マリモっ!!―親愛なる王道学園で生き抜いてみせる―
Loki
第1章 『マリモ』はもはや、アイデンティティ
プロローグ
カラッとした五月晴れのある日のこと。それは何気ない一言から始まった。
「良かったわね~、テルちゃん! もうすぐあなたも鷺宮学園の一員よー!」
ママからのその言葉に、俺は機嫌よく振り回していたオムライスのスプーンをぴたりと止めた。
「テルちゃんの次の学校、どうするか迷っていたのだけど、パパの弟さん、つまりテルちゃんの叔父さんが鷺宮学園の理事長だったのよ~。だからパパが叔父さんに頼んで、そこに通えるようにしたの! 鷺宮学園は山奥にある男子校で、良家のご子息が通っているらしわ。そこにテルちゃんが通えることになって、ママとっても誇らしいの! さすがテルちゃんね!」
その言葉に思考が停止する。
目の前に座っている金髪碧眼の美少女は、俺に微笑みかけながら次のように続けた。
「以前通っていた学校から転校しなきゃいけなくなって、テルちゃんも寂しいと思うわ。それにあれはテルちゃんが悪いんじゃなくて、テルちゃんの良さが分からなかった周りが悪いのよ。だからテルちゃんが気に病む必要はないわ。鷺宮学園は全寮制だから、しばらくパパとママに会えなくなるけど、きっとテルちゃんには素晴らしいお友達がたくさんできるわ!」
美少女? いいや、違う。この人はママだ。でもどことなく他人のように感じてしまう。何だろう、この違和感はどこから来るんだ?
俺がなかなか返事をしないので、ママは心配そうにこちらを見た。
「……大丈夫? テルちゃん……。」
「あのね、ママ……。今って、いつ頃?」
「? 5月の下旬よ、テルちゃん。」
その言葉に頭がくらっとする。山奥にある全寮制の男子校。季節外れの転校生。自分の正義を振りかざして、前の学校で問題ばかり起こした俺……。
そんな、それじゃあ俺は……
「『非王道転校生』じゃねぇか……!」
ガシャンッ!
思わず握っていたスプーンを落とす。
「……ッ! テルちゃん!」
慌ててママが駆け寄ってくる。俺はそれを見ながら、だんだんと景色が斜めになっていくのが見えた。違う、これは俺が横に倒れているんだ……。
「…テルちゃん! しっかりしてっ! 誰か、だれか!!」
なんで、なんで。今の言葉は一体なんナンだ。もう、わかんねぇ。
そうして俺は意識を手放した。
次に目を覚ましたのはベッドの上だった。ふかふかとした寝心地の良いベッドだったが、周りを見渡せば、ごちゃごちゃと物がそこら中に置かれてある。もともとは広い部屋だったのだろうが、如何せん物が多すぎる。また、そこら中に食べかけのお菓子や使用済みのコップがテーブルや床に散らかっていた。
その光景を見て、一つため息をつく。汚い、汚すぎる。だがこの現状を作り出したのも俺自身だ。どうして昔の俺はこのごみ部屋が平気だったんだ…?
そこではっと気づく。そうだ、この違和感は何だ? こんな事、今まで感じたこともなかった。そう思って頭を捻らせると、俺の中に「前世」というキーワードが出てきた。前世、前世だと……? 確かに俺は幼い頃から、要領よく生きてきたと思う。小1の時点ですでに九九は習っていないのに出来たし、人よりもいつも良い結果を出していた。人生イージーモードである。なるほど、「前世」の記憶があったのだというのは納得がいく。
だが俺の頭にはそれ以上の言葉が出てこない。たとえ俺が輪廻転生して「前世」の記憶を持っていたとしても、俺がいつ、どこで、どのように生き、どのように死んだかといったことは一切思い出せなかった。
ここで俺のことを少し整理しようと思う。
俺の名前は、……桜井輝人だ。早生まれのため、歳は15。俺の今いる桜井家は、母方の家で、父は日本の大企業を束ねる四楓院家の次男だ。つまり父が母の家に婿入りした形である。
父は大企業の幹部を務めており、母は元女優で、祖母がフランス人らしい。なるほど、あの金髪碧眼という容姿も納得だ。ちなみに桜井家も四楓院家ほどではないにしてもそれなりに大きい。つまるところ、裕福な家庭である。俺はこんな両親から甘やかされて育ってきた。なんと頬を打たれるどころか、一度も叱られたことがない。学校でもお友達という名の取り巻きばかりで、誰も俺を否定する奴はいなかった。そのため俺は調子に乗って、好きなだけ自分の正義を振りかざしてきた。
だが、「前世」の知識が少なからず俺の中にあると認識した今となっては、自分がどれだけ世間とずれていたのかがよく分かる。常識が理解できたのは、本当に素晴らしい。
俺が転校する理由となったのは、突然親友(だと俺が勝手に思っていた)から殴られ、逆切れした俺がそいつを殴り返して怪我をさせたからだ。……さっきまでは「アイツが俺のいうことを無視するから悪いんだ!」と思っていたが、今思い返してみると、あれは明らかに俺に非があった。彼の物は勝手に使ったし、いつも俺のわがままにつき合わせていた。俺が誰かに責められそうになった時も、彼に全部擦り付けていた気がする……。うわぁ、俺ホント最低すぎる。マジでお前どこのジャ〇アンだよ。むしろ相手の話を一切聞かないぶん、ジャイ〇ンよりタチ悪いわ!
