過ごしていた。
同年代の子たちは外で流行りの戦隊モノのごっこ遊びに熱中するのを、窓の外で眺めていた。
私はそういう遊び方が堪らなく好きだった。
教室という社会から切り離され、寛人と二人だけになれるから。
同時に、寛人が戦隊モノやヒーローが好きなことも知っていた。それ故に、皆が帰った後の夜に近い公園でごっこ遊びをした。
寛人がなりきり、私が観る。
二人だけのごっこ遊び。
寛人は私だけのヒーローだったのだ。
『……。よし、今日も悪い奴はいないな! この世界の平和は守られてる』
一人でやることだから、悪役との戦いもない。あったとしてもエア悪役。
『ありがとう、ヒロト!』
それでも私は彼を称えた。すると、照れくさそうにして、短いごっと遊びはなあなあに幕を閉じる。
やがて、そんなごっこ遊びもなくなった。
ただ、インドアな私たちの休み時間の過ごし方は染みついていて、いつしか友達付き合いの狭い、大人しい生徒になった。
けれど、後悔はない。人見知りな私の性に合っていたし、堪らなく好きな過ごし方だった。
流行りのアニメやゲームにはあまり触れてこなくても。そんな話題で友達と盛り上がることは無くとも、寛人と二人でいられたから。
けれど、そんな過ごし方を寛人はどう思っていたのだろうか。
或いは。もしかしたら。
――嫌だったのかも。
「っ! ………………げほっ、えほっ。っは、っは」
飛び起きる同時に渇きに咳き込む。
ドッドッド、と煩いくらいに速い鼓動が酸素を求めていた。
「私、寛人にとんでもないことしていたのかも」
寛人はこれまでしたかったごっこ遊びを出来ずにここまで来てしまったゆえの反動で中二病を患ってしまったのではなかろうか。
だとしたら、そうさせてしまったのは私だ。
☆ ☆ ☆
「ごめんなさいっ!」
朝。寛人に出会って一番、私は謝った。
「……え? どうしたの?」
面食らったらしい寛人は、素の表情で驚いた。
「私のせいなんでしょ? 私に付き合って屋内で過ごしていたから、今、こんな風に。私、一緒にいてくれる寛人に甘えて……本当は戦隊モノとか好きなの分かってたのに、私が他の友達のところに行くのを邪魔しちゃったから」
「え、えっと……く、くは、くははは……いや、無理だなんも分からない。ごめん。……何の話?」
戸惑う寛人に、私は考えていたことを全て話した。
幼少期のこと。友達が少ないこと。その抑圧が今の中二病に繋がってるのではということ。
大人しい性格で、友人が少ないのは、今でこそそういう性格だからと思うかもしれないが、前からたくさんの友達と遊んでいたら、違ったのではないか。
ごっこ遊びして、ゲームして、そうやって他の友達と一緒に成長していけば、もっと違ったかも。
寛人をこんな風にしてしまったのは、全部私のせいだ。
「…………あー、えっと、ごめん。別にそうじゃないんだ。というか、そんなに思い詰めさせて本当にごめん」
全て聞いた寛人は、申し訳なさそうにそう言った。
「そうじゃないってどういうことよ。寛人が謝らないでよ」
きっと私を庇ってのことだろうが、自分がしたことながら完全には否定できないはずだ。
「いや、本当にすまん。全然、そんなんじゃなくてさ、この格好は……その、なんていうか……格好つけたかっただけっつーか……」
尻すぼみになっていく寛人の言葉。
「え?」
「だからね、その。俺だってお年頃というか、自分でいうのもなんだけど陰キャでコミュ障でイケてないから、ちょっとカマしたくなったというか。それもほら、イケてるファッションとかっていうよりはちょっとオタクな自分らしさでカマそうかなって思って……」
「……はい?」
「つまりはですね……モテたくってやりました!!」
そう言って寛人はバッと頭を下げた。
「っぷ。あっはっはっは」
それを聞いて私は、笑っていた。
なんだそんなこと。なんて下らない。でも、良かった。ただの考え過ぎで。
滑稽さと安堵で、笑えてしまった。
「何よ、もう。こじらせすぎでしょ……。変なことしないでよ」
☆ ☆ ☆
「本当は、お前にカッコいいって思われたかったんだけどな……」
そんな寛人の呟きは、学校に向かい歩き出す美咲の耳には届かなかった。
「……つか、これからの学校生活どうしようか、マジで」
黄昏ヒロイズム 人間 越 @endlessmonologue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます