約束の誕生日
オカメ颯記
英雄の誕生日
久しぶりに戻った家の中は荒れ果てていた。
扉は残っていたものの、屋根は吹き飛び、雨にさらされた家具の残骸が濡れている。
そこら中にガラスや木材の破片が飛び散って、厚底の靴でも踏み抜くのが怖くてそっとよけて歩く。
奥の部屋を覗くと、居間だった場所はただのがれきの山に代わっていた。入ることもあきらめて、別の側から台所を目指す。
台所は、それでも、まだ原形を保っていた。食器はすべて砕けていたけれど、棚に入れておいたフライパンや調理器具はそっくり残っていた。
よかった。
私はほっとする。
これで、彼の誕生日を祝うことができる。
私と彼が出会ったのはこの町だ。
同じ学校に通っていた。
彼は普通の生徒だった。
運動が得意なわけでもなく、勉強ができるわけでもなく、話が面白いわけでもなかった。どこまでも普通。普通過ぎて、クラスの中に埋没していた。
でも、わたしには違った。
彼はどこかで私のことを見ていてくれた。わたしが忘れ物をした時には、そっとモノを貸してくれた。帰り道が遅くなった時には、さりげなく一緒に残ってくれた。つらくて一人で泣いていた時、泣き終わったころにハンカチを貸してくれた。
彼と一緒にいると私はヒロインになった気分だった。
彼は私だけの、ヒーロー。
他の人から見ると、二人とも平凡な人間だったけれど。
私は床下の収納を開けた。
中は荒らされていなかった。まだ、砂糖も小麦粉も残っている。保存用の乾燥肉もある。
ガスのボンベも無事だった。
電気もガスも通っていないけれど、なんとかする。
いつものようなごちそうは作ることはできないかもしれない。
それでも、わたしたちは約束したのだ。
ここで、会おうと。
必ず戻ってくるよ。
そう彼は言った。
だから、君は安全なところで待っていてほしい。
もっと強い言葉で止めればよかったのだろうか。
私と一緒に逃げようと……
でも、強い瞳で言い切る彼に私は何も言えなかった。
故郷を捨てて、逃げるなどという空気ではなかった。
何度も頭の中であの時のことをやり直してみた。
でも、いつも、結論は同じだ。
あの時に戻っても、わたしは何も言えないだろう。何度繰り返しても。
そして、私はまた、ここに戻ってきた。
荒れ果てたこの町に。
かつてよく知っていた場所は、見知らぬ場所に代わっている。
ここは安らげる場所ではなくなっていた。
それでも、あの人が守った町だから。わたしの帰るところはここしかなかった。
ふんわりしたデコレーションケーキを作るのはあきらめた。できたのはパンケーキを重ねたケーキもどきだ。それ以外は、缶詰や保存食を盛りつけただけの簡単な食事だ。それでも、ここ最近の食事よりは数段豪華だ。
彼の口に合うだろうか。私はあまり料理は得意なほうではない。
表で誰かががれきを踏んだ。
私はいつもの習性であわてて明かりを消す。
料理の匂いが漂っていることに気が付いて、不用心だったと今さらながらに気が付いた。敵は人だけではない。野生に戻ったペットたちも脅威なのだ。
でも、ひょっとしたら。
私は暗闇の中でじっと待つ。自分の心臓の音がうるさい。
ひょっとしたら、ひょっとして。
そうであってほしい。
私の名前を呼ぶ小さな声がした。
私は立ち上がる。
帰ってきてくれたんだ。わたしの英雄。誰よりも愛しい貴方。
約束の誕生日 オカメ颯記 @okamekana001
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