万年ボッチの僕が元気に挨拶してしまう魔法にかかって万事上手くいった件

晩学の祖母

第1話 元気に挨拶したら万事上手くいった


僕はトイレの鏡で自分を見つめる。

自分の容姿を点検するためだ。


髪型良し!

フケなし!

目ヤニなし!

鼻毛見えない!

歯はホワイト!


うん、完璧。


点検は本日三度目だが、念には念を。

多すぎるということはない。


何せ、今日から高校生。入学初日だ。

全てがゼロから始まる最初の日。

そう思うと、何とも気が重くなる。


両親は僕の新しい制服姿を見て「羨ましい」と言ったが、はっきり言おう。それは青春を美化しすぎている。


青春現役のぼくからすれば、中学から高校へと新たな戦場へ移動したに過ぎない。

特に、入学初日!

新たなコミュニティの形成過程は、値踏み&品定めのオンパレードだ。

高校生活で最も重要な日と言っても過言ではないだろう。


「やることはやった。見た目は完璧。堂々としてれば良いんだ僕。自信を持て。こんなイケメンが舐められるわけないだろう」


僕は鏡に写る自分を鼓舞する。

新たな戦場で生き残るために——。









入学式はつつがなく終わり、みんな教室へ移動する。

僕の席は窓際の最後尾。

みんなが羨むベストポジションだった。

これは幸先が良い。


僕は長い脚を組んで、本を取り出す。

イケメンが窓際で読書……これは絵になる。

加えてこの本は今ベストセラーになっている小説だ。広告もバンバン打ってるから有名だろうし、すでに読んでいる子だって多いだろう。

注目を浴びるための施策は万全。

どうだ皆、僕のことが気になるだろう?


あの利発そうなイケメンは何者?

どこ中出身だろう?

俺なんかが友達になれるだろうか?


そんな心の声が聞こえてくるようだ。


いいぞ、何でも答えてやる。

僕は準備万端だ。

いつでもどうぞ。



〜五分後〜



ん?


「え、マジ? ○○と同中なの!?」

「××ちゃん、LINE交換しよぉ」


あれ?

あれれ?


「▲▲ちゃん。テニス部入ろうよ!」

「□□も野球部? だと思ったよ!」


おかしい。

何かがおかしい。

何で誰も——


「いいね!」

「これからよろしく!」



——僕に声をかけないんだ?



入学式が終わり、教室へ移動してまだ大した時間は経過していない。

しかしコミュニティは大小の輪を形成して、急速に発展していく。



「ウェイいいいいい!」

「ウェイいいいいい!」


……あ、ダメだ。輪の外だ。

僕、輪っかの外にいる。



「おーい。みんな、はしゃぐのは分かるが、早く席に着け」

「はーい」「はーい」

先生が入ってきた。

みんなは蜘蛛の子を散らすように駆け出し、席に着く。





そして時間はあっという間に過ぎ、下校時間となった。


「カラオケ行く人てーあげて!」

「行く行く!」「俺も!」「私も!」


教室から続々と人が出ていく。

そのなかで片づけが終わってるのにわざと机の中をゴソゴソまさぐって時間を稼ぐやつが一人いる。


そう、僕だ。

もう完全に心が折れている。

——帰ってアニメ見よ。


「あの……」

「えっ?」


突然の女子から声をかけられた。

艶のある黒い長髪、僕と同じく利発そうな顔立ち。

確か、隣の席の小日向さん? 


「行かないんですか? カラオケ」


ははーん。なるほど、読めた。

小日向さんはカラオケが苦手だけど、入学早々一人だけ辞退するのはノリが悪いし気まずくなりそうだから一緒に抜けて帰ろうってパターンだな。


「え、う、うん。いかない、かな……こ、小日向さんは?」

「私は行きます」


え、行くの?!

そんなパターンある??


「小日向さーん。早く早く! みんな行っちゃうよぉ!」

女子のクラスメイトが数人、廊下から手招きしている。

「行ったら楽しいと思いますよ」

「え……いや、その、な。ん……ようじ、ある、から」

「そうですか」

そう言うと彼女は待たせていた女子たちと一緒に駆けて行った。


やれやれ、高校生活もボッチ確定か。






ボッチ確定後、帰路についた僕は、公園のトイレに立ち寄った。

自分の姿を鏡で見つめる。


美容院で髪も整えた。

肌のケアも怠らなかった。


見た目は完璧。

でも、うまくいかなかった。

くそ。何でだ?

何で誰も声をかけてくれなかった?