そして他にも普段から自分の気に喰わないことがあると、そこらへんにあったものに当たり散らしていたから、学校の修繕費も積もり積もっていた。まぁそんな諸々の事があって、俺は晴れて学校から追い出される次第となったのであります。ちゃんちゃん。……はぁ。
今からでもいいなら、彼に土下座しに行って謝ってこようかなぁ……。たぶん許してくれないと思うけど……。俺の身勝手な行動のせいで、彼の高校生活のうち、約半年が犠牲になったのだ。申し訳なさすぎる。
そう思って自己嫌悪に陥っていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。きっと誰かがが俺の様子を見に来てくれたのだろう。
「テル、パパとママだよー! 入ってもいいかい?」
そう言って俺の返事を聞かずにドアが開かれた。そうして俺がベッドに起き上がっているのを見て、不安げな表情から一転、嬉しそうに顔を緩めながら、こちらに近づいてきた。あ、そこポテトチップスの食べかすがあるから、踏まないように気をつけてね。いや、後で絶対に片付けるんで、今は我慢してください。
「良かった、テル。目を覚ましたんだね! ずっと目を覚まさないから、心配していたんだ。」
そう言いながら俺を抱きしめるのは、俺の父、桜井徹である。黒髪黒目で、背は高くすらっとしている。うん、イケメンだ。
そして彼の隣に寄り添うようにして立っているのは、先ほど俺と話していた美少女、もとい俺の母、桜井陽子である。一見外人のように見えるが、生まれも育ちも日本である。
「大丈夫、テルちゃん? もしかしてお料理が口に合わなかったのかしら……」
そう言って悲し気に目を伏せる。桜井家は裕福な家庭だが、料理全般は彼女が務めている。なぜなら、彼女の料理の方がそこらのレストランよりずっと美味しいからだ。美しい容姿に、料理も得意。俺はなんて恵まれた母を持ったのだろうか。
「ううん、そんなことないよ! 料理とっても美味しかったから! だからそんな悲しそうな顔しないで!」
そんな言葉を口にしながら、俺は彼女に笑いかける。すると、つられるようにして彼女も微笑んだ。その笑みの美しさに思わず固まってしまう。自分の母親だと分かっているが、なんて破壊力なんだ、ママン……!
「ふふ、やっぱりテルもお年頃なんだね。ママの魅力に惹かれてしまうのも分かるけど、ママは僕のだからね。ダメだよ。」
今まで俺と母さんの様子を黙ってみていた父は、何かを察したのか、母さんの肩を引き寄せて抱きしめている。くっ、ずるいぞ、ダディ。今まで俺と母さんの会話に入れなかったからって、拗ねなくていいじゃないか……! 俺だって、さすがに自分の母親とどうこうはしないさ。それは余りにも禁断すぎる。だから別に、悔しくなんかないんだからな……!
そう思いつつ、ひとまず懸念事項をどうにかしようと思い、顔を引き締めた。
「ねぇ、あのさ……。さっきマ……母さんが言っていた鷺宮学園って行かなくちゃダメかな……? 出来れば他の高校がいいんだけど……。」
俺の言葉に二人は顔を見合わせる。やっぱり、行ったこともない学校に、突然「その学校には行きたくない」って言ったら変だよなぁ……。だが、「前世」の知識が告げている。俺はその学園に行けば、嫌われ者の『非王道転校生』になるシナリオがある。そしてさらに恐ろしいことに、その学園には、ノーマルじゃない、いわゆるゲイやバイが大勢いる王道学園だと……! 本音を言えば、そんな環境辛すぎるっ!
そんな思いで、若干緊張しながら、彼らの言葉を待つ。そして二人は俺と目が合うと、突然抱き着いてきた。
「すごいわ、テルちゃん! “母さん”だなんてテルちゃんはもう立派な大人なのね!」
「テル、いつの間にそんな成長したんだ! ぜひパパのことも“父さん”と呼んでくれ!」
そっちかよっ!! 普通突っ込むべきところはそこじゃないよね! あっ、そうか、うちの親普通じゃないんだ……、ハハッ。
「じゃなくて! えっと、鷺宮学園なんだけど、他の学校じゃダメかな?」
二人を何とか引きはがしつつ、お願いをもう一度繰り返す。すると俺が無理に引きはがしたのが悪かったのか、父さんと母さんは少し頬を膨らませていた。なんだって、大の大人2人(うち1人は美少女にしか見えないが)にこんな表情をされなければいけないんだよ……。
そう思って苦笑すると、父さんが眉を下げながら口を開いた。
「ごめんな、テル……。パっ……父さんも頑張って他の学校に掛け合ってみたんだが、テルのことを受け入れてくれる学校が、そこしか見つからなかったんだ……。」
そっかぁ、そうだよな。今まで散々他の学校で問題起こしてきたしな……。
まだ俺を受け入れてくれる学校があったことや、そこに転校できるよう掛け合ってくれた父さんに感謝しないと……!
