第9話
―― ねえ、ねえ、あれこの前来た転入生じゃない?
―― うわ、ホントだ。
―― あれ、隣にいるのって……
―― 西野様に副委員長の吉良様、それに風紀委員長の八神様まで!?
―― なっ! 信じられない! 速水様と西野様を落としたと聞いていたけど、
今度はあのお二方まで!
―― あんな毛玉ごときが、あの方たちに近づくなんて許せない……!
おーい、聞こえてるぞ、そこの少年たち。それからそこのキミ、毛玉じゃなくてマリモだぞ。
俺たちが移動するたびに人垣が割れて道ができる。そして浴びせられる多くの視線と、聞こえてくる俺への罵倒。あれー、こんな光景前にも見たなあ?
……というか、こんなことになるのは俺の周りにいる人が原因だ。少なくとも俺のマリモがキモくて、ということはないはず…だ。
まず俺の隣は西野だ。びくびくしていて、その姿はまるで小動物のように見える。風紀委員長を警戒しているのか、俺の右腕を掴んで離さない。
そして俺の左隣はエセっぽい関西弁を使っていた副委員長だ。俺が昨日逃げたせいか、ニッコリ笑って俺の左腕を掴んで離そうとしない。ちなみに掴む力は強まる一方だ。ガチで、イタイ。そしてそれと共に周りの視線と俺への悪口はひどくなる。俺を肉体、精神、両方から虐めるなんて、お前はサドか。サディストなのか。
そしてこのサディストの隣は、風紀委員長がいる。そして俺は、委員長から殺気という名の熱視線を送られている。そしてその視線にびくついた西野が、俺の右腕を掴む力を強めるたび、視線はどんどん熱くなる。なんという悪循環。やだ、俺もう左向けない。だってさっき委員長の顔チラって見たら、「コロス」って口で呟いていたの、聞こえたし、見えたし!
美少年と美青年たちに囲まれて、BL漫画だったら「ハーレム、きったぁああ!!」となる所だろうが、俺はこんな命の危険を感じるハーレムなんていらない。すでに俺の腕が死にかけている。野郎なんぞお断りだ。むしろ美少女を寄越せよっ…!
これ、なんて罰ゲーム……!
「はぁー、やっと解放された……。」
机に突っ伏してそう呟く。両腕を力強く掴まれたせいで、指先の感覚がない。可哀想に、俺の腕。
「ごめんね、マリモ君。僕のせいであんなことになっちゃって……。」
「いいって、別に! そんな気にするな! 委員長の誤解は折を見て解くからさ!」
「うん、ありがと。」
そう言って西野は力なく笑って机に突っ伏した。……今はそっとしておいた方がいいだろう。
あの罰ゲームとも呼べるハーレムを終えて教室に着いた後、サディストから、
「放課後、迎えに来るから逃げたらあかんで?」
というありがたい言葉を、満面の笑みと共に頂いた。なぜだろう、背後に禍々しい気があるように見えるのは、俺の目がおかしくなったからかな、ハハッ。
「まさか、逃げませんよー!」
と、笑顔で答えておいた。……もちろん全力で逃げてやる。
俺とサディストがお互いに笑顔で笑いながら、水面下でにらみ合っていた隣で、西野と風紀委員長は向かい合っていた。
「悠。俺は放課後忙しいから、また明日の朝、迎えに行く。帰りは代わりに風紀委員の奴に影から見守らせる。」
「………別に、僕は迎えなんて要りません。」
「だがもし悠に何かあったら……。」
「僕、これでも男です! 馬鹿にしているんですか……!」
「ッ、違う、そうじゃない! 俺はただ悠が心配なだけで……。」
そう言って西野の手を掴もうとする委員長。
「や、やめてください!!」
西野は委員長の手を振り払おうとする。だがその拍子にバランスを崩した。
咄嗟に俺は西野の体を支える。
「よっと、大丈夫か、西野?」
「マリモ君……。うん、ありがと。」
俺が西野を立たせていると、殺気を感じたので顔を上げる。するとそこには怒ったようにしながら、悔し気に顔を歪める委員長がいた。
おっとー、これはどうやら人の恋路を邪魔する毛玉として認識されてしまったようだぞ。
……………激しく誤解だ!!!
俺の未来の嫁はツンデレ清楚系エロかわお姉さんと決まっている!!!
「あのッ!! これには深い意味がある…「お前も悠が好きなのか」
わけではない、と言おうとしたら委員長に遮られた。これじゃあ深い意味があることになっちゃうだろっ…!!
「そのですね、委員長は激しく誤解…「いいだろう、受けて立つ。」
人の話を聞けよッ!!
