毎度毎度女性ヒーローに先を越されても、ヒーローを辞めない俺は彼女の真意をまだ知らない

真偽ゆらり

あなたは私だけのヒーロー

「また先を越された……」


 一人のヒーローが助けを求める声を聞きつけて駆けつけるも、時既に遅し。彼が現場に到着した瞬間に事件が終わらせられている。一人の女性ヒーローの手によって。


 彼のヒーロー実績は唯一人を助けた一件しかない。実績の乏しいヒーローには支援者が着きにくく、彼はバイトで生計を立てながらヒーローを続けている。


 ヒーローなど辞めて就職して働く道が何度も彼に訪れたが彼はヒーローを辞めなかった。


「でもまぁ、救われたならいいか!」


 彼は活躍できなくてもめげない。人々の笑顔を真に心から願う、今どき珍しいタイプのヒーローだった。


「それにしてもあのに先を越されるの何回目だろう」


 とは言え、彼も落ち込みはする。今回は珍しく自分より先に人を救う女性ヒーローについて考えていた。


「……あれ?」

「おう、ついに酒を頼む気になったか?」

「マスター……炭酸水お代わりで」


 彼は酒を呑まない。いつ何時助けを求める声が上がっても大丈夫なように。


「どうせ先を越されるんだから偶には呑んで店の売上に貢献してくれてもいいんだぜ?」

「……金がない」

「炭酸水代は皿洗いで払ってくか?」

「今日もピッカピカに磨き上げさせていただきます」

「で、何が引っかかってるんだ?」

「俺、毎回先越されるじゃん?」

「そうだな」

「今、思い返してみると全部同じヒーローだった気がする。それに彼女の声、何処かで聞いた事がある気がするんだよね」

「恨まれる心当たりは?」


「…………無い!」


「妙に間があったが」

「記憶を掘り返してただけだ。俺が駆け付けた事件は全部無事解決してる」

「解決したのはお前さんじゃあ無いがな」

「最初の一件は俺が助けてる!」

「で、それ以降全部手柄を取られてると」


 彼は言い返しようのない事実を炭酸水と共に飲み込むとため息ついた。


「……別に、手柄は気にしてない」

「そうか? 助けた女の子に笑顔で礼を言われて舞い上がってたじゃないか」

「そりゃあ感謝されれば嬉しいけど、不幸な目に遭う人が減るのが一番だからマスターが言うほど気にしてないよ」

「冗談だよ、揶揄い甲斐が無い奴め。ま、お前さんが恨まれるような奴じゃあないのはよく分かってる。詫びに賞味期限切れ間近で廃棄予定だった豆をやろう」

「わーいやったー」


 棒読みで感謝しながら受け取った豆を噛み砕きながら彼は記憶を探る。


「お前な〜もう少し味わって食えよ。廃棄予定つってもお前さんが飲んでる炭酸水よりはするんだぞ、それ」

「あっ!」

「どうした、心当たりでも思い出したか?」

「誰かが助けを求めてる!」


 彼は残りの豆を口の中へ詰め込み、炭酸水を一気に呷ると変身装置を片手に駆け出した。


「だから味わって食えっての。おい、ちゃんと無事に帰ってきて皿洗いするだぞ?」

「分かってる! ありがとうマスター!」



 彼が現場に辿り着くと助けを求める一般人の姿は何処にも無かった。彼が到着する前に今も怪人と交戦中の女性ヒーローの彼女が避難させたのだろう。


 その日はいつもより戦闘が長引いていた。

 彼が普段見る彼女と比べると動きに精彩を欠いているように見える。


「危ない!」「はぁん!」


 彼が助けに入ると後ろから恍惚とした声が上がった。


「また、助けてくださるのですね」


 彼が怪人を牽制しながら振り返ると、片手をついた横座りの姿勢で熱い視線を向ける彼女と目が合った。


「ふふふ、私だけ——彼は私しか助けた事が無い。私だけが助けてもらえる」


 女性ヒーローは立ち上がることなく、戦う彼の様子をねっとりとした視線で見つめている。


「私のヒーロー……」


 目が合った後、直ぐに怪人へ視線を戻した彼は彼女の眼に宿る狂気の光に気付かない。

 

「あなたは私だけのヒーロー。私以外の誰も助けなくていいの。私しか助けなくていいように皆んなミーンナ私がタスケルからね? うふ、んふふ、ゥフフふふふ」

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