「まさか……僕がイケメン過ぎた?」

「フォフォフォ! たわけが!」


トイレの個室から水を流す音と共に現れたのは一人の老人だった。

「フォフォ爺さん?!」


仙人のような白い髭を蓄え、主食は霞と豪語し、冬でもビーチサンダルで散歩する奇怪な爺さん。


「わしは生まれてこの方お主のようなプライドの高いインキャを見たことがないわい」

「イケメンなのは事実だろ!」

「フォフォフォ! その威勢をこの老いぼれにでなく、クラスメイトに発揮できとったらのぉ。声をかけられるのを待ってるだけよりよっぽどマシだったろうに」

「は?! 何で知ってんの?」

「わしには全てお見通しじゃ、インキャ小僧。お主、このままじゃと中学時代と同様、ボッチインキャとして青春を棒に振ることになるぞい」

「それだけは嫌だ!」

「では、自分から率先して声をかけるべきじゃ。お主は有名人でもイケメンでもありゃせん」

「う、うるさい! 僕はすごいんだ。自分を安売りなんか絶対しないぞ! 向こうから声をかけるべきなんだ!」

「フォフォフォ! これは重症じゃな。仕方ない。老婆心ながら、わしがお主の手助けをしよう」

「手助け?」

「そうじゃ」


フォフォフォと笑うと爺さんの口元で金歯がキラリと光った。

相変わらず胡散臭い爺さんだ。

めんどくさいし、帰るか。


「いらん。じゃあな、爺さん」

「えーい、それ。フォフォフォフォフォーい!」


爺さんの奇声に驚く間も無く、七色の光が僕を中心に渦巻き、瞬く間に消えていった。


「な、なんだ今のは?!」

「フォフォフォ! お主に魔法をかけてやったぞい」


奇怪な爺さんだとは知っていたが、まさか魔法まで習得しているとは思わなかった。くそ、独り言を聞かれたからついつい強く当たってしまったが、その結果こんな事態を招くとは。


「一体どんな魔法をかけたんだ! 一生童貞でいる魔法か? それとも一生友達ができない魔法か?」

「何を勘違いしておる。手助けをしてやると言ったじゃろうが」

「え、じゃあモテモテになる魔法とか?」

「そんなことよりはるかに素敵な魔法じゃ」


ゴクリ。

モテるより素敵なのか。僕には想像もつかない。


「そ、それは一体?」

「元気に挨拶する魔法じゃ」


は?

しょーもな。


「帰るわ」





翌日の朝。

やはり睡眠は偉大だ。気持ちが整理されている。

入学初日から失敗してしまったが、まだ十分取り戻せる。

さぁ、今日こそクラスメイトに声をかけさせるぞ。


「いってきます」

「あら、行ってらっしゃい」


ん?何だ?

母さん機嫌が良いのかな? 微笑んでいるように見えたぞ。

今日ってなんかあったっけ?

んーまぁいいか。

早くしないとコンビニに寄る時間がなくなる。


「いらっしゃいませ」

「おはようございます!」

「え?」

「え?」


え?

あれ、何言ってるんだ僕は……。普通、コンビニで挨拶しないだろ!

めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!

店長(たぶん)さん、めっちゃ見てくるんですけど!


僕はいつもの菓子パンを手に取ると、急いでレジに並んだ。もちろん、ガン見してきた店長(たぶん)さんとは反対側のレジだ。

しかし、これが人生。

僕の順番で店長さんのレジが空くのだった。

トホホ。


「いらっしゃいませ」

「……」

「お客さん、高校生?」

「え、は……はい」

「元気があっていいね」

「ど、どうも」

「パン一個で足りる?」

「え?」

「これ、よかったら」


——なぜか、焼きそばパンを貰った。

どういうこと? コンビニでこんなことある? 

てか、何で僕は挨拶を——


あ。

ああああああっ!


もしかして、フォフォ爺の呪い?

いや、魔法だったか。

確か……元気に挨拶する魔法とか言ってたよな。

くそ地味な魔法だな、おい。


ってそこじゃないだろ僕。なにまにうけてるんだ。


そもそも魔法なんてこの世に存在しない。創作の世界の話だ。

きっと寝ぼけてただけ。

今は頭が冴えてる。何の問題もない。



と、思いたかったがそうは行かなかった。


「おはようございます!」

「おはようございます!」

「みなさん、おはようございます!」


おいおい、なにやってんだ僕。

ここ電車の中だぞ。何挨拶まわりしてんだ。

ほら、みんなビックリしてキョトンとしてんじゃないか。

あーもう。

消えたい。割と真剣に。


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」


ん? あれ?


「元気いいわね。どこの生徒さん?」

「うちの会社の若い連中なんか碌に挨拶もしないよ。挨拶ってコミュニケーションの基本なのにな、少年!」

「ハハハッ! 知らない人に挨拶か。ガッツあるねえ!」


「え、あ、いや……」

どういう状況?

いや僕がしでかしたことだけど、何でこうなる?

何で人が僕のまわりに集まってくるんだ?


もしかして、挨拶ってカッコつけるよりも遥かに人を惹きつけるものなのか?


そいういえば僕、全然挨拶してなかったな。

自分から声をかけるのは恥ずかしいし、カッコ悪いし、下っ端みたいだと思ってた。そうか、この考えが間違ってたんだ。

フォフォ爺さん、ありがとう!









学校へ到着後、僕は挨拶をしまくった。


「おはようございます!」

「おはようございます!」

「おはようございます!」


先生にも、先輩にも、同級生にも、出会う人出会う人全てに挨拶をした。

すると必ず「おはよう」とかえってくる。


気づくと僕の席のまわりでクラスメイトの輪ができていた。

僕が夢にまでみた光景だ。


「盛り上がってますね。何かありましたか?」

「あ、小日向さん! 特に何もありません! ただ挨拶してただけです!」

「挨拶?」

「はい! おはようございます! 小日向さん!」

小日向さんはクスリと笑って返してくれた。

「うん。おはよ」















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