「行くぞ、吉良。」
「はいはい。そんじゃ、また後でなー。これ以上問題起こしたら、覚悟しとき?」
そう言って二人とも教室から出ていった。
もう二度と会いたくない。放課後が憂鬱だ。……今こそ俺の逃げ足の速さが試される時だと思う。
「いやー、修羅場お疲れ!」
速水が爽やかな笑顔で俺の肩を叩く。その笑顔から、速水が面白がっているのが分かり、イラっとしたのでとりあえず肩に置かれた手を振り払う。その瞬間周囲から「あの毛玉、速水様の手を……!」という声が上がる。おいおい、イケメン効果半端ないな!
「それにしてもさっきの人だかりは凄かったな。」
斉藤が驚いたようにそう呟く。ああ、本当に凄かった。イケメンの傍にいるだけで注目されるし……。ついでに比較されるし! チッ、イケメン滅びろ。
「俺も透や悠の傍にいるから、マリモの気持ち分かるよ。」
斉藤が俺の様子を見て、困ったように笑いながらそう言う。いや、俺の心の方が斉藤より100倍荒んでいると思うけど。
「お互いモテる奴が友人だと、苦労するなあ……。」
「そうだね、何かあったらいつでも相談してくれ。」
「ああ、ありがとな!」
そうして斉藤と平凡であることの苦労を語り合っていると、斉藤はクラスの奴に呼ばれて行ってしまった。……寂しい。
「言っとくけどマリモ。」
今まで俺と斉藤の会話を静かに聞いていた速水が口を開いた。
「マコトはああ言ってるが、結構モテるからな?」
どうせそんなことだろうと思ったよ!!!
だが不味いな。俺の周りがモテる奴しかいない。俺の前世知識がしきり警告している。このままでは俺が全校生徒の嫉妬の的になると……!
前世知識によれば、王道転入生は生徒会や風紀委員長、学校の人気者をはべらせているせいで、生徒から嫌がらせをされるらしい。……おかしいな、どちらかというと皆から嫌われてないか、俺。
まぁともかく、俺の精神の安定のために、一刻も早く平凡の苦労を分かち合える友が必要だ。いや、西野たちのことも凄く大事だ。だけどさ、一緒にいると周りの視線がね、痛いんです!!
ほら、『おともだちの作り方―サルでも出来る実践法 応用編―』の極意21にも、「苦労を一緒に分かち合える友人は大切だよ❤ そんなキミがいるから頑張れる!」と書いてある。俺も頑張れば、友達くらい出来るはず……!
それに自分は異性愛者だということを、周りにはっきりと知らせる必要がある。俺はこんな腐った学園の風習に染まる気は、毛ほどもない。さっきも風紀委員長から、西野の恋敵として誤解を受けた。こういう面倒事はもうごめんだ。
というわけで、隣の席に座っている速水にとりあえず申告してみる。
「なあ、速水。」
「んー、どうしたー?」
「俺は、言っとくけど、異性愛者だからな?」
「……マリモ。鬼の風紀委員長との放課後の殴り合いが嫌だからって、そんな嘘つくなよ。」
「いつの間にか話が大きくなっているだと!?」
なぜこの僅かな時間で、俺と風紀委員長が殴り合いの喧嘩をすることになっているんだ!!
「俺、マリモのこと応援してるからさ。頑張れよ!」
「委員長と争ってないし、応援しなくていいから!!」
「ちなみに俺は、2人共悠にフラれるに賭けている。」
「応援してるんじゃなかったのかよ!?」
…………早急に誤解を解く必要があるようだ。
だが、この世界は俺に厳しかった。
先生たちの集中攻撃で精神的に疲労していたのと、この学園に来てからストレスが溜まっていたせいもある。
事件が起こったのは昼休み。
速水と斉藤とお弁当を食べようとしていた時だった。
「マリモ君、大変だ! 今すぐ逃げて!!」
手を洗いに行って帰ってきた西野が、走って教室に入る。
俺は口に箸をくわえたまま固まった。
シイタケ美味しいな……。
「マリモ君! そんなシイタケ噛みしめてないで、早くしないと…「ねえ、最近ココに転入してきた子いる?」
思わず声が聞こえた方に顔を向けた瞬間、俺はくわえていた箸を落とした。
ほっそりした華奢な身体。うっすらと赤く染まった頬。つんとした口。そして意志の強そうな光を宿した、少しつり気味のクリクリした薄茶色の瞳が俺を見ていた。
そんな人が、後ろに何人かの可愛い生徒を引き連れてこちらに来る。彼はその中で一際凛としていた。
「お前が転入生か?」
「…………。」
「ま、マリモ君……! えっと、はい、そうです!」
俺が口を噤んだままだったので、西野が代わりに返事をする。
「西野 悠。キミに聞いたわけじゃないけど……まあいいや。僕は3年Sクラスの神楽坂 千早。一条会長の親衛隊隊長を務めている。今日は親衛隊の代表としてお前に会いに来たの。」