「ううん、ごめん。突然わがまま言っちゃって。俺、新しい学校でも頑張っていくから!」
顔をあげて、心配そうに俺を見ていた両親に笑いかける。そうだ、まだ何も始まっていないんだ。今から自分の言動を改めていくことだって出来るはずだ。
というわけで、とりあえず目下やるべきことは……
「あのさ、今からちょっと出かけてきてもいい? 今まで迷惑かけてきた人に謝りに行きたいんだ。」
まずはこれをしなければいけないだろう。寮生活することになるとしたら、そうそう家に帰ることは出来ないはずだ。
俺の言葉に対して、父さんと母さんは戸惑ったような表情を見せた。ん……? 俺、なんか変なこと言ったかな?
「あのね、テルちゃん……。言いづらいのだけれど、鷺宮学園に行く日がちょうど明日なのよ。」
「…………はい?」
その言葉に絶句。そんな、ママン、嘘だと言って!
「テルは気絶した後に、熱が出て一週間ほど寝込んでいたんだ。でも、安心していいぞ! 必要なものは全て揃えて、すでに寮の方に送ったからな!」
「だからテルちゃんは安心して眠って頂戴。時間になったら起こしてあげるから!」
父さんと母さんが口々に慰め(?)の言葉を言ってくれるが、今はそれどころではない。明日、明日だとっ!もっと心の準備期間が欲しい。昨日の今日で自分の言動を戒められる気がしない……。
「そうだ、テル! 言い忘れていたけど、学校には変装していきなさい。これは父さんと母さんとの約束だよ?」
「ええっ! なんで変装? 別にやる必要ないよ!」
「ダメだ! テルは母さんに似て天使のように可愛らしいんだから。」
「そうよ、テルちゃん! テルちゃんなんか、きっとあっという間に襲われちゃうわ!」
父さんと母さんのあまりの力説ぶりに、若干引いている。あまりに身内びいき過ぎるのではないか……? そう思って、近くに置いてあった鏡の前まで行く。そこに映っているのは、母さんに似て色白で、金髪碧眼と言ってもガリガリの線の細い少年の姿だった。背は大体165㎝程。ヒョロイ、ヒョロ過ぎる……! なんてモヤシなんだッ!あまりの衝撃に、思わずよろよろと後ずさってしまった。あっ、食べかけのポテチ、踏んだ……。
……確かに金髪碧眼なんて、注目の的だ。変装していったほうがいいかもしれない。
「あのさ、髪染めようと思うんだけど……。」
「ダメよ! 母さんと同じテルちゃんの綺麗な髪が、傷むのなんてイヤ!」
「そ、それじゃあせめて、カラコン……。」
「テルちゃんの可愛い目が傷ついたらどうするの!」
くっ、だめだ、俺はママンに勝てそうにない……!
「そんな可愛いテルの為に、父さんが変装グッズを用意したぞ! じゃじゃじゃじゃーん!!!」
その様子を見ていた父さんが、謎の効果音と共に得意顔で手渡したのは、黒くてもじゃもじゃした、『マリモかつら』と、分厚くて丸い『瓶底眼鏡』だった。
…………Oh、ダディ、センスを疑うぜ。そしてそれは奇しくも、『非王道転入生』の変装だ。これで益々俺は『非王道』の道に近づくことになる。
「これでテルの学園生活は安泰だなぁー!」
いいえ、こんな格好で学校に行ったら、皆から引かれることは確実です。
「ええ! でもこの変装でも、テルちゃんの愛らしさは隠しきれないわ!」
大丈夫、十分隠れるから。むしろ不信感半端ないから。
「そうだな。だってテルはこんなに可愛いからな、仕方がない。」
「ホントに、テルちゃんは私たちの自慢の息子だわ!」
両親の間では、この格好は不自然じゃないらしい。眼科に連れて行ったほうがいいのかな……?
俺ほんとにこの変装で学校行かなくちゃいけないのか…… どうやら『前世』知識でいうところの“非王道転入生”は避けがたいようだ。でも、やっぱりこの格好で学校に行くなんて、
「嫌だぁぁぁあ!!!!」
「ッ! テルちゃん!」
「どうしたテル! 何か嫌なことでも……っうわあっ!」
俺の心からの叫びに慌てた母さんが、俺に向かって駈け出そうとして、ジュースが入っていた紙パックを蹴り上げ、それが父さんの顔にヒットしてジュースまみれになってしまい、その後片付け&部屋掃除に4時間もかけたのは、また別の話。
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