私“だけ”のヒーローになってくれないなら殺す

富士之縁

第1話 ダンジョンにて

「そいつ助けようとしたら殺すから」


 ダンジョンの中層で倒れていた女性を助けようとした時、仲間の女剣士からそう宣言された。ご丁寧にも既に剣を振りかぶっていた。

 そりゃそうだ。度重なる戦闘でアイテム類は底を尽きかけている。

 今は手持ちの資源をやりくりしながら出口を目指している状況だ。

 この状況で人助けをする余裕なんてほとんどない。だが、それでも俺は目の前の人を放っておけない。


「私“だけ”のヒーローになってくれないなら殺す」


 女剣士の言葉に思わず苦笑してしまう。


「俺、ヒーローとかいうのじゃなくてヒーラーなんですけど」

「それでもあなたはヒーローだ。私が今生きているのはあなたのおかげだ。だが、今あなたがやろうとしていることは只の自殺行為にしか見えない」

「俺の魔力が限界に近いことは否定しない。でも、俺は放っておけないだけなんだよ。あんたと同じで、な」


 実際のところ、この女剣士も行き倒れになっていたのを俺が助けたのだ。

 女が構えを解いた。


「ふむ。私だけ助かろうというのは都合が良すぎたか」

「いや? 俺だって偽善の塊さ。死体があるとモンスターの出現率が上がるし、一人で歩いていると襲われる確率が高まるから、見かけだけでも多くしておきたい……とか言ったらどう見ても偽善者だろ?」

「とはいえ、筋は通っている。済まなかったな」


 倒れていた女性に治癒魔法を掛けると、途切れ途切れだった呼吸が安定し、意識を取り戻したようだった。

 少量だが、水と食料も分け与える。

 ここから出口まで半日も掛からないはずだから、荷物が軽くなったと思えば惜しくはない。


「すみません。助かりました。ところで、お名前は?」

「名乗るほどの者じゃないですよ。ここから出られたら教えるということでどうですか?」

「そうですね。まずはここから出ることが先決です。索敵には心得があるのでお任せください」


 戦闘の要になる前衛が一人しかいないので不安だったが、先ほど助けた人のおかげで無駄な戦闘を避けつつ、中層と上層の境ぐらいまで上って来られた。

 この辺は、初心者の登竜門となっている場所だが、それよりも下層に潜っていた俺たちにとってはほとんど脅威にならない。

 先ほど助けた斥候っぽい職業の女性が目をこすった。


「ふぅ……安心してきたら少し眠くなりました」

「奇遇だな。私もだ。だが、残り少し、頑張ろう」


 女性同士の即席の友情を眺めつつ、


「この辺にかなりの頻度で来ている俺の仲間がいたら、そいつらと合流できるんですけどね」


 初心者はこの手前のゾーンで引き返してしまうし、中級者以上はここより先を目標にしがちなので、この辺は意外と人が少ない。静寂の中で、ダンジョンの天井から落ちてくる水滴の音が響く。


「自分もボロボロだったにも関わらず、瀕死だったウチのことも助けてくれたあなたの仲間だったら随分頼りになりそうですね」


 微笑む斥候に対して、女剣士が顔を顰めた。


「いや、どうにも胡散臭いところがあるのだが……。そう、例えば、あいつが助けるフリをして私たちに何かしらの薬を盛ったとしてもおかしくはない」

「考えすぎですよ~」


 あはは、と笑っていた斥候が急に身構えた。


「気をつけてください。何者かに囲まれています」


 言葉通り、数秒経つと俺たちの目の前に人影が現れた。

 剃り上げた頭の厳つい男の姿を認め、声を上げる。


「おやっさん、お久しぶりです!」


 女剣士が質問してきた。


「おいヒーラー、知り合いか?」

「はい。仲間です」

「そうか……ってあの刺青はガーゴイル組じゃないか! お前、私たちを売り飛ばすつもりだったんだな!」


 振り下ろされた剣を避ける。助けた時に呑ませた水に混ぜておいた遅効性の睡眠薬で弱体化されているはずなのに意外と速くて少し危なかった。


「だから言ったじゃないですか。ヒーローなんかじゃないって」

「くっ、やっぱりあの時に殺しておけば……!」

「薬の効果でダンジョンの途中で寝てしまって、モンスターに殺されていたかもしれないですよ?」

「だとしても、だ。あの連中に売られるぐらいなら、モンスターに殺される方がマシだと聞く」


 斥候の女性が口を開いた。手に持っている短剣が小刻みに震えている。


「そうですよ。囲まれちゃっていますし、もういっそ自殺した方がいいかもしれません」

「まあまあ落ち着いて。せっかくここまで生きて帰ってきたんだから、その苦労を無駄にしないでよ。てか、俺も生活が懸かっていますし? 助けた俺に免じてさ……ゲホッ!」


 腹部に衝撃を受けて前のめりに倒れ込む。


「ひ、ヒーラーさん! 背中に剣が突き刺さってますよ! ちょっと、仲間に対して酷いんじゃないですか?」


 低い声による爆笑が響いた。


「ガハハ! 仲間? こいつはただの下請け業者だ。崇高なる我々の仲間と間違えられては困るなぁ、お嬢ちゃん」

「ひっ!」

「クソ、もう力が入らんか……」


 足音が増え、包囲網が完成する。


「さあ、こいつらを拘束して連れていけ! このヒーラーはモンスターのエサにしておけばいい。どうせ助からん。最近やりすぎてギルド連中に警戒されているから、暫くは場所を変えるしかないだろう」


 ガハハハハ……という男たちの野太いアンサンブルに一陣の風が吹き抜けた後、俺の視界にブーツが大写しになった。

 身体が一瞬浮き上がったかと思うと、身体に文字通り穴が開いたかのような猛烈な痛みと渇きが起こった。


「君、ヒーラーだろ? 応急処置して魔力回復アイテムも置いておくから、あとは自分でどうにかしてね」


 やや中性的な男の声だった。

 倒れたままで質問する。


「あんたは?」

「こういう取り締まりが難しい場所で悪事を働く連中を裁くために雇われたエージェント……ぐらいに思っておいて欲しい」


 なるほど。噂程度には聞いたことがあったけど、実在したのか。

 冒険者たちのヒーロー、ダンジョン・ウォッチャー。

 寝そべった体勢のまま、やつらの仲間として殺されなかったことに安堵の息をついていると、目の前に剣が突き立てられた。


「君の首がまだ繋がっているのは、一応とはいえ女性たちを助けた功績があることと、組織から下請け業者として切り捨てられたからだよ。これからは気を付けてね?」

「は、はい」


 返答すると、剣が地面から抜け、音もなく去って行った。

 女性たちも保護されたらしく、周りにはガーゴイル組の組員の死体だけが転がっていた。

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