そう言ってその人は、その凛とした眼差しで俺を見た。
「単刀直入に言って、お前の最近の行動、少し目に余るんだよ。転校初日に食堂で会長様に膝蹴りしてそのまま逃亡。その後は西野 悠や速水 透につきまとっているそうだね。そして体育の授業では火宮様に喧嘩を売り、今日の朝はあろうことか風紀の八神様と吉良様のお二人と仲良く登校したと聞いているの。」
「神楽坂先輩、マリモは別に俺たちにつきまとってはいません。」
「そうです! 朝のあれは僕が原因なんです。」
速水と西野がすぐに否定するが、その人はその言葉を聞いて顔を顰めた。
「けれど、多くの生徒の証言が寄せられているの。それと一緒に沢山の苦情も。お前が関わった方達の親衛隊の不満も高まってきている。このままではお前のせいで、この学園の秩序が乱れてしまう。分かったら大人しくしていることだね。言うことを聞かなかったら、どうなるか分かっているよね?」
「………………。」
「ちょっとアンタ、千早様自ら忠告しに来たのに、黙っているなんてどういうこと?」
「ほら、さっさと返事をしなさいよ!」
俺が黙っていることを見咎めた周りの可愛い生徒が、しきりに注意する。
「マリモ君………。」
西野が心配そうに俺を見た。
俺はすっくと立ち上がり、歩き出す。あの人に、俺の想いを伝えるために。
俺は彼の目の前に立つ。
「な、なに……。」
「あの………。」
ゆっくり深呼吸する。そして俺は目の前の人をしっかりと見つめた。
「お姉さんか妹さんがいらっしゃったら、紹介してくれませんか?」
「………は?」
一瞬教室が静寂に包まれた。
先輩はポカーンと口を開けている。
「一生大切にするんで、お願いします!!」
俺の溢れんばかりの想いを伝えるため、しっかりと彼の両手を握りしめた。
先輩は俺に手を掴まれたことで正気に戻ったのか、俺の手を振り払おうとする。
「なっ…! 無理に決まってるでしょ! 今すぐこの手を離しなさい!」
「そんな、俺は真剣なんです! どうかお義兄さんと呼ばせてください!!」
「やめて、鳥肌が立つから!! 僕をそう呼んだら殴るよ!」
「チワワ先輩が認めてくれるまで、俺はこの手を離しませんから!」
「チハヤだって言ってるでしょ、このバカ!!」
後ろで速水が爆笑している。これは真剣なお願いなんだぞ。失礼な奴だ。
そして俺とチワワ先輩の周りにいた可愛い生徒たちは、しばらく固まっていたが、チワワ先輩の声で正気になったようで、チワワ先輩から俺を引き剝がそうとする。
「西野悠を狙っているとは聞いていたけど、今度は千早様を狙うだなんて、この節操なし!!」
「それは誤解だっつーの!!」
「毛玉、今すぐ千早様の手を離しなさい!!」
「嫌だ! 絶対俺のことを認めてもらうまで離さないからな!」
「何よ、この馬鹿力!? 信じられない!!」
「千早様、大丈夫ですか! 今すぐお助けします!」
15分間に及ぶ大乱闘の末、とうとう俺はチワワ先輩の手を離してしまった。流石の俺の握力でも、大勢によるひっかき攻撃や嚙みつき攻撃には対抗できなかった。あいつらは犬か。いや、ポメラニアンだな。まさに犬猿の仲。
「「「「覚えていなさい、毛玉!!」」」」
「チワワ先輩、俺は諦めませんから!!」
「だからチハヤだって言ってるでしょ!! 名前ぐらい覚えなさいよ!!」
ポメラニアンたちに引きずられながら教室を出ていくチワワ先輩を見送って、俺はひっかかれた腕をさする。
「いやー、悠の次は神楽坂先輩か。二股目指すなんて、お前スゲーな!」
「……おい、速水。お前耳大丈夫か? チワワ先輩は未来の義兄であって、俺の恋愛対象じゃない。」
「そんなに恥ずかしがるなよ。俺応援してるから!」
「二股を応援するお前も、かなりどうかしてると思うぞ。」
そこで先ほどひっかかれた傷が痛み、顔を顰める。
「にしてもあのポメラニアンめ、ホント容赦ねえな。」
「なるほど、猿にポメラニアンの犬か。じゃあ、キジが揃えば鬼の風紀委員長に対抗できるなー!」
「………速水、お前をキジにしてやろうか。」
「いや、俺は遠慮しておくわ。」
速水はこれ以上にない爽やかな笑顔で答えた。
これは昼休み告白事件、別名「サルvsポメラニアン戦争」として、鷺宮学園の歴史に残った。
そして俺はこの事件によって、友人と先輩に迫る節操なしな毛玉として名をはせた。
…………早急に俺が異性愛者であることを周りに知らせる必要